第四十二話 俺、伝説を作る!
「どういうことです……?」
顔を引きつらせながら、ソノラさんが尋ねる。
するとシェイルさんは、大きく息を吸った。
そしてゆっくり、ゆっくりと語りだす。
「エルマ村の人たちはね、その石の力で蘇ったのよ。十年前にね」
「え……? 何言ってるんですか!?」
「十年前、エルマ村の人たちは山賊団によって全滅した。それを、あなたが復活させたのよ」
「なッ!」
シェイルさんの言葉に、俺とソノラさんの身体がこわ張る。
言われてみれば、あの村の人たちは確かに死人のようであった。
顔色は悪いし、体のあちこちが腐って骨が見えてしまっている。
不健康を通り過ぎて、死んでいると言われれば納得だ。
でも、納得できるだけに……受け入れがたい。
特にソノラさんにとっては、とても頷ける話ではないだろう。
「いくら願いをかなえる石だって、そんなことできるわけないですよ! 何言ってるんですか!」
「……ええ。だから、完全にはできなかった。その結果が、今のあの状態よ」
「それは……」
「村の人たちが消えるのも、輝石の力が切れてもう一度死んでしまったから。そう考えれば、素直に納得がいくわ」
「……信じません。そんなこと、そんなことあるわけない……!」
そう言うと、ソノラさんは耳をふさいでその場にしゃがみ込んでしまった。
まあ無理もない……。
今までずっと、村の人たちは生きてると思って来たんだからな。
あまりにもショックが大きすぎる。
いきなり言われたからって、受け入れられるようなことではないだろう。
「……ソノラさん、あなただっておかしいと思ってたんじゃないの?」
「そんなこと、ないです……」
「だって、五年も前からあの状態だったんでしょう?」
「…………ないったら、ないんです」
悲しげなソノラさん。
その目から、大粒のしずくが次々と落ちた。
乾いた石が、見る見るうちにまだらに染まっていく。
……こんなの、見ちゃいられない!
俺はすぐさまシェイルさんの方を見やると、言う。
「何とか、ならないんですか? たとえ偽りだったとしても……あと少し、あと少しだけでもソノラさんと村の人たちを一緒に居させてあげられないんですか!? お別れぐらい、させてあげたいじゃないですか!」
「……それなら、輝石を使わなければいいわ。でも、あいつを封印しないと!」
そういっている間にも、轟音が響いてきた。
外では、ヤーザスの分身とテスラさんたちが激しく戦っているようだ。
結界に阻まれているためここが崩れることはないだろうが、そうゆっくりはしていられない。
本体の封印が解けるのも、このままでは時間の問題だ。
「もう時間がない! ソノラさん、石を!」
「待ってあげてください! そんなことできませんよ!」
「じゃあどうするの!?」
「えっと、代わりになるものでもあれば……!」
必死になって頭をひねる。
そうだ、魔石だ。
強力な魔石があれば、ひとまずは代わりになる。
「そうだ、イクスが置いていったやつ! あれをうまく使えないですか!? 魔石自体は本物なんですから、いろいろと付与して……」
「ダメよ! あれはヤーザスが作った邪悪な魔力の結晶! 使い物にならないわ!」
「くッ、やっぱりそうですか。……ん?」
ヤーザスが作った?
ということは、ヤーザスがあれを作り上げたのか?
だったら……希望はあるかもしれない!
「シェイルさん、もしかして魔石って魔導師なら作れるんですか?」
「え? 理論的には、魔力の塊だから不可能ではないと思うけど……実例なんてほとんどないわ!」
「だったら作りましょう! 俺、やってみます!」
「いや、実例がないって言ったでしょ!?」
声を大にして、俺を止めようとするシェイルさん。
でも、今はそれを聞いている場合じゃない。
今これをやらなきゃ、後で必ず後悔する。
できるかどうかの問題じゃない、やるかどうかの問題なんだ!
