第三十五話 森の奥に潜むもの
「魔導師さんが、うちの村を狙っている可能性がある……と?」
「ええ」
「うーん……」
翌朝。
朝食をとりながらソノラさんに話を聞いてみると、彼女はすぐに言葉を詰まらせてしまった。
やはり、村を襲う魔導師などに特に心当たりはないらしい。
「この村が、誰かに狙われているということはないのか? 魔導師でなくても構わない」
「そうですね……。エルマ村は、昔っから平和な村なんです。狙われるようなことなんて、何も」
「……狙われるだけの宝を持っているなんてこともない?」
目つきを鋭くすると、思い切って核心を突くテスラさん。
彼女の問いかけに、ソノラさんだけでなくシェイルさんたちまでもが驚いた顔をした。
「テスラ、どういうことよ?」
「山賊団の宝を、この村の人たちは着服した疑いがある。小さな村が高額の依頼料や魔石を用意できたのも、山賊団の宝があったからだと考えれば筋が通る」
「……なるほどな。言われてみれば、その可能性はある」
「そ、そんなの知りませんよ! 聞いたことないです!」
ぶんぶんと首を横に振るソノラさん。
その様子は小動物のようで可愛らしいが、結構必死である。
ほのかに青ざめた顔が、怪しさの証明のように見えた。
「素直になったほうがいい」
「もし村人が宝を持っていたとしても、別に私たちは怒ったりしないからな。正直に話してくれ」
「……確かに、十年前に私たちは山賊の宝の一部を手に入れました。でも、ほんとに一部なんです。皆さんが想像されるような莫大なお宝は、そのほとんどが現在も行方不明でして」
「山賊たちが、あらかじめお宝を隠していたってこと?」
「はい。うちの村でも、何度か探したんですが見つからなくて。だから、本当に宝なんてないんです」
切々と語るソノラさん。
その目つきは真剣そのもので、少なくとも嘘は言っていないように見えた。
「なるほど……。だとすると、私たちへの依頼料はどこから?」
「いざという時のために、みんなでお金を積み立てていたんです。そこから払いました。報酬の魔石は、村長さん家の家宝です。村長さんの家は昔、冒険者をしていたそうで」
なんともはや、涙ぐましい話である。
疑っていたのが、少しばかり申し訳なくなる。
「へえ……。そりゃ疑っちゃって悪かったわね。でもそうなると、どうしてこの村が狙われてるのかしら?」
「……やっぱり、あれは山賊の亡霊だったのかもしれんな」
「それはない、あいつらはただの魔法生物」
「しかしな……」
意見が割れ始めるテスラさんとツバキさん。
俺は慌てて、二人の間に割って入る。
「まあまあ、ここで揉めても始まりませんよ! とにかく調査をしましょう! 魔法生物をあれだけ送り込んできたんです、村の近くにきっと痕跡が残っていると思いますよ」
「……そうね。言い合ってても始まらないわ」
「そういうことなら、ぜひ調べてみてほしいところがあります!」
「どこかしら?」
「この村から北に向かった、森の深部です。主が住み着いてしまって、私たちでは近づけないんですが……小さな遺跡がありまして」
それはまた、いかにもな場所だ。
悪党が隠れ家にするには、うってつけである。
むしろ、どうしてその存在を今まで言ってくれなかったのか。
「そんな場所があるなら、今すぐ行きましょう」
「ちょ、ちょっと待ってください! しっかりと準備したほうがいいと思いますよ! 主と遭遇したら大変ですから」
「主? 何の魔物だ?」
「巨大なクモです。女王蜘蛛とみんな呼んでいます――」
――○●○――
「ふう。結構きついわね!」
「道がない」
「私が道を切り開いてるから、これでもまだ楽なんだぞ……っと!」
そう言いながら、ツバキさんが刀を振るう。
たちまち下草が切り払われ、進路が切り開かれた。
俺たち四人は、彼女を先頭に道なき道を少しずつ歩いていく。
「そろそろ、着くはずなんですけどね」
