第三十八話 魔石
「何だこれ……」
急いで水晶に駆け寄ると、改めて中を確認する。
美しく透き通った結晶の中に、人間が封じ込められていた。
彼らは皆、瞳を閉じて穏やかな表情で眠っているようである。
生きているのだろうか?
すぐにそのことが気になったが、確かめるすべがない。
「全員、魔導師のようだな。そうか、結界を維持する魔力はこの魔導師たちが……!」
「そうみたいね。どうやら、失踪した魔導師たちはここへ引っ張り込まれてたみたいだわ!」
彼らの羽織っているマントを見ながら、シェイルさんが言う。
そのデザインは、魔法ギルドが配布しているものと全く同じだった。
失踪した魔導師とみて、まず間違いないようだ。
「グラアアッ!! コロス、コロスッ!!」
「来たッ!!」
とうとう、女王蜘蛛がここまでやってきた。
さて、結界は効いてくれるだろうか……?
それぞれに武器を手にしながら、固唾をのんで見守る。
すると蜘蛛が部屋に足を踏み入れた途端、体から瘴気のようなものが立ち上った。
「アガアアッ!! アツイ、アツイッ!!」
「効いてるぞ!!」
「魔力が浄化されてるわ!」
床の魔法陣から、次々と光の糸が伸びる。
蜘蛛の身体へと絡みついたそれらは、たちまちその動きを拘束した。
黒光りしていた身体が、次第に変化していく。
どうやらこの女王蜘蛛は、もともと銀色をしていたらしい。
黒色が抜けた個所が、まだらに白くなっている。
しかしここで、蜘蛛の抵抗が激しくなる。
「グラアアッ!!」
「クッ! この結界の力でも、浄化しきるところまでは無理なようですね! やはり倒すしかない!」
「そのようだな!」
「今なら技が通じるはずです! 最大火力で行きましょう!」
「わかった、それなら俺も……!」
周囲を見渡す。
魔法文字が刻まれた石壁は、先ほどから蜘蛛が暴れ続けているにも関わらずビクともしていなかった。
おそらくは、扉と同様に魔法的な強化が施されているのだろう。
これならば、俺が魔法を使っても崩れて生き埋めになるようなことはないだろう。
「ツバキさん、テスラさん! 攻撃のタイミングを合わせましょう! シェイルさんは、テスラさんのサポートに回ってください!」
「わかった!」
「合わせる」
「了解よ!」
すぐさま、三人の同意が返ってきた。
俺は深いうなずきを返すと、掌を突き出して構える。
高まる魔力の波動。
金色の光が集まり、やがて手のひらに炎の剣が形成される。
「……馬鹿な! 金色の炎を使える者がいたのか!?」
「え?」
俺の後ろへと避難していたイクスが、いきなり声を張り上げた。
そのただならぬ様子に、魔法の準備中だったにもかかわらず、振り返ってしまう。
すると彼は、すぐさま焦った表情で言う。
「何でもない! それより、早く奴にとどめを!」
「グラアアッ!!」
やべ、いよいよ来るぞ!!
光が引きちぎられ、蜘蛛の巨体が暴れだす。
振り落とされた爪が、耳障りな音ともに火花を散らせた。
やるなら今しかない!
「ファイアーボールッ!!」
「竜神斬ッ!!」
「ストーンバレットッ!!」
「強化付与、鉄化ッ!!」
炎に斬撃に鉄塊。
あらゆる攻撃が、三位一体となって蜘蛛に殺到する。
爆発。
轟音とともに火柱が上がり、巨体が炎に包まれた。
部屋全体が振動し、強固なはずの壁の一部がパラパラと崩れる。
やがて舞い上がっていた砂ぼこりが晴れると、そこには体に大穴の開いた蜘蛛の姿があった。
蜘蛛は緑の体液を吹き出しながら、床に崩れ落ちた。
その目に光はなく、生気が失せている。
「やったぞ!!」
「勝利!」
「よしッ!! やったわね!」
崩れ落ちた巨体を見て、大喜びする三人。
……うーん、これでよかったんだろうか?
