第五十二話 悪魔(?)
肉壁に空いた巨大な穴。
そこから、薄暗い体内に向かって陽光が注ぐ。
白い光を額に浴びながら、俺は思い切り深呼吸をした。
吹き込んでくる外気が、火照った体に心地よい。
「ふう……! 何とかなったな……」
全身の力が抜けて、その場にへたり込む。
食われたときはどうなることかと思ったが……何とかなって良かった。
「おーい!!」
遠くから、シェイルさんの声が聞こえた。
それに続いて、他のみんなの声も次々と響いてくる。
「ここでーす! 何とか生きてます!!」
俺は返事をすると、すぐさま穴から外へ出ようとした。
するとここで、先ほど吹っ飛ばした悪魔の姿が目に飛び込んでくる。
爆発で吹き飛ばされ、今は意識を失っているようだが……連れ帰ったほうがいいな。
黒魔導士とのつながりとか、いろいろ話してもらいたいところだ。
「すいません、縄とかあるなら貸してもらえますか?」
「縄? 何か持って来るつもり?」
「ええ、ちょっと」
「それなら、私が迎えに行く」
テスラさんがそう言うと、どこからか地鳴りのような音が響いてきた。
やがて巨大な影が、穴をすっかりと塞ぐ。
テスラさんお手製のゴーレムだ。
ゴーレムは穴の両端に手をかけると、入り口を無理やりに押し広げ、手を突っ込んでくる。
「さ、これに乗って」
「はい!」
悪魔を抱えると、そのままゴーレムの手に乗り込む。
こうして陸帝獣の外へと脱出した俺は、すぐさま近くの地面へと降ろされた。
待ち構えていたツバキさんたちが、急いで駆け寄ってくる。
「ラース! 大丈夫だったか!」
「ケガしてない!?」
「おかげさまで、何とか!」
俺の報告に、安心して胸をなでおろす一同。
緊張の糸がほどけて、空気が緩む。
「本当によかったですわ! 一時は心配で心配で、胸が張り裂けるかと!」
「あはは、ありがとうございます」
「もう離しませんわ!」
いきなり、システィーナさんが俺に抱き着いてきた。
あわわ、わッ!!
突然のことに、俺は軽くパニック状態に陥ってしまう。
ふよんっと柔らかな感触。
気が付けば、腕が胸に挟まれていた。
「ちょ、ちょっと! あなた公爵令嬢でしょ! 恥じらいってものはないわけ!?」
「あら? ハグくらい健全な親愛の表現でしてよ?」
「ぐぬぬ……!」
何とも苦々しい顔をするシェイルさん。
テスラさんたちも、どことなく嫉妬するような目でこちらを見ていた。
仮にも、公爵令嬢とこんなふしだらなことをするのは良くないってか?
いや、それを言うと仕掛けてきたのはシスティーナさんなんだけど……!
俺は幸せな感触を堪能しつつも、うれしいような悲しいような何とも言えない気分になる。
そうしていると、システィーナさんが俺の抱えている悪魔へと目を向けた。
「そういえば……そいつなんですの? マスコット?」
「陸帝獣の腹の中にいたんだ。たぶんだけど……こいつが今回の事件の元凶っぽい」
懐から魔石を取り出す。
たちまち、皆の顔つきが険しくなった。
彼女たちは悪魔に目を向けると、眉を寄せる。
「こいつがねえ……」
「見たところは、低級の魔物のようなのだがな」
「……ちょっとかわいいですわね」
「え?」
予想外の一言に、場の空気が固まる。
システィーナさん、意外とこういうのが好きなのか。
言われてみれば、そう見えなくも……やっぱりないな。
大きさこそ小さいが、ゴブリンをデフォルメしたような顔立ちをしてるし。
チラッと口の端から見える歯も、なかなかに鋭い。
「まあいいわ。とりあえず、捕まえておきましょ」
「そうね。檻を作るから、魔封じをお願い」
「分かったわ」
たちまち、テスラさんは鳥かごのような形をした檻を作った。
その底の部分に、シェイルさんが魔封じの魔法文字を刻み込む。
俺は彼女たちから出来上がったそれを受け取ると、すぐに悪魔を放り込んだ。
「あいたッ! もっと丁寧に扱え!」
「起きてた」
「今ので目が覚めちまったんだよ!」
目を開けるや否や、ギャーギャーと騒ぎ始めた悪魔。
彼(?)はこちらを睨みつけると、やたら自信満々に言う。
「貴様ら! この俺様を捕まえて、ただで済むと思ってるのか!」
「思ってるけど」
「ふん! どうやら俺様の恐ろしさが分かっていないようだな!」
そう言うと悪魔は、掌を掲げて何事か呪文を唱えた。
自信たっぷりな顔つきからして、かなり強力な魔法を発動しようとしているようだ。
しかし、檻には魔封じが施されている。
当然ながら何も起きず、彼は目をぱちくりとさせる。
「おのれ! せこい手を!」
「せこくない。当然の処置」
「くそ! 魔法さえ使えりゃこんな奴ら……!」
プライドを傷つけられたのか、地団太を踏む悪魔。
よくわからないが、間抜けな雰囲気である。
陸帝獣の封印を解いたことなどからすると、結構強いはずなんだが……。
とてもそうは見えなかった。
むしろ、そこらのゴブリンにでも負けてしまいそうだ。
「で、あんたはいったい何者?」
「聞いて驚くな! 俺様はアザロフの星の――ごほんッ! 今のは忘れろ!」
「はっきり聞いた。アザロフの星に所属してたのね」
「ぐッ……高度な誘導尋問をしやがって……!」
「別にしてないだろ」
思わず檻を叩いて、突っ込みを入れる。
悪魔――ほんとにそうなのかすら怪しくなってきたが――は俺の顔を見て、涙目になるのだった――。