「魔力の結晶なんですよね? だったら、魔力を高めて……」
「ちょっと、本気!? ええい、わかった協力する! 伝説だと、魔力をどんどん圧縮していけば魔石を生成できるって! 誰も成功したことないけど!」
「ありがとうございます! 圧縮、圧縮……!」
「いッ!?」
みるみる高まっていく魔力。
その波動に、シェイルさんの顔が引きつった。
魔力が実体化し、輝く。
やがて、掌の中で強烈な膨張圧が生じ始めた。
ヤバイ、爆発しそうだ……!
高まる力を、さらに強大な魔力と身体強化でねじ伏せる。
もっとだ、もっと!
さらに魔力を高めていかなければ、結晶にはならないぞ……!
「ちょ、ちょっと!? このままじゃ、あんたの身体が吹っ飛ぶわよ!」
「そんなことわかってます!」
「だったらやめて! 危険すぎる!」
「少しぐらい危なくたって、かまいませんよ! おりゃああッ!!」
「ラースさん!?」
気迫を込めながら、さらに魔力を高めていく。
すると――掌にかかっていた圧力が、いきなり消失した。
あまりに突然のことに、俺はそのまま前のめりにずっこける。
「大丈夫!?」
「へ、平気です! それより……これ!」
「うっそ!? ほんとに……ほんとに魔石を作っちゃったの!?」
掌の上に置かれた、金色の石。
それを見たシェイルさんは、驚き過ぎたのかその場でしりもちをついた。
青い瞳が、驚きのあまり限界まで見開かれている。
今にも、目玉が飛び出してきそうだ。
「ラース、あんた本当に……本当に魔石を作っちゃったの!?」
「……ええ。できましたね」
「信じられない! それが出来たのって、初代賢者のほかに数人しかいないのよ!」
「そうですか? ヤーザスも作ったってさっき言ったじゃないですか」
「あいつはあいつで曲がりなりにも伝説の存在だから! ホントにあんたって、規格外ね……。すごいなんてもんじゃないわ!」
……そんなにすごいことなのか?
シェイルさんは、俺の魔石を見てやたらめったらテンションが上がっていた。
放っておいたら、そのままどこかに飛んで行ってしまいそうなぐらいである。
まあいい、とにかく今はヤーザスの封印だ!
七色の輝石の代わりに、俺が用意した魔石をぶっこむ!
「これでどうだッ!!」
石柱に魔石を埋め込んだ途端、金色の輝きが周囲を包んだ。
それと同時に、彼方から野太い雄たけびが聞こえる。
紫水晶から発せられていたまがまがしい魔力が、たちまちのうちに浄化された。
「おのれ……賢者め……!!」
水晶の中から、かすかに断末魔が聞こえた。
残された最後の魔力で、ヤーザスがこちらに呪詛を吐きかけているようだ。
「我の復活を阻止したところで、黒魔術は滅びぬぞ……! あの方の尖兵が、いずれ大事を成すだろう……」
「あの方? 誰だそれ?」
俺が問いかけるが、返事はなかった。
残された魔力も使い切って、再び眠りについたようだ。
……やれやれ、いろいろあったけど何とか騒動も落ち着いたようだ。
俺はふうッと息をつくと、改めてソノラさんの方を見やる。
「ソノラさん。これで七色の輝石は、もうしばらく持つと思います。その間に、ゆっくりと気持ちを整理してください」
「……私、思い出したんです」
「え? もしかして……過去のことを?」
「はい」
そう言うと、ソノラさんはゆっくりと顔を上げて俺の方を見た。
そして、唇を薄く開く。
「十年前のあの日、私はつまみ食いがばれて納屋に閉じ込められてたんです。それで、村を襲ってきた山賊たちにも気づかれなくて」
「後でこっそり出て行ったら、村が全滅していたと?」
「はい。外に出たら、辺りはもう血まみれで……。気が付いたら私、落ちていた石を拾って願ってたんです。元に戻ってって。そしたら……全部嘘みたいに、村が元に戻ってて」
