第四十七話 令嬢の狙い?
「ラース、本気でやるつもり?」
不安げな顔で訪ねてくるテスラさんに、無言でうなずく。
宴の翌日。
俺たちとシスティーナさんは、千年洞窟の入り口を目指して歩いていた。
下草を切り払いながら、獣道を突き進んでいく。
やがて木々がまばらになり、ごつごつとした岩が目立つようになる。
地面に傾斜が出てきた。
ようやく、ダルム山脈に差し掛かったようだ。
「ねえラース、やっぱり飛ぶわけにはいかないの?」
「船を使ってですか?」
「ええ」
坂を上り始めたところで、疲れてきたらしいシェイルさんが言う。
彼女はそのまま近くの岩にもたれかかると、やや非難めいた眼でこちらを見てきた。
「まあ、これからたっぷり魔力も使うので。温存しておかないと」
「そりゃ分かるんだけどさ……というか、本気でやる気なの?」
「もちろん! これしか手はないと思います」
「理論上は、できるとは思うんだけど……大胆というか」
苦笑するシェイルさん。
まあ、自分でもとんでもないことを言っているという自覚はある。
けど、これが一番手っ取り早いし確実だからな。
「ま、とにかくやってみましょう。失敗したらその時ですよ」
「それもそうですわ。皆さん急ぎましょう、事態は一刻を争います!」
扇を振り上げ、勇ましい声かけをするシスティーナさん。
彼女の後に続いて、山を登ることしばし。
急峻な尾根の向こうにある、黒々とした穴が目に飛び込んできた。
大きい!
にわかに視界を占拠したそれは、城がすっぽり入ってしまいそうなほどだ。
「さあ、やりましょう!」
「ええ!」
「任せろ!」
それぞれに武器を構える俺たち。
そして――
「ぶっ壊せッ!!」
一斉に放たれる魔法攻撃。
ゴーレムの拳が唸り、斬撃が岩を切り刻み、炎がすべてを焼き尽くす。
そして最後に、仕上げとばかりにシスティーナさんが無数の光条を放った。
上空に展開された二重の魔法陣。
その幾何学模様の隙間から、次々と光の雨が降り注ぐ。
さすが、天才といわれるだけのことはあるな……。
見た目の派手さはすさまじかった。
「よし!」
攻撃が止まり、砂ぼこりが収まると穴はすっかりふさがっていた。
まずは一か所!
陸帝獣の出入り口を塞いだ。
あとはこれをひたすらに繰り返して、出てこられる穴を絞るのみである。
「さあ、どんどん行こう! システィーナさん、案内頼みます!」
「ええ、おまかせくださいまし!」
そう言うと、システィーナさんはドーンッと胸に手を押し当てた。
彼女は大きな扇をザッと広げると、それでもって道を示す。
「次はあちらですわ! ここから十分も歩けばつきますわよ」
「はーい!」
こうして俺たちは、システィーナさんの後に続いて元気よく歩き出すのだった――。
――〇●〇――
「ふう! 一日でだいぶ潰せましたわね!」
沈みゆく夕陽を見ながら、システィーナさんが汗を拭く。
彼女の言うとおり、この一日でかなりの数の入り口を潰すことができた。
ざっと十か所ぐらいはやれただろうか。
この調子でいけば、一週間も頑張ればほぼほぼすべての入り口を封鎖できそうである。
「言い出した時はどうかと思ったけど、なかなかの妙案だった」
そう言うと、テスラさんが俺の方を見て笑った。
そりゃ……普通は無理だって思うよな。
数百ある洞窟の入り口のち、陸帝獣が出入りできそうなところを全部ぶっ潰そうなんて。
「入り口自体は無数にあるって話でしたけど、陸帝獣が出入りできるほどの大きさとなると限られるはずですからね。場所も、このダルム山脈に集中してますし」
「それでも、四十七か所もありましたけどね。私たちの豊富な魔力と高い攻撃力があってこそですわ」
「まあ、普通ではできんだろうな」
刀に手をやったツバキさんが、どことなく誇らしげに言う。
こんな無茶苦茶ができるのも、やはり俺たちの実力があってこその話だ。
普通だったら、城が入ってしまうほどの入り口なんて一か所破壊するだけでも苦労するだろう。
「さて、そろそろ休みましょうか。日も沈みますし」
「そうですわね。このあたりに陣を張りましょう」
「そういえばシスティーナさんって、野宿とかは大丈夫なんですか? こんな時に聞くのもあれですけど」
俺がそう言うと、システィーナさんは腰に手を当ててこちらを見つめ返してきた。
頬を少し膨らませた彼女は、どことなく不満げな表情だ。
「これでも、軍属を希望している身ですわ。貴族といえど、それぐらいは経験ありましてよ」
「だったらいいんですけど」
「私をただの令嬢と思って、甘く見ないでくださいまし。では、お夕食の材料を調達しに行ってまいりますわ」
森の方角に向かって、すたすたと歩いていくシスティーナさん。
残された俺たち四人は、互いに顔を見合わせる。
「行っちゃったわね」
「ええ。何なのかしら、生活力があるアピール?」
「そもそも、普通はついてこない。貴族の令嬢なら、治療が終わっても大事を取ってしばらく休む」
「きっと、仕留め損ねた陸帝獣に自分の手でとどめを刺したいのだろう」
「それは分かるけどさ。だったら、ある程度入り口をつぶしたところで合流してもいいんじゃない。わざわざ、公爵令嬢がこんな泥臭いことしなくてもさ」
貴族があまり好きではないのか、どことなく批判的な口調のシェイルさん。
彼女はそのまま俺の方を見ると、少しからかうように言う。
「……もしかしてだけどさ。あのご令嬢、ラースと一緒に居たいんじゃない?」
「えッ?」
「さっきからあの子、あんたの方ばっかり見てたわよ。もしかしたら、気があったりして」
まったく予想していなかった展開だった。
俺の頬が、たちまちかあっと赤くなる。
そう言われて悪い気はしないが、いかんせん話の流れが急すぎた。
「まさかァ! 公爵令嬢様ですよ! 俺なんかのこと、何とも思ってませんって!」
「どうかしらねえ。報酬の話の時も、馬鹿にあっさりと引いてくれたし。なんかありそうな気はするんだけどな」
「いやいや、あれは単に助けてもらった負い目があったからでしょう」
「だといいんだけどねえ。私としては、他に増えてもらっても――っと!」
何事か言いかけたところで、シェイルさんは言葉を打ち切ってしまった。
俺が不思議に思って首をかしげると、彼女は「ごほんっ!」と咳払いをしてごまかす。
「それより、私たちも早く野営の準備をしないと! ラースも手伝って!」
「ああ、はい!」
こうして俺たちは、システィーナさんが戻ってくる前に立派な野営地を設営するのだった――。