第五十三話 宴
「いやあ、実によくやってくれた!」
翌日、公爵家の城にて。
満面の笑みを浮かべて、バラド公爵が拍手を求めてくる。
俺は不器用に笑みを浮かべると、その手を固く握った。
すると公爵様はすかさず俺の肩を寄せ、ぎゅっと抱きしめてくる。
親子さながらの親愛表現だ。
「あ、ありがとうございます」
「うむ! しかし、実に惜しいな。今からでも、爵位の件を考え直さないか?」
「それは……」
笑いながら、言葉を濁す。
強く断るのは失礼だが、引き受けたい話ではなかった。
俺みたいなのが下手に権力を持っても、持てあますだけだろうしな。
まして、貴族階級となれば責任が伴う。
魔導士として、パーティーに居られるかどうかも怪しい。
「お父様、無理を言うものではありませんわ」
「ははは、わかっておる! 安心しなさい、君を無理に国へ引き入れたりはせんよ」
「ホントに?」
目を細めるテスラさん。
相手が公爵様だろうと、まったく遠慮なしである。
「無論だ。報酬も、すぐに用意させてもらう」
「おお! ありがとうございます!」
「して……そのかごに入っているのはなんじゃな?」
悪魔の入っているかごを見やると、その中をのぞき込む公爵様。
その気配を察した悪魔が、すぐさま閉じていた瞼を開き、騒ぎ出す。
「なんじゃなとはなんだ! せめて誰だと言え!」
「しゃべれるのか!」
「当たり前だ! 俺様は悪魔だぞ!」
「悪魔とはまた、恐れ入ったの。ラースよ、こいつはどこで見つけたのだ?」
「陸帝獣の腹の中です」
「ほう……」
公爵様の顔つきが、にわかに険しくなる。
彼はかごの方へと近づくと、中腰になって中の悪魔を睨みつける。
「な、なんだよ!」
「そなたが今回の件の犯人か?」
「そうだと言ったら?」
「うむ……」
公爵様は、サッと腰の剣に手をやった。
一閃。
一瞬にして刃が抜かれ、輝く。
そのあまりの速さに、ビョウッという風切音が遅れるほどであった。
「お、脅す気か……!?」
「脅しなどはしない。切るのみ」
「ひいッ! 俺はただ、指示に従っただけだ!」
「やはり黒幕がいるのだな」
「あ、ああ。だが名前は言えない。言わないんじゃない、言えないんだ」
そう言うと、悪魔は自身の喉元を示した。
何やら、白い文字が刻み込まれている。
「魔法文字ね。おそらくは自爆式……」
「用意周到」
「うわ……えぐいな」
シェイルさんの説明に、肝が冷える。
捕虜になった時のために、自爆用の術式を仕込んでおくとは。
抜け目がないというかなんというか……。
「やはり、黒魔導士の使い魔ですかね?」
「恐らくは」
「間抜けとはいえ、知性のある悪魔を従えるなんて相当な使い手だぞ。やはり敵は侮れん」
渋い顔つきをするツバキさん。
それに合わせるように、テスラさんたちもうなずく。
その場の空気が、にわかに重くなった。
「……まあよい、今日のところは捨て置こう。それよりも宴じゃ! 酒を持てい!」
公爵様が手を叩くと、どこからともなくメイドたちが現れた。
何もなかったテーブルの上に、次々と料理が並べられていく。
そして数分もすると、山海の珍味がどっさりと山をなす。
中央にどんと置かれたイノシシの丸焼きが、何とも豪勢で旨そうだ。
「おおお!!」
「今日は好きなだけ飲んで騒いでくれ! さあ!」
「はい!」
「いただく」
グラスになみなみと注がれたワインを、グッと飲み干す。
普段はあまり飲まないのだが、今日だけは特別だ。
メイドさんの注いでくれる酒を、次々と飲み干していく。
「ふう!」
「いい飲みっぷり」
「ありがとうございます」
「私ももっと飲む」
「いッ!?」
そう言うと、テスラさんはあろうことか大皿を手にした。
先ほどまで山のように料理が載せられていたそこに、ワインをドバドバと注いでいく。
左右の手に瓶を持ち、まさかの二刀流だ。
そうして瓶をすっからかんにすると、さながら大きな盃のようにして酒を飲みだす。
おいおい、大丈夫か……?
「テ、テスラさん!?」
「平気。これぐらいじゃ酔わない……」
「酔ってるじゃないですか!」
口調こそしっかりしているが、顔が真っ赤だ。
しかも、体全体がふらふらと揺れている。
起き上がりこぼしよろしく、今にも倒れてしまいそうだ。
「ツバキ、脱ぎます!」
「ちょ、ちょっと待った!? 何やってんの!?」
「はえ? ラース、お前も脱ぐのか!」
「脱ぎませんって! やめて!」
着物の裾に手をかけるツバキさんを、慌てて押さえつける。
酔っぱらいのくせに、力つえー!!
身体強化を掛けないと、負けてしまいそうだ。
次第に、体が押し合いへし合いもみくちゃになる。
「ラースゥ! あんた、ツバキと何してんのよー!」
「わ、息くさい!」
「臭くないわよー! 毎日、歯は磨いてるんだからぁ!」
「そうじゃなくて、酒の匂いですよ!」
もわーっと漂ってくるアルコールの香り。
シェイルさん、めちゃくちゃ飲んでるな……。
ちらりと彼女が来た方を見やれば、瓶がそこら中に転がっていた。
よくもまあ、仮にも公爵様のお屋敷でこんだけ飲めたもんだ。
「ラースゥ! ツバキと何かするなら、私も混ぜろー!」
「何もしてませんって!」
「嘘言いなさいよー、ツバキ脱いでるんだからー!」
「あー、もう!!」
次第に絡み方がひどくなるシェイルさんに、思わずため息を漏らす。
ツバキさんだけでも大変なのに、この状況はどうすりゃいいんだ!?
俺が額に手を押し当てていると、さらに――
「おほほ! ラース様、ごらんくださいまし! 瓶がこんなに!」
「何してんですか! 危ないですよ!」
空いたワインの瓶を、システィーナさんがどんどんと積み上げていた。
城だ。
空き瓶で立派な城を作っている。
その高さは半端ではなく、ゆらゆら揺れる尖塔が今にも崩れてきそうだ。
おいおい、こんなの崩れたらあちこちガラスまみれになってえらいことに……!
「なにそれ。きれい!」
「ああ! ダメッ!!」
ふらふらっと、テスラさんが空き瓶の城に吸い寄せられる。
危ないと思い、すぐさま手を伸ばした。
しかし、ほんの一瞬だが遅くて――
「わわわッ!!!!」
「あ、あひゃーー!!」
深夜の大広間に、悲鳴が轟くのだった――。




