第三十三話 村人たちの秘密?
「これは……」
村長の異様な風体に、俺たち四人は言葉を失った。
枯れ木のようなやせ細った身体を、日に焼けた包帯でグルグルに巻いている。
その様子は痛々しく、ともすれば墓場から蘇ってきた死体のようにすら見えた。
……何か、ひどい病でも患っているのだろうか?
失礼なのは重々承知だが、あまりの様子に顔をしかめてしまう。
「驚かれたかