第四十一話 真実
「うおおおぉッ!!」
強烈な加速度が体を襲う。
耳元で風が唸り、地面がみるみる遠ざかっていった。
家々の屋根がたちまち小さくなり、あっという間に豆粒ほどの大きさとなる。
さすがはツバキさん、半端ではない腕力だ。
「ハエが……」
みるみる近づく俺の姿に、低くつぶやくヤーザス。
奴は杖を高く掲げると、再び魔法陣を展開した。
光が綾をなし、夜空に幾何学模様が現れる。
魔法で俺を打ち落とすつもりのようだ。
しかし――
「……何?」
ヤーザスの動きが、にわかに止まった。
体の輪郭が、ほんの一瞬だがぶれる。
よし、上手くいった!
身動きが取れなくなったヤーザスに飛びついた俺は、そのまま奴の杖を掴む。
「……貴様ら、何をした?」
「魔石に細工をしたのよ!」
ヤーザスの低い唸りに、はるか眼下のシェイルさんが答える。
彼女はこちらをまっすぐに見据えながら、大きく胸を張って言った。
「こんなこともあろうかと、イクスに渡された魔石を組み込む前に少し細工をしておいたのよ。やっぱりあの魔石は、結界を破壊する類のものだったみたいね!」
そう言って笑うシェイルさん。
イクスを怪しく思った彼女は魔石を仕込んだ時に、魔力をいつでも遮断できるようにしていたのだ。
そして今、その仕掛けを遠隔で発動し、魔石から魔法陣へと通じていた魔力の流れを絶っている。
ヤーザスの復活はまだ完全ではなかったらしく、かなり効いていた。
やはりこの場にいるヤーザスはーー!
「ちッ……良く気付いたな……!」
「考えればわかるさ。あの結界は、魔力の源を絶たれてもある程度は持つようになっていたんだ。じゃなきゃ、七色の輝石が抜かれた途端にとんでもないことになってる。遺跡の研究をしていたイクスが、そのことを忘れて魔石を寄越すなんて変だったんだよ」
「ふん……」
「おおかた、あのイクスってやつはあんたの分身だろう? あんたも、そうじゃないのか?」
杖で体を支えたまま、拳を振りかぶる。
次の瞬間、手に炎が宿った。
金色に燃える拳が、たちまちヤーザスの身体を穿つ。
とっさに結界を発動するヤーザスであったが、無駄だった。
結界は、魔法の発動体である杖を中心として発動される。
俺も杖を握ってしまっている今、ヤーザスはそれを使うことはできない。
「とらあッ!!」
「がッ!」
生気のない顔に思いっきり拳を食いこませる。
骨が砕けたような鈍い感触。
それに遅れて、生ぬるい血が肩にかかる。
「……生意気な!」
「やっぱり! 普通じゃない!」
ありえない角度に首が曲がったにもかかわらず、ヤーザスは平然とこちらを睨みつけてきた。
これではっきりした、こいつはただの人形だ!
生身の人間じゃない!
「……ばれたか」
「感知したら、魔力の中心がまだ遺跡にあったからな! 上手い具合に誤魔化してるみたいだけど!」
「ほう……ここから感知するとは。貴様は何者だ……?」
ヤーザスの顔が歪んだ。
奴は余裕をなくした表情で、遺跡の方を一瞥する。
やはり、本体が気になるらしい。
「ち、さっさと離れろ!」
「それなら!」
杖を手放したヤーザス。
俺はとっさに、奴の腕をつかんだ。
やせ細った枯れ木のような腕は、掴む分には都合が良い太さだった。
すると奴は――
「ぬわァ!!」
「なッ! こいつ!?」
あろうことか、ヤーザスは手刀で自らの手をぶった切ってしまった。
嘘だろ、そこまでやるか!?