何とはなしに、俺は引っかかるものを感じた。
俺は女王蜘蛛の死骸に近づくと、改めてその姿を観察する。
邪悪な魔力がすっかり抜けたらしいその体は、白銀に輝き神々しいほどだった。
「どうしたの?」
「いや。こいつ、ほんとに悪い魔物だったのかなーって」
「コロスと言って暴れてた。悪いに決まってる」
「まあそうですけど……。こいつ、ヤーザスの魔力に侵されてたんですよね? だったらもとは、意外と悪い魔物じゃなかったのかもって」
俺がそう言うと、テスラさんは顎に手を押し当てた。
倒れた女王蜘蛛の姿に、彼女も何か思うところはあったようだ。
だがここで、後ろからやってきたイクスが言う。
「元が良い魔物だったにしても、ああなってたら倒すしかないですよ。我々が殺されるわけにもいかないですし」
「……そうね」
「それより、あの水晶に封じ込められてる人たちを何とかしないと!」
早く早く、とばかりに急かすイクス。
俺とテスラさんはふうッと息をつくと、そのまま彼の後に続いて水晶の前へと移動した。
さて、こいつをどうしたものか……。
仮にここから供給される魔力によって封印の魔法陣が維持されているなら、取り除いてしまうのもまずい。
かといって、まだ生きてるかもしれない魔導師たちをこの状態で放置しておくこともな。
「困ったな……。何か代わりに魔力を発生させるものがあればいいんですけど」
「魔石でもあればいいのだがな」
「それなら、俺が持ってます!」
「ほんと?」
「ええ! さすがに、七色の輝石ほどいいものではないですけど……定期的に交換すれば、行けると思います!」
そう言うと、イクスさんは懐から赤い魔石を取り出した。
言うだけのことはあって、なかなかに強い魔力を感じられる。
しかし、どことなく怪しい感じだ。
果たして大丈夫なんだろうか?
そう思っていると、シェイルさんがイクスの手にある魔石を見て言う。
「なかなかいいもの持ってるじゃない! 貸して。魔法陣に接続するわ」
「どうぞ」
「ありがと。えーっと、ここの導線を差し替えて……」
魔石を手に、あれこれと作業を進めるシェイルさん。
数分後。
一通り作業を終えた彼女は、ほっと息をついて額の汗をぬぐう。
「出来たわ! これで、水晶を外しても大丈夫なはずよ!」
「よし、じゃあ抜くぞ!」
「ええ!」
水晶に手をかけるツバキさん。
巨大な六角柱の結晶が、見る見るうちに持ち上がった。
身体強化を全力でかけているのだろうが、女性の細腕で持ち上げてしまうとは。
見ていて違和感のある光景に、思わず口が半開きになる。
「早く手伝ってくれ! まだ三本もあるぞ!」
「はい、わかりました!」
ツバキさんを手伝い、水晶を運ぶ俺たち。
こうして荷物を運び出して遺跡を出るころには、あたりはすっかり暗くなっていた。
「すっかりいい時間になっちゃいましたね」
「ええ。早く村に戻る」
「でも良かったんじゃない? たぶんこれで、事件はほぼ解決したんじゃないかしら?」
笑顔で言うシェイルさん。
行方不明の魔導師も救出したし、原因らしき遺跡も発見した。
確かに、事件の九割ぐらいは解決したといってもいいかもしれない。
「でも、村の人がどこへ行ったのかが分からないですよ。魔導師はいましたけど」
「そうだな」
「きっと、この遺跡の周辺じゃないかしら。イクス、あんた何か――あら?」
シェイルさんがイクスに声かけしようとすると、彼の姿が見えなかった。
あれ、おかしいな?
ついさっきまでは一緒にいたのに。
「居なくなってるわね。結局、何者だったのかしら?」
「分からない」
「まあいい。さすがに疲れた、早く戻ろう。奴のことは後でいいじゃないか」
「了解。水晶はゴーレムで運ぶ」
「よし! それじゃついでに、私たちもゴーレムで移動しましょ。その方が早いでしょ」
「……魔力を使いたくないけど、仕方ない」
渋々ながらも、全員が乗れるほどのゴーレムを作り上げるテスラさん。
こうして俺たちは、ゴーレムの背中に乗ってエルマ村へと帰るのだった――。