「見落とさないように注意」
「さすがにそれはないんじゃない? いくら小さいって言っても遺跡よ?」
「この様子だと、入り口は木に埋もれているかもしれない」
「そうね……何なのかしらね、これ。明らかに異常だわ」
村の北、森の深部へ近づくにつれて風景は異様なものとなっていた。
地面から無秩序に生えた木々が、ねじれながら天を衝く。
その様子は、さながら地の底から湧いた亡者たちが天を掴もうとしているかのようだ。
さらに大地のほとんどは木の根に覆われ、その隙間に黒々としたツタやら雑草やらが溢れかえっている。
植物の成長を、無理やりゆがんだ方向に加速させたらこのような感じになるだろうか。
まるで異世界のような、気味の悪い空間だ。
「む、あの木……」
鬱蒼と生い茂る木々の中でも、ひと際存在感のある大木。
その塔のように太い幹の根元に、石組で出来た入り口があった。
かなり古い時代の建物のようで、石の角がすっかり取れて苔むしている。
どうやらこれが、遺跡の入り口のようだ。
「何かの足跡」
「ほんとね。やっぱり、ここに何かいるのかしら?」
地下へと続く長い通路。
そこに長年かけて降り積もった埃に、ところどころ足跡が残っていた。
大きさと間隔からして、おそらくは人間のものだろう。
ここに誰かが潜んでいる確率が、一気に高まる。
「ちょっと待ってて。明かりを用意するわ」
シェイルさんは落ちていた木の棒を拾うと、その先端に魔法文字を刻んだ。
たちまち、ただの木の棒が松明よろしく輝き始める。
相変わらず、便利な魔法だ。
「行く」
「ああ。みんな、足元に気を付けるんだぞ」
「言われなくても」
闇の底に向かって、一歩一歩、石段を下りる。
次第に空気が冷えてきて、さながら水の中に潜っているようだった。
どことなく、息苦しい雰囲気である。
「……ここは!」
「広い!」
「神殿か何かか?」
やがて通路を抜けると、視界が一気に開けた。
天井の高い、巨大な円形の空間が姿を現す。
その中央には、地上から伸びてきた木の根に埋まるようにして、巨大な紫水晶がそびえていた。
それを囲むようにして、おぼろに輝く魔法陣が地面に刻まれている。
その緻密さは半端なものではなく、複雑に絡み合った文字で目が痛くなるほどだ。
「水晶の中に、何かを封じてるのかしら? 中が見えないわね」
「何でしょうかね? まさか、また悪魔とか?」
「石碑がある」
水晶の前で唸っていると、裏に回ったテスラさんがこちらを覗いて手招きをした。
慌てて彼女の方へと移動すると、そこには小さな石柱が立っていた。
きれいな八角形をしていて、上部には古代文字らしきものが刻まれている。
さらに、何かを埋め込むための小さな窪みがあった。
「シェイル、読めるか?」
「ええ、ちょっと待って。これは……」
メモ帳を片手に、解読作業を始めるシェイルさん。
しかし、見たことがない種類の文字なのか、うんうんと唸るばかりで作業が進まない。
そして――
「あー、お手上げ! ほとんどわからないわ!!」
「一部は分かったの?」
「光と闇がどうたらこうたらとは、読み解けたわ。ただ、散文的な言い回しが多くてこれ以上は」
「光と闇ですか。闇っていうと、あの水晶とかなりそれっぽいですね。でも、光なんて……」
「七色の輝石」
「え?」
どこからか声が聞こえた。
俺たち四人は互いに顔を見合わせると、すぐさま武器を構える。
緊迫。
嫌な汗が額を流れる。
そして――闇の奥から、ぬうっと人影が現れる。
「七色の輝石。それが、あの水晶と対になる光です。もっとも、今は盗まれてどこかへ行ってしまったようですけど」
何事かつぶやきながら現れた人間。
驚いたことに、彼はまだ年端もいかない少年の姿をしていた――。
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