第三十九話 石の正体
「おかえりなさい……わッ!!」
ゴーレムに乗った俺たちの姿を見て、迎えに来てくれたソノラさん。
彼女は人間の封じ込められた水晶を見て、たちまち素っ頓狂な声を上げた。
彼女は一歩後ずさると、ひきつった声で尋ねてくる。
「な、なんですかそれは……!」
「遺跡で見つけたんだ。中に魔導師が封印されてる」
「どうしてそんなものが!?」
「魔法陣の動力源にされてたんだ。おそらく、村を襲ってきた魔法生物の仕業だろうな」
昨日の夜のことを思い出しながら、ツバキさんがつぶやく。
夜の時点ではどうして俺たちを襲うのか分からなかったが、今ならばはっきりとわかる。
奴らは、俺たち四人の魔力を狙っていたのだ。
だから一般人である村人には目もくれずに、俺たちだけを狙ってきた。
恐らく「返せ」と言っていたのは「七色の輝石を返せ」ということだろう。
もっと正確に言えば、「輝石の魔力を返せ」ということか。
「とりあえず、これを家の中に入れてもいい? 外に置いておくのは可哀そうだし」
「分かりました、奥の窓から入れましょう。運べますか?」
「それぐらいなら大丈夫だ。ラース、手伝ってくれるか?」
「もちろん!」
ツバキさんと一緒に、えっちらおっちらと水晶を運ぶ。
こうして家の中に水晶を入れると、その上にひとまず毛布をかぶせた。
「ふう! ひと仕事終わりましたね!」
「ああ。さてと、ここからどうしたものかな。おそらく失踪した村人たちも、あの遺跡の周辺にいるとは思うが……」
ツバキさんの顔つきが、にわかに険しくなる。
彼女は顎に手を押し当てると、眉間に深いしわを寄せた。
「考えてみれば、魔導師はともかく村人をさらう理由が分からないな。一般人の魔力など、たかが知れているし」
「言われてみればそうですね。まさか……」
嫌な予感がした。
魔物の中には、まれにではあるが人を食う種族もいる。
あの魔法生物たちの食糧として、村人たちがさらわれたのだとしたら……ぞっとしない想像だ。
考えただけで、血の気が引いてしまう。
「それはないと思う」
「あ、テスラさん」
部屋に入ってきたテスラさんが、開口一番に言った。
彼女はさらに、説明を続ける。
「あの手の魔法生物は、魔力だけで生きてる。ものは食べない」
「そうなんですか?」
「ええ。でなければ、遺跡の管理なんてできない」
「でもそうなると……ますますわからないな」
お手は額に手を当てると、考えを巡らせる。
あの遺跡と村人の失踪は、どう見ても無関係とは思えない。
普通に考えれば、魔導師を狙ってきたあの魔法生物が、村人も一緒に連れ帰ったというのが自然だ。
けど、いったい何の目的で?
その部分が、どうにもうまく浮かび上がってこない。
「うーん……」
「皆さん、ごはんの用意が出来ましたよー!」
食堂からソノラさんの声が聞こえてくる。
鼻をひくひくとすれば、かすかにシチューの良い匂いがした。
ミルクの風味が、何とも食欲をそそる。
「おっと、もう食事か」
「ひとまず、話は後」
「そうですね。ソノラさんが、もしかしたら何か知ってるかもしれませんし」
一応、彼女も地元民である。
遺跡のことについても知っていたし、何かしら情報を出してくれるかもしれない。
俺はそう考えると、匂いに誘われるがまま食堂へと向かう。
部屋の中央に置かれたテーブルには、既に全員分の料理が並べられていた。
具だくさんなシチューが、ほこほこと美味しそうに湯気を立てている。
「んー、いい匂い!」
「食欲が出るな!」
「皆さんのために、ちょっと奮発しちゃいました。さ、たくさん食べてくださいね!」
「いただく」
「ありがとうございます!」
それぞれに食器を手にすると、シチューを口に運ぶ。
濃厚なミルクの風味と煮込まれた野菜の甘みが、ふわっと口の中に広がった。
鶏肉でも入っているのだろうか?
