第五話 意外な事実!
「まさか、こんなことになるとは……」
ガタゴトと馬車に揺られながら、肩をすくめる。
アクレの街を出て、かれこれ数時間。
俺とテスラさんは、フォレストドラゴン討伐の依頼が出された村を目指し、移動を続けていた。
魔法ギルドは冒険者ギルドと比べて数が少ないため、こういった長距離の移動も結構多いらしい。
「御者さーん、ターチャ村まではあとどれくらいかかりますか?」
「あと五時間と言ったところかねえ。夜までには着くから、安心しな」
「そうですか。今日は、村で休むことになりそうだな……」
果たして、これが良いのか悪いのか。
ドラゴン討伐を少しでも先延ばしにしたい俺と、早く済ませてしまいたい俺の二人が内面に居た。
うーん、何とも複雑な気分だ。
俺は浮かしていた腰を落ち着けると、向かい合わせで座っているテスラさんを見やる。
「……あの、テスラさん。よければ馬車に乗ってる間に魔法を教えてくれませんか?」
「…………」
「テスラさん?」
俺の呼びかけに対して、テスラさんは全くの無反応だった。
眼を開いていることからすると、おそらく寝ているわけではない。
よっぽど、何かに集中しているのだろうか?
もしくは、具合でも悪いのか。
俺は彼女に近寄ると、軽く肩を揺らす。
「大丈夫ですか?」
「……ごめんなさい。鍛錬してた」
「鍛錬?」
不可思議な言葉に、首を傾げる。
さっきから、テスラさんはただ黙って座っているようにしか見えなかった。
鍛えるどころか、むしろ休んでいたのではないだろうか?
「えっと……何の鍛練なんです?」
「魔力操作。分からない?」
「ええ、さっぱり」
俺がそう言うと、テスラさんは意外そうにほうと吐息を漏らした。
彼女はそのまま、俺に向かって少し前のめりになる。
「魔力操作は魔導師にとって一番大事。教えるから、すぐに覚えた方がいい」
「分かりました! どうすればいいんですか?」
「まず、目を閉じて。身体の中にある魔力を意識する」
「魔力を……?」
「身体を流れる血をイメージ。それが分かりやすい」
血ねえ……。
俺は瞳を閉じると、意識を深く沈めていく。
血、そう血だ。
全身を巡る血の流れを、出来るだけ詳細に思い描く。
すると、身体の内側に何か温かいものが感じられた。
これが魔力……だろうか?
暖かくて気持ちが良いが、どこか澱んでしまっているような印象を受ける。
「何となくですけど……分かりました」
「ん、早い。それを、今度はグルグルと回すように意識」
「はい! ……あれ?」
意識はしてみたものの、魔力はほとんど動く気配は無かった。
まるで、大きな岩でも押しているかのような気分である。
意識を強めて行っても、ビクともしない。
「テスラさん、上手く回らないです」
「ちょっと、背中を貸して」
「どうぞ」
俺が背中を向けると、すぐさまテスラさんが手を添えた。
くすぐったい感触に、身体がわずかに震える。
「なるほど。魔力が多すぎて、詰まってる」
「何とかなりますか?」
「大丈夫、余計な分を出せばいいだけ。全身から、汗でも絞り出すようなイメージをして」
「分かりました」
汗を絞り出す……か。
それっぽく力を入れればいいのかな。
全身の筋肉を強張らせ、軽く振るわせる。
すると、身体の奥にある熱源がわずかにだが移動を始めた。
いいぞ、この調子だ!
「よし、このまま……うおッ!?」
身体から、青い炎のようなものが吹き出した。
これが魔力だろうか?
それにしては、勢いが馬鹿みたいに強い。
汗を絞るつもりが、間欠泉が吹き出したみたいだ。
そのあまりの勢いに、馬車全体が揺れる。
「テ、テスラさん!? これ、どうすれば!?」
「大丈夫。あなたの魔力が多すぎるから起きてる現象。……たぶん」
流石のテスラさんも、これは予想外の現象だったのだろう。
いつもの言い切りに『たぶん』がついた。
こうなったら、自分で何とかするしかないか!
とまれ、とまってくれ!
目を閉じて、意識を再び集中させていく。
すると少しずつ、身体から漏れ出す炎は無くなっていった。
今にも吹き飛ばされそうだった幌も、どうにか元に戻る。
「ふ、ふう……!」
「……恐るべき魔力量。私もたいがい多い方だけど、比較にならない!」
言葉を震わせるテスラさん。
ファイアーボールの件でうすうす察していたけれど、俺の魔力ってそんなにあるのか!
適性を見るまで、まったく気づかなかったんだけどな……。
「俺、凄かったんだな……」
「それだけ魔力があって、自覚が無かった方が不思議。今まで身体、だるくなかった?」
「え? 特には……おおッ!?」
言われてみれば、身体が軽く動く。
今までの三倍速は出せそうだ!
気分も爽快。
こんなに気持ちが良いのは初めてなぐらいだ。
「身体がめちゃくちゃ軽いです!」
「……やっぱり。今まで常に過活性状態だったらしい」
「何ですか、その過活性って?」
「魔力はある程度溜めておくと、身体を活性化させる働きがある。ただし、溜めすぎると過剰になって逆に体を壊す。これが過活性」
なるほど、つまり今までの俺は魔力の溜め過ぎだったって訳か!
でもそれって……まさか!
「もしかして、今まで俺が弱かったのってこれが原因?」
「恐らく」
「マジか……!」
まさか、魔力有り過ぎで弱かったなんて!
今までも散々原因は調べたけど、そりゃ気づかないわけだ。
魔力を測ることなんて、普通はやらないからな……。
「クソ、もっと早く気づいて居れば……!」
拳を振り下ろす。
今さら嘆いても遅いけれど、それでも嘆かずにはいられなかった。
もっと早くに気づいて居ればッ!
強くなるのに、三年も遠回りをしてしまった。
「今までの俺、何だったんだ……!」
「……大丈夫、まだ遅くない」
「え?」
「今からでも、いくらでも活躍は出来る。強くなれる!」
俺の心情を、何となくではあるが察してくれたのだろう。
テスラさんは優しい目付きで俺を見ながら、力強く言う。
「ラースは戦士として、三年間過ごして来た。これは間違いない?」
「……ええ、そうですけど」
「その時間、取り戻そう。魔導師として!」
「はい! 出遅れた分以上に、頑張ります!!」
こうして俺は、決意も新たに宣言するのだった――!
おかげさまで日間四位となりました!
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