予想だにしていなかった行動をとったヤーザスに、俺はとっさに対応することができなかった。
奴の腕をつかんだまま、地面に落ちていく。
「やべッ!!」
「任せろッ!」
落下した俺の身体を、ツバキさんが受け止めてくれた。
危ない危ない……。
さすがに、あの高さから落ちたら骨ぐらいは折れていたかもしれない。
「大丈夫か?」
「何とか」
「さすがラース、奴に一泡吹かせたな! けどどうする、もう一度やるか?」
空を見上げながら、ツバキさんが言う。
ヤーザスの分身は、肩を再生すべく悶えていた。
今ならば、奴を倒すことは容易だろう。
でも――
「いや、またやっても同じことになりそうだ。それよりも、奴の本体を叩いた方がいい!」
「……本体?」
「ああ、あそこにいるのは分身だ! 本体はまだ、封印を破れていない!」
「そうか、だったら遺跡へ行くしかないな……」
空を見上げると、渋い表情をするツバキさん。
あのヤーザスの分身をかわしつつ、遺跡まで行くのはなかなか骨が折れそうだった。
「行くなら、囮をする」
「テスラさん!」
「私に手伝わせて。魔法陣のこと分かるの、私しかいないでしょ?」
「シェイルさんまで!」
いつの間にか、シェイルさんとテスラさんがこちらに移動してきていた。
さらに彼女たちに続いて、ソノラさんまでもが姿を見せる。
「私にも、行かせてください!」
「ソ、ソノラさん!? いくらなんでも危ないですよ!」
「行かなきゃいけないって、気がするんです! お願いです、連れてってください!」
ソノラさんは、何故だかひどく焦燥しているように見えた。
その目つきの鋭さときたら、ただごとではない。
口調からも、切羽詰まった様子がありありとうかがえた。
そんなにあの遺跡に行きたいのか?
いったいどうして……
「なんでそんなに……?」
「呼ばれてる気がするんです。何となくですけど」
胸元に手をやり、輝石を握りしめるソノラさん。
なるほど、封印に使われていた輝石が奴の魔力に反応しているのか……!
俺は深くうなずくと、彼女の手を握る。
「行きましょう! 俺が運びます!」
「服に付与するわ! こっち来て!」
「はい!」
シェイルさんの手によって、服に魔法文字が刻まれた。
たちまち、体が軽くなる。
これなら、十分もあれば遺跡の場所までたどり着けそうだ。
「私とテスラで囮をしよう。さあ今のうちだ、早く!」
「ありがとう! 行ってくるわね!」
「気をつけて!」
「行ってきます!」
ヤーザスの意識がこちらへ向けられる前に、素早くその場を離れる。
直後、背後で巨大なゴーレムが立ち上がった。
テスラさんが作成したものだ。
その掌の上にはツバキさんが乗り、ヤーザスに向かって次々と斬撃を放つ。
さすが、Sランク魔導師同士のペア。
結界に阻まれダメージは与えられていないが、いいコンビネーションだ。
二人の戦いを横で見ながら、俺たちはさらに急ぐ。
そして数分後――
「これは……!」
「遺跡がすべて……!」
赤い光の柱によって、遺跡がすべて覆いつくされていた。
手で触れると、たちまちすさまじい衝撃が身体に襲い掛かる。
攻性結界。
近づくものを攻撃する性質をもった結界魔法だ。
「これを使いましょう!」
先ほど、ヤーザスの分身から分捕ってきた腕。
それを手に持つと、棒の代わりとして結界の中へと差し入れる。
すると、まったく拒まれることなくすんなりと内側に入り込んだ。
やっぱり、本人だけは入れるようにしていたようである。
「それ貸して!」
「ああ、はい!」
「この手の結界は、内側からの干渉には弱いから……いけた!」
ヤーザスの腕を使い、内側の地面に魔法文字を刻んだシェイルさん。
たちまち、結界がきれいに四角く切り取られた。
俺たちはそこから中へと入ると、すぐさま遺跡の地下にある紫水晶へと向かう。
そして――
「あった!」
「やっぱり、まだ完全には復活してないようね!」
「よし、これなら七色の輝石で封印をし直せば……!」
ヒビこそ入っているが、まだ健在だった紫水晶。
封印の魔法陣にもう一度しっかり魔力を流し込めば、今回の騒動は収まるだろう。
外で大暴れしているヤーザスの分身も、身動きが取れなくなるはずだ。
俺はすぐさま、ソノラさんの胸元で輝く七色の輝石を見た。
するとここで、シェイルさんが急に真剣な顔をして言う。
「ちょっと待って! その石を戻す前に、言わなきゃいけないことがあるわ!」
「何ですか?」
「…………その七色の輝石をもとに戻すとね。エルマ村の人たち……全員が死ぬ可能性があるわ。いえ、正確には……再び死ぬ可能性がある」
重々しく響くシェイルさんの言葉。
そのあまりにも突然の宣告に、俺とソノラさんはその場で固まったのだった――。
いよいよ次回、エルマ村編のクライマックスです!
果たして、村の運命はどうなるのか。
ご期待ください。
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