第五十一話 異変の正体
「まずいことになったな……!」
陸帝獣の口に、ラースが飛び込んでから数分後。
内側からの攻撃は一向に始まる気配がなかった。
――まさか、飲み込まれてしまったのか?
岩陰で臨戦態勢を整えていた四人に、緊張が走る。
「ラースがやられるわけない」
「そうは言っても……!」
「どうする? 私たちだけでも攻撃するか?」
「それはダメですわ。陸帝獣の鱗は、内と外の両方から攻撃しないと破れません!」
「じゃあどうするのよ! このまま見守ってればいいわけ!?」
シェイルの声が大きくなる。
彼女は臨戦態勢を解くと、システィーナへと詰め寄った。
「あんたがいけないのよ! ラースにあんなこと言うから!」
「こら! 失礼だぞ、公爵令嬢に向かって!」
「この際、そんなこと関係ないわよ!」
たしなめるツバキに、きつい口調で言い返すシェイル。
彼女はそのまま、容赦のないまなざしをシスティーナに向けた。
そしてシスティーナの顔を一瞥すると、ふんっと鼻を鳴らす。
「……まあいいわ。それより、何とかしてラースを救出しなきゃ」
「私が飛び込む」
「やめろ、テスラまで飲み込まれるぞ!」
「でも、他にいい手がない」
「こうなったら、効果があろうとなかろうと攻撃し続けるしかありませんわ。あれだけの巨体ですもの、もしかしたら弱点ぐらいあるかもしれませんし」
システィーナの提案に、ゆっくりとうなずく一同。
妙案を思いつかない以上、そうするより他はなかった。
彼女たちは陸帝獣の方を見やると、タイミングを見計らって岩陰から飛び出す。
「手を絶やすなよ! 竜神斬ッ!!」
「分かってるわ! 付与、重さ五倍ッ!!」
シェイルの付与魔法により、陸帝獣の姿勢がわずかに前のめりとなった。
そのすきをついて、今度はテスラとシスティーナが連続攻撃を食らわせる。
「いけッ! 巨人よ!」
「シャイニング・レインッ!!」
巨人の拳と光の雨が炸裂する。
陸帝獣の身体のあちこちで、火柱が吹き上がった。
山ほどもある巨体が、衝撃によってわずかながら揺れる。
「……む!」
攻撃に合わせるかのように、陸帝獣がのたうち始めた。
――効いてるのか?
予想外のことに驚きつつも、四人は攻撃の手をさらに強める。
そうしている間にも、陸帝獣の暴れ方はひどくなる一方だ。
「よし、一斉攻撃行くぞ!」
「ええ!」
「わかったわ!」
「やりましょう!」
アイコンタクトをとる四人。
彼女たちは揃って構えをとると、魔力をため始めるのだった――。
――〇●〇――
「む、なんだ?」
攻撃を始めた瞬間、肉壁の向こうで何かがうごめいた。
赤い肉が、さながらモグラの通り道よろしく膨らんでいく。
魔法の操作に集中しないといけないのは分かっていたが、明らかに怪しかった。
「血管か? いや……」
伸びきった肉壁の内側を、何かが走っていく。
血管かと思ったが、様子が少し違った。
ふくらみが、縦横無尽に伸びていくのだ。
まるで、肉壁の中を生き物が走っているかのようだ。
「魔力か?」
うごめく肉壁の向こうから、魔力の高まりを感じた。
これはもしや、システィーナさんの言ってた魔力の塊か?
そうか、動いてたから……!
「なるほど、そういうことなら!」
胃を突き破ろうとしていた刃の群れ。
その方向を、ほんの少しだけずらす。
幾千もの刃が、たちまち不自然なふくらみを押しつぶした。
途端に、聞き苦しい悲鳴のようなものが響いた。
「うおッ!?」
やがて、肉壁を破って何かが飛び出してきた。
思ったよりもずっと小さい。
黒くて羽が生えたそれは、出来損ないの悪魔のような姿をしていた。
目が大きくて、どことなく憎めないような顔をしている。
「お前……何者だ!」
「ちッ! 見つかっちまったら仕方がないな!」
「よくわからんが、こうなったからには――わッ!!」
いきなり、胃袋全体が大きく揺れた。
バランスを崩した俺は、たまらずその場でふらつく。
遠くから唸り声のようなものが聞こえた。
これは陸帝獣が、苦しんでいるのか?
「くそ、弱りだしたな。魔石だけでも置いてくればよかったか……」
「なるほど、お前が陸帝獣を操ってたのか!」
「ふん! 俺は魔石を食わせて監視してただけだぜ。暴れたのはこいつ自身の意志さ」
そう言うと、悪魔は魔石を取り出して笑った。
やっぱり、こいつが事件の元凶か!
俺はグッと唇をかみしめると、すぐに炎の剣を差し向ける。
「おっと!」
「くッ! まだ細かい制御は難しいか!」
空を飛んで逃げる悪魔。
小さいだけあって、その機動力はなかなか大したものである。
まだまだ制御の甘い俺の魔法では、とらえきることができない。
もっと、剣を自在に動かすことができれば……!
「じゃあな!」
「逃すか!」
「その魔法は当たらねえって……おいっ!?」
炎の剣を、悪魔の足元に広がる酸の海へとぶつける。
たちまち酸が蒸発して、激しい爆発が巻き起こった。
それに巻き込まれた悪魔は、吹っ飛ばされる。
「よし! あとは……!」
魔石を抜き取られたことで、のたうつ陸帝獣。
足場は悪いが、今はチャンスだった。
弱っているすきに、一気に攻めるしかない!!
「うおおッ!!」
剣の数を、さらに増やす。
もう制御がどうこうという問題ではない。
なんとしてでも、こいつの胃袋をぶち破るのみッ!!
「そらあああァ!!」
「グオオオッ!!」
胃袋がさらに伸び、陸帝獣の雄たけびが轟いた。
それに呼応するように、どこかから爆音が聞こえてくる。
陸帝獣の変化に気づいて、外からも攻撃が始まったのか?
そして――
「グギャアアアアッ!!」
「抜けたッ!!」
響き渡る断末魔。
大気を揺さぶる爆音。
それにやや遅れて、暗かった胃の中に一筋の光が差し込んだ――。