第五十五話 王都八番街区
「すっげーー!!」
地平線の彼方に現れた巨大な城壁。
視界を切り取るその雄大さに、思わず感嘆の声が漏れる。
どっしりとした灰色の壁が、どこまでも続いていた。
さすがは王都!
大陸でも屈指の大都市なだけのことはある。
アクレの街もそれなりに大きいが、さらにその五倍はあろうかという規模だ。
「大したもんだろう? 初めて王都に来る奴は、みんな驚くんですぜ!」
「こりゃ凄いですよ! ねえみなさん?」
後ろに振り返りながら、尋ねる。
するとテスラさんたちは、ひどく緩慢な動作でうなずいた。
あれ、ずいぶんと驚きが薄いな……。
俺が小首をかしげると、ツバキさんが言う。
「Aランク以上の魔導師になると、ギルド本部に呼ばれることも結構あるからな。みんな、何回か来たことがある」
「ああ、それで」
「この程度で驚いてたら、本部に行ったらとんでもないことになるぞ」
何やら含みのある笑みを浮かべるツバキさん。
真面目な彼女にしては珍しい、どこかいたずらっぽい雰囲気だ。
魔法ギルド本部って、そんなにすごい場所なのかな。
「何か特別なものでもあるんですか?」
「秘密だ。な?」
「そう。行ってからのお楽しみ」
「ううーん、そう言われると気になりますね……!」
ますます気になってしまう俺。
そうしていると、馬車はいよいよ城門へと差し掛かった。
見上げるような鋼の扉が、視界を遮る。
近くで見ると、これまたすさまじい迫力だ。
こんなの、いったいどうやって作ったんだ……?
「おおお……!」
「ここを抜ければ、いよいよ王都でさあ! 検問があるから、身分証を準備してくれ!」
「はーい!」
鞄に手をやると、すぐさまギルドカードを取り出す。
するとそれをみた御者は、たちまち目を丸くした。
どうやら、このギルドカードが何なのかすぐにわかったらしい。
「こいつは驚いた! あんたたち、魔導師さんだったのかい!」
「ええ」
「ということはあれかい、これからギルド本部へ?」
「そうよ! 私たち、八番街区に家を手に入れたの!」
自慢げに言うシェイルさん。
それに応じて、御者のテンションも上がる。
「そいつはすごい! あんたたち、見たところまだ二十歳前だろ? 大したもんだなあ!」
「ははは、まあ成り行きってやつです」
「それでもさ。おっさんなんて、そろそろ五十になるってのにしがない御者さ」
どこか哀愁を漂わせながら、御者が言う。
まあ、気持ちは分からないでもない。
俺もつい数か月前までは、成功を羨む側だったからなあ……。
まさか自分が、羨ましがられる側になるとは思わなかった。
「おじさんも、頑張ればいいことありますって」
「そうかねえ」
「俺もそうでしたから。おっと!」
そうこうしているうちに、検問の順番が来た。
二人組の門番が、馬車を止めて中をのぞき込んでくる。
「身分証を」
「これでいいですか?」
「はい、通って結構です!」
「ありがとう」
門番たちに誘導され、通用門から城壁の中へと入る。
たちまち、壮麗な街並みが目に飛び込んできた。
まっすぐに伸びた大通り。
その脇の建物は揃って背が高く、瀟洒な造りをしていた。
さらに通りの奥に聳える王城は、天を制するがごとく巨大である。
街並みから突き出した尖塔の高さは、見ていてめまいがしそうなほどだ。
「ひょえ……!」
「さ、降りましょ。ここから先は歩きよ」
「……わかりました。じゃあ、これで」
「はい、毎度あり!」
御者に運賃の銀貨を手渡すと、そのまま街に降り立つ。
たちまち、王都の喧騒が間近に迫ってきた。
人の熱気というものを、直に感じられる。
「まずは屋敷の確認をするか」
「そうね。まずは荷物を置いてからじゃないと」
大きな荷袋を背負いながら、シェイルさんが言う。
彼女の持ってきた荷物の量は、俺たちの中でも飛びぬけて多かった。
何でも、魔法文字の資料とかを全部まとめたらこうなったらしい。
対照的に、テスラさんは大きめの旅行鞄が一つだけだった。
普段から、あまり荷物は持たない主義のようだ。
「八番街区はあっち」
馬車や荷車の集まる広場。
そこから伸びるいくつかの通りのうち、最も西側のものを指さすテスラさん。
彼女の案内に従って、俺たちは荷物を手に移動を始める。
人波に飲まれながら、えっちらおっちら。
なかなかの重労働だ。
「ふう! あとどのくらいですか?」
十五分ほど歩いたところで、前を行くテスラさんに尋ねる。
すると彼女は足を止め、きょろきょろと周囲を見渡した。
「そろそろのはず」
「このあたりですか? 言われてみれば、なんか大きな屋敷が多いような……!」
いつの間にか、景色は一変していた。
にぎやかな商業地区から一変して、落ち着いた雰囲気の高級住宅地となっている。
通りを行きかう人々の身なりも、先ほどまでとは明らかに違っていた。
杖を手にした、いかにも魔導師風の人たちもいる。
恐らくは、魔法ギルド本部に所属する魔導師だろう。
「ちょっと地図貸して!」
「どうぞ」
「うーんと……あれだわ!」
そう言うと、シェイルさんは建ち並ぶ屋敷の中でもひときわ大きな邸宅を指さした。
もはや、屋敷というよりもどこぞの宮殿のような建築物である。
鉄格子で出来た門の内側には、広々とした芝生と噴水の姿まで見て取れる。
「あれですか? いや、いくら何でも!」
「でも、地図的には間違いなくあの家よ」
「ま、とにかく行ってみればいいじゃないか。間違ってたらその時だ」
「ちょ、ちょっと!?」
なんともはや、気安い様子で歩き出すツバキさん。
テスラさんたちも、そのあとに続いていってしまう。
おいおい、もし間違えて人の屋敷に入っちゃったりしたら気まずくないか?
あんなお屋敷に住む人だ、きっとすげえ偉い人に違いないぞ……。
俺は少しビビりながらも、仕方なくみんなの後を追いかける。
すると――
「ようこそ! お待ちしておりましたわ!」
「システィーナさん!?」
門を開けて現れた人の姿に、俺たち四人はそろって驚くのだった――。