肉の脂が持つ、上質な旨味もたっぷりだ。
それらをさわやかに引き締めるハーブの香りがまた、食欲をそそる。
ついつい、手が止まらなくなってしまう逸品だ。
「おっと、そうだそうだ! ソノラさん、ちょっと話を聞きたいんだけどいいですか?」
「ええ、何ですか?」
「今日、遺跡でいろいろとありまして――」
遺跡で起きた出来事を、できるだけ丁寧に説明していく。
するとたちまち、ソノラさんの表情が真剣なものへとなっていった。
やがて彼女は、眉間にしわを寄せるとうーんと考え込み始める。
「そうですね……。ごめんなさい、私にはさっぱり」
「まあ、そうですよね」
「ただ、七色の輝石っていうのには何となく聞き覚えがありますね。何でも、願いをかなえる魔石だとか。確かあの日、ゴランボが自慢げに……」
そこまで言ったところで、急にソノラさんの言葉が止まった。
顔色がみるみる青ざめていく。
なんだなんだ、食あたりでもしたのか?
俺は慌てて彼女に近づくと、すぐさま水を差しだした。
「ありがとうございます……」
「どうしたんですか?」
「急に気分が悪くなっちゃって。昔のことを思い出そうとすると、いつもそうなんです」
「記憶がないと言っていたが……過去に、何かよほどのことでもあったのかもしれないな」
「ええ……。それを思い出せないのが、また居心地悪いんですけど」
渋い顔つきをするソノラさん。
その目には不安が色濃く浮かんでいた。
過去のことが分からない。
それはすなわち、過去の自分が何をしていたのか分からないということでもある。
もしかしたら、何か大きな犯罪でも犯しているのかもしれない。
そんなことを考えたら、きっと夜も眠れないだろう。
「……はあ。どうしてこんなことになっちゃったんだろうなあ。私が記憶をなくしたのって、ちょうど十年前なんです。だから、ゴランボ山賊団の一件に関わってるんじゃないかとかは言われてるんですけど……」
「もしかして、山賊団が殺しあうシーンを見ちゃったとか?」
「そうかもしれませんね。気が付いたら、村全体が血まみれで、私一人だけで……うっ!!」
「ああ、考えちゃだめですよ!」
再び頭を抱えたソノラさんを、慌てて抱きかかえる。
こりゃ、今日のところは切り上げてさっさと寝た方がいいな。
そう思って彼女をベッドまで連れて行こうとすると、ふと胸元のペンダントが目に入った。
そういえばこれ……変な光を出したんだよな。
というかこの形、どこかで――
「そっか! これだ、これだったんだッ!!」
「どうかした?」
「ソノラさんのペンダントですよ! これが七色の輝石だったんです!」
「ええッ!?」
驚くみんな。
まあ無理もない、俺だってびっくりしてる。
でも、考えてみればもともと怪しかったんだよな。
月の指輪と反応して光ったし、何より形があの石の窪みにぴったりだ。
輝きも美しく、七色の輝石と呼ばれるにふさわしい。
「でもこれは、私がいつの間にか持ってて……」
「きっと、山賊団が盗み出したものを十年前に偶然入手したんですよ!」
「なるほど。でもちょっと待って、その石の魔力は七色の輝石にしては弱すぎる」
「それはきっと、願い事をして使ったんですよ。ソノラさん本人に、その記憶はないみたいですけど……そう、例えば山賊団を全滅させてほしいとか!」
そう考えれば、山賊団の奇妙な全滅にも説明がつく!
遺跡の呪いにしたって、いろいろと変だったからな。
みんなは俺の説明に納得がいったのか、ふむふむとうなずく。
しかし、テスラさんだけは何やら渋い顔をしていた。
「確かにその通り。だけど、なんか違う……」
「何が違うんです?」
「分からない。でもそれだけなら、記憶をなくすようなことにはならないはず」
「それは……そうかもしれませんけど」
「ちょっと待って。もしかして……」
「どうしたんですか、シェイルさん」
「…………あくまで一つの可能性よ。あくまでね」
シェイルさんは青ざめた顔をすると、何やら重々しい声で前置きをした。
普段強気なのに、今回だけはやたら弱気な雰囲気である。
それだけ重大なことなのだろうか。
自然と、聞く態度も真剣になる。
「さっき、ソノラさんは『私一人』って言ったわよね? あれってさ、自分一人だけの光景が思い浮かんだってこと?」
「え、ええ……ほんの一瞬でしたけど」
「それ、そのままの意味なのかもしれない」
「え? どういうことですか?」
「ソノラさんは、村でたった一人だけ生き残ったのよ。そして、偶然石を手にして――なッ!?」
シェイルさんが言葉を言い終わらないうちに、強烈な魔力の波動が襲い掛かってきた。
いったい、これは何だ!?
俺たちは話もそこそこに、大慌てで窓の方へと移動する。
すると、森の奥で――
「なんだ、あの魔力は……!」
天に向かって、まがまがしい魔力が立ち上っていた――。