第四十九話 帝王と呼ばれる所以
「これが……」
大地を揺さぶって歩く、陸帝獣。
岩のような鱗に覆われたその姿は、巨大なサイとドラゴンを掛け合わせたかのようであった。
眼光鋭い金色の瞳。
天を衝く二本の角。
力強く大地を踏みしめる四肢と、どっしりとしたつくりの胴体。
その造形は見事で、陸の帝王と呼ばれるだけの風格がある。
「成長してますわ……!」
「え?」
「前に見たときは、ここまでではありませんでしたわ!」
声を張り上げるシスティーナさん。
彼女の瞳には、はっきりと怯えの色が浮かんでいた。
まさか、そんな短期間で……?
俺たちが驚いて顔を見合わせると、陸帝獣は前脚を持ち上げて叫ぶ。
「グラアアアアッ!!」
「うおッ!?」
音の津波が襲い掛かってくる。
なんだこれ、もはやうるさいとかそんな次元じゃねーぞ……!
衝撃波のようなそれに、たまらず耳を塞いで身を小さくする。
音が全身を震わせ、脳天を貫いた。
痛い、頭全体が痛いッ!!
「クソ、こいつは厄介だぞ……!」
「さっさと決着をつけたいところね!」
「私が動きを止める。そのすきに、みんなで一斉攻撃」
「了解!」
俺たちが応じると同時に、テスラさんは地面に手をたたきつけた。
彼女はそのまま陸帝獣の方を睨むと、呪文の詠唱を始める。
「罪に穢れし魔神の魂よ。土塊に宿り、その威を再び世に現せ。錬成ッ!」
魔法陣が輝き、大地が隆起する。
たちまち、七体の魔神像が姿を現した。
まがまがしいその巨像は、いつ見ても圧巻だ。
しかしながら、陸帝獣と比べると二回りほど小さい。
「ぐッ! さすがに……!」
七体がかりで、巨体の動きを押さえつける。
だが、ドラゴンの時ほど容易ではないようだった。
魔神像がきしみ、パラパラと土くれが落ちる。
テスラさんの額に、スッと血管が浮かぶ。
細められた瞳に、余裕は一切なかった。
「全力で行くぞ!」
「はい!」
「分かりましたわ!!」
速攻で決めるべく、まずはツバキさんが飛び出した。
続いて、俺がファイアーボールを打ち込む。
すると――
「かたッ!?」
刀の切っ先が触れた途端、盛大に火花が飛び散る。
耳障りな金属音。
陸帝獣の鱗は、年月を経て古びた見た目に反して強固だった。
斬撃に続いて俺のファイアーボールが炸裂するが、傷一つつかない。
「グラアアッ!!」
「抑えきれない!」
陸帝獣の眼光が強まる。
四肢に力が籠められ、魔神像が払いのけられた。
圧倒的な質量を誇るはずの像が、軽々と吹き飛ばされる。
まったく、信じられないパワーだ!
「ヤバッ!」
長大な尾が、その大きさに見合わぬ速さで振るわれる。
周囲の岩を吹き飛ばしながら迫ってきたそれを、俺たち四人は空中にジャンプしてかわす。
だがほんの一瞬だけ、システィーナさんが出遅れてしまった。
彼女の足を、尾から突き出したトサカがかすめる。
それでバランスを崩してしまった彼女は、そのままひっくり返って地面にたたきつけられてしまった。
「しまった!」
「危ないッ!!」
落ちたシスティーナさんめがけて、陸帝獣が突っ込んでくる。
彼女を丸のみにしようとしているようだった。
口が大きく開かれ、剣のような牙がのぞく。
俺は身体強化を全開にすると、空を蹴って彼女の方へと飛んだ。
「いっけーー!!」
システィーナさんめがけて、思い切り体当たりをする。
次の瞬間。
衝撃とともに、俺と彼女の身体がもみ合うようにして飛んだ。
牙と牙の間をかろうじてすり抜け、やや離れたところに着地。
危なかった……!
全身から嫌な汗が出る。
「大丈夫ですか!?」
「な、何とか!」
「早く、こっちへ!」
離れた岩陰から、ツバキさんが声を張り上げる。
俺はシスティーナさんの手を握ると、急いでそちらへと走った。
そして岩の隙間へと体を滑り込ませると、ふっと息をつく。
「助かった……!」
「でも、困った。あいつを倒す方法が見当たらない」
「……いいえ、一つだけありますわ」
システィーナさんが、低い声を出して言う。
彼女は俺たちの方を向くと、ひどく真剣な表情をした。
瞳から、のっぴきならない雰囲気を感じる。
そして――
「食べられそうになった時、奴の上あごの裏側に魔力の塊のようなものを見つけましたの。そこを内と外から攻撃すれば……おそらく、倒せますわ」
「なるほど。だが、内側からなんてどうやって攻撃するんだ?」
「奴の口は巨大ですわ。思い切って飛び込んでしまえば、牙に潰されることはないかと」
「……リスクが高い」
「ええ、食われるとしか思えないわ」
あまりにリスキーな作戦に、渋い顔をするテスラさんたち。
歴戦の魔導師だけあって、そういう判断はシビアなようだ。
するとシスティーナさんは、大きく胸を張って言う。
「内側からの攻撃役は、私がやりますわ。私が食われたと思った瞬間に、攻撃してくださいまし」
「待って、ダメよ! あんた、仮にも公爵令嬢でしょ!? 身分ってものをわきまえて!」
「だからこそですわ! 勇敢なるバラド公爵家の一員として、ここは先頭に立つべきですの! 皆より先んじて行動してこそ、貴族というものですわ!」
声を張り上げ、高らかに宣言するシスティーナさん。
その姿は勇ましく、さながら戦乙女のようですらあった。
貴族にもまだ、こんなしっかりした人がいるんだな……。
王国貴族の権力に胡坐をかいて贅沢し放題というイメージを、改める必要がありそうだ。
「……そういうことなら、ここは俺に任せてください」
「え? ですから、私がやりますわ!」
「こういうときぐらい、男にかっこつけさせてくださいよ」
「しかし、この地を収める公爵家の人間として――」
「すいません。少しだけ、いいですか?」
失礼を承知で、システィーナさんの話を途中で遮る。
俺はそのまま、彼女だけでなくテスラさんたちの方もまで見渡すと、大きく深呼吸をした。
そして気持ちを落ち着かせると、ゆっくり語りだす。
「俺、冒険者だったころはすごい落ちこぼれだったんです。みんなにいつも、雑用ばかりやらされて。それでみんながピンチのときは、震えてることしかできなくて。でも魔導師になって、俺は強くなりました。まだ、そこまで実感はないですけど……」
そこまで言ったところで、言葉を切る。
一拍の間。
静かな沈黙が流れた。
俺はもう一度息を吸うと、力を込めて言う。
「だから、俺に食われる役をやらせてもらえませんか? こういう時、みんなの役に立つのに憧れてたんです。男として、みんなを守らせてはくれませんか?」
「……ラースさん」
「わかった」
「了解だ」
「私もいいわよ。ま、あんたはもう既にきちんと役に立ってると思うんだけどねえ」
いい笑顔で、了承してくれるテスラさんたち。
一方、システィーナさんの方はまだ煮え切らない表情をしていた。
だがしばらくして、どこか吹っ切れたような顔で言う。
「……わかりましたわ。ただし、必ず生きて戻ってくださいね! 私、待ってますから!」
「はい! もちろんですよ!」
できるだけ、さわやかに宣言する俺。
こうして、作戦は決したのだった――!
あけましておめでとうございます!
新年最初の更新、そしてちょうど記念すべき50話目です。
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