第六十話 エルフ
「エルフ? 聞いたことはありますが……」
ツバキさんが、眉間にしわを寄せながら言う。
――エルフ。
魔術の本で見た幻想種族の一つだ。
魔力に優れ、数百もの年月を生きる長命な種族なのだとか。
ただし、現在ではほぼ絶滅寸前だと記されていた。
「大森林にはエルフの国があっての。真宝樹は、そこのエルフたちによって管理されておる」
「つまり、調査するには彼らの許可を取らないといけないと?」
「そういうことじゃ。しかし、これがなかなか容易ではない」
そう言うと、トリメギストス様は眉間に深いしわを寄せた。
どうやら、エルフと直接接触したことがあるらしい。
それも、あまり良くない形で。
「エルフという種族は、古い選民思想に囚われていてな。自分たちが人間より優れていると言ってはばからん。相当に気難しい」
「それはまた……厄介ですな」
「しかも、真宝樹は彼らにとってご神体のようなものでな。そなたたち、空帝獣と呼ばれる霊鳥を知っておるか?」
俺たち四人は、揃って首を横に振った。
以前に討伐した陸帝獣の親戚か何かだろうか?
「知らぬか。空帝獣というのは、生命を司ると言われる霊鳥でな。エルフたちはこれを崇拝しているのだが、この霊鳥が巣をつくるのが決まって真宝樹の頂上なのだ」
「つまり、真宝樹はエルフたちにとって聖地のようなものだと?」
「さよう。数千年にわたって守り続けておる」
「それじゃあ、いきなり訪れた人間が真宝樹まで案内してもらうなんて至難の業でしょうね……」
「じゃろうなぁ」
あっさりうなずくトリメギストス様。
そのあまりにあっけらかんとした様子に、俺たちはおいおいと頭を抱えそうになる。
「そんな殺生な……」
「難しいわね……」
「ならば、侵入するのは?」
テスラさんが、真顔で少しずるい提案をする。
するとトリメギストス様は、力なく首を横に振った。
「それも難しい。エルフたちの国は、ちょうど真宝樹を取り巻くような形をしていてな。彼らの目を潜り抜けることは不可能じゃて」
「それ、八方塞がりじゃない!」
シェイルさんが少し素に戻った口調で言う。
トリメギストス様の話が本当なら、依頼達成は相当に難しいように思えた。
すると彼は、笑いながら言う。
「そこを何とかしてほしいから、A級依頼にしたんじゃぞ。難しいというのであれば、他の者たちに依頼するとしよう」
「それは! ちょっとお待ちいただけますか!」
慌てて、ツバキさんがトリメギストス様を止めた。
俺たちはすぐさま額を寄せ合うと、小声で相談を始める。
「どうする? かなり難易度は高そうだが……」
「やっぱり、引き受けるべきじゃない? 賢者様の依頼なのよ」
「だけど、力で解決できないだけに事態は複雑そうですよ」
「それは……そうねえ」
渋い顔つきをするシェイルさん。
それに合わせて、ツバキさんたちもくぐもった声を出した。
マイペース上等な魔導師のこと。
交渉術などは、皆あまり得意ではないようだ。
「ラースはうまくやりそう」
「え、俺ですか!?」
「何となくだけど、信用できそうな雰囲気とかはあるわね」
「そうだな、少なくとも悪い印象はない」
おいおい、待ってくれ!
エルフとの交渉を俺に任せるつもりなのか!?
そりゃ、名目上はこのパーティーのリーダーだったりもするけど……。
そんな重要な交渉事、新人の俺がやって大丈夫なのか?
「いや、そう言われても……」
「じゃあ、テスラがやる? 『良いか悪いか二択』とか言いそうだけど」
「だったら、シェイルさんがやったらどうですか?」
「私は無理、嫌なこととかすぐ言っちゃうから」
「……ツバキさんはどうです? このメンバーの中だと、一番大人だと思ってますが」
そう言うと、俺はツバキさんの方を見た。
すると彼女は、とんでもないとばかりに両手を振る。
「そう言うのは苦手だ。性に合わん」
「はあ……」
「ツバキに任せてたら、力任せに突撃することになりかねないわ」
「それはさすがにない!」
「前にほかの魔導師ともめて、決闘になりかけたのはどこの誰だったかしら?」
「それは……」
シェイルさんにあおられ、ツバキさんは言葉を詰まらせた。
言われてみればツバキさんって、融通が利かなかったり正義感が強すぎたりするところがあるからなあ。
非常識というわけではないが、理不尽なことを言われたりしたらすぐにキレてしまいそうだ。
選民思想が強いらしいエルフを相手にするには、ちょっと向いてないかもしれない。
「なるほど……確かに、俺しかいないかも」
「任せた」
「こうなったら、やるだけやってみましょう。……というわけでトリメギストス様、お願いします」
「そうか、受けてくれるか!」
笑顔で手を差し出してくるトリメギストス様。
俺はすぐさま前のめりになると、固い握手を交わす。
「よしよし、では地図を持ってこよう。これがなければ、エルフの国へたどり着くことすらできぬからの」
「ありがとうございます」
「……ところで、ひとつ気になっておったのじゃが良いかの?」
「何ですか?」
「そなた、マントの色が紫じゃが……まさかBランクか?」
「そうですが」
俺がそう答えると、トリメギストス様は少し不思議そうな顔をした。
好奇のまなざしが、テスラさんたちと俺の間を行ったり来たりする。
どうやら、Bランクの俺がSランクであるテスラさんたちと一緒にいるのがよほど不思議らしい。
まあ、普通はそうだよな。
冒険者ギルドでも、パーティー内で2ランク以上も差があるのは珍しかった。
「ラースは魔法適性がSランク。今はBランクでも、戦闘力は私たち以上」
「ほう! そいつはすごい! もしかして、君がアクレの英雄かね?」
「え、英雄なんてそんな!」
「照れずともよい! そうかそうか、君がな……」
そう言うと、トリメギストス様は不意に真剣な表情をした。
彼はまっすぐなまなざしで俺をのぞき込むと、子どもに言い聞かせるようにして告げる。
「良い目をしておる。これからも励むのじゃぞ」
「は、はい!」
「そなたの力は大きいが、それにおぼれてはならぬぞ。わしも若いころは調子に乗っておったがな、結果的にろくなことにはならなかったわい。それに今は――おっと」
トリメギストス様は、慌てて口をつぐんだ。
賢者にしては、ずいぶんとわざとらしい行動である。
何事かあることを伝えたいが、現時点ではっきりとは言えない。
大方そんなところだろう。
こちらに察してほしい感じが、はっきりと伝わってきた。
「では諸君、健闘を祈る!」
「はい!」
元気よく返事をして、頭を下げる。
こうして俺たちは、真宝樹が聳えているという大森林へと向かうのだった――。




