第五十八話 派閥
「遠いところよく来たなぁ!」
笑いながら話しかけてくる男。
その笑みは何とも軽薄に見えたが、マントは黒色であった。
この人も、シェイルさんたちと同じSランクの魔導師か。
何だか三下のような雰囲気を漂わせているが、油断はできないな。
「……誰なんですか?」
「アスフォート。テスラたちと同じ賢者候補って言われてるやつよ」
「あいつがですか?」
「ええ。最有力とか言われてる」
おいおい、マジかよ……!
人は見かけによらないというが、まさにその通りだな。
俺は思わず、アスフォートと呼ばれた男の顔をまじまじとのぞき込んでしまう。
すると彼は、意外そうな表情でこちらを見つめ返してきた。
「おや? 君はもしかして、テスラたちの連れなのかい?」
「ええ、まあ」
「ということは、君もアクレから来たのか?」
「そういうことになりますね」
俺がそう言うと、アスフォートはやれやれと両手を上げた。
彼はこちらに近づくと、マントの色を見ながら言う。
「君、Bランクだろう? よく来たねえ」
「あれ? Bでも本部に所属していいって聞きましたけど」
「建前上はね。でも、実際はほとんどA以上だよ。各支部のえりすぐりだけが、この本部に所属するんだ」
自慢げに胸を張るアスフォート。
彼は俺たちを見渡すと、したり顔で言う。
「君たちはアクレだと一番だろうが、本部じゃあ新米だ。せいぜい、あまり調子に乗らないことだね」
「はあ……」
「せいぜい頑張りたまえよ」
そう言うと、アスフォートは俺の肩をポンポンと叩いた。
そして、横に立つテスラさんの方を見て笑う。
「テスラ、あとで食事でもどうだい? 君とは、少しゆっくり話したいんだ」
「イヤ」
「おいおい、何もそんなに嫌わなくても」
「どうせ自慢話しかしない」
経験談なのか、断定的な口調のテスラさん。
アスフォートの口から、グッとくぐもったうめきが漏れる。
図星を突かれたらしく、その表情はずいぶん苦しげだ。
「……まあいい。前にも言ったが、俺たちの『紅き閃光』に入りたくなったらいつでも言ってくれ。歓迎するからな」
「パーティーは決まってる」
「そこの三人と組んだんだろう? たかが知れてる」
「……ずいぶんと、無礼な奴だな」
そう言うと、ツバキさんは腰の刀に手をかけた。
さすがに抜くつもりはないだろうが、のっぴきならない雰囲気だ。
しかし、アスフォートは全く臆することなく言う。
「確かに君は良い魔導師だ。だが、テスラとの相性なら俺の方が絶対に良い」
「そういうことなら、テスラを誘わなくてもあんたがうちのパーティに入ったら?」
「馬鹿を言うなよ。俺たちのパーティは八番街区に屋敷を構えるほどなんだ。出来立てっぽい君たちのところとは、実力も格も違うんだよ」
「八番街区になら、俺たちも屋敷持ってますよ」
自慢げなアスフォートに、すぐさま対抗する。
すると彼は、おいおいと両手を上げた。
「はったりも休み休みにした方がいい。八番街区の土地は、売り切れだったはずだ」
「公爵家の屋敷を譲ってもらったんですよ」
「公爵家の? まあいい、俺たちは帰らせてもらおう」
信じていないのか、付き合っていられないとばかりに歩き出すアスフォートたち。
なんだよ、ずいぶんとひどい奴らだな……。
俺ははあっと深いため息をつくと、改めてテスラさんの方を見やる。
「変な奴らでしたね。ずいぶん態度もデカかったですし」
「仕方ない。あれでも、本部でも指折りの有力パーティーだからな」
「そうなんですか?」
「ああ。加えて、本部至上主義者でね。私たちみたいに、他の支部から来た連中をよく思ってないのさ」
「へえ……」
ぼんやりとうなずく俺。
するとツバキさんは、少し困ったような顔をして言う。
「魔法ギルドといっても、一枚岩ではないんだ。特にこの本部は、出身の支部ごとに様々な派閥が出来てる」
「何だか厄介そうですねえ……」
「ああ。一番幅を利かせているのが、本部の生え抜き。次が北方のナナツマ支部。我々アクレ支部の出身者は……あまりいないな」
寂しげに言うツバキさん。
それをさらにシェイルさんが補足する。
「アクレ支部は王都から少し距離があるからね。あんまり来ないのよ。おかげで、ほかの連中からはちょっとばかりなめられてるわ」
「……何となくそんな感じはしました、ええ」
「ここ数十年は、賢者も排出できていないしな。それだけに、我々にかかる期待も大きいってことだ」
「特にラース、頑張る」
「は、はい!」
声を掛けられ、すかさず敬礼をする俺。
それを見たテスラさんは、薄く笑みを浮かべながら満足げにうなずいた。
彼女はそのまま奥へと移動すると、ひょいひょいっと手招きをする。
「さ、手続きを済ませて依頼を受ける」
「分かりました」
「どんな依頼にする? せっかく本部に来たんだし、派手な奴でも受ける?」
「そうだな……」
ワイワイと話しながら、カウンターへと移動する。
そしてさっさと移転手続きをすますと、すぐに依頼書の貼られている壁面へと向かった。
するとそこには、視界を埋め尽くさんばかりの巨大なコルクボードがあった。
あまりの大きさに、依頼書を取るために脚立を使っている人までいる。
「うわ……さすがギルド本部!」
「アクレの十倍はある」
「あ、見てみて! これッ!!」
いきなり、目の色を変えたシェイルさん。
彼女が指さした依頼書には――
「真宝樹の調査依頼? よくわからないですけど……」
「ちゃんと見て、依頼主のところよ」
「え? ……これは!!」
――賢者トリメギストス。
この国において、現在最高と言われる魔導師の名が記されていた――。