「輝石が、願いをかなえたのね……」
しみじみとした口調で、シェイルさんが言う。
ソノラさんは彼女の言葉に、深く深くうなずいた。
「でも、完全ではありませんでした。少しずつですけど、昔とは違ってたんです。そのことが受け入れられない私は、いつの間にか記憶をなくして……自分を守った。村のみんながホントは死んでるっていう事実を、受け入れられなかったんです!」
「ああ、泣かないで! 当然ですよ、そんなこと誰だって……受け入れられるわけない!」
「ラースさん……ラースさんッ!!」
「あっと!」
人恋しくなったのだろう。
ソノラさんは、いきなり俺に抱き着いてきた。
彼女はそのまま、俺の胸に顔をうずめて泣きじゃくる。
俺はそんな彼女を、強く抱きしめてやることしかできなかった。
「……私、テスラたちに封印はできたって言ってくるわ。ソノラのこと、もう少しそこでお願いできる?」
「分かりました」
ゆっくりとその場を離れるシェイルさん。
こうして数時間後。
涙も声も枯れ果てたところで、ソノラさんが震えながら言う。
「……そろそろ、戻りましょうか」
「いいんですか?」
「はい。村のみんなにも、真実を言います。分かってもらえるといいんですけど……」
「わかりました。じゃあ、一緒に行きましょうか」
ゆっくりと立ち上がったソノラさん。
彼女を連れて、行きは数分でやってきた道を小一時間ほどかけて戻る。
すると村の家々には、夜明け前だというのに明かりがともっていた。
そして――
「ソノラ、待っていたよ」
「村長さん!! あれ、その体は……!」
村の入り口に、村長さんが立っていた。
その体は、包帯で巻かれていた以前とは違い、健康そのものに見える。
いったい、これはどうしたことだろう?
不審に思っていると、村長がにこやかに笑う。
「ヤーザスが倒されたおかげでな。悪しき魔力の影響がなくなったようじゃ」
「そうですか。でも、村長さんは……!」
「知っておる。わしとソノラ以外は、全員死んでいるようじゃの。うすうす感づいておったわい」
「え? じゃあ村長さん自身は……生きてるんですか!?」
俺の問いかけに、村長さんは浅くうなずいた。
彼は暖かなまなざしをソノラさんに向けて、語りかける。
「わし自身もあの日死んだと思っておったのじゃがな。どうやら、かろうじて生きておったようじゃ。ほっほっほ、我ながら悪運が強いことじゃて」
「そんな……おじいちゃん、おじいちゃん!!」
「おじいちゃん? お二人とも、血がつながってたんですか!?」
「ああ。ソノラがすっかり忘れておったので、あえて言わなかったんじゃがの。思い出してもらえたようじゃ」
ソノラさんの身体を、固く抱きしめる村長。
……良かった。
ソノラさん、独りぼっちじゃなかったんだ……!
ほかの人たちが天に帰っても、二人でならやっていける。
きっと、きっと……!
「……よしよし、好きなだけ泣くがええ。それがすんだらソノラよ、宴会じゃ。輝石の魔力も残りが少ない。最後に騒いで、皆を送ってやろうではないか!」
「……うん!」
「そういうことなら、俺たちにも手伝わせてください!!」
「うむ、そなたらも一緒に参加してくれ! 去りゆく者たちが寂しくないように、盛大に送ってやろう!」
こうして、大いに飲んで騒いだ三日後の朝。
俺たちは、エルマ村の人たちが天に帰るのを見送ったのだった――。
これにて、エルマ村編の完結となります!
今回はこれまでと少しテイストを変えた話としてみたのですが、少し暗くなりすぎてしまいました……。
第三章からはまた明るい話に戻していきますので、皆さんどうかよろしくお願いします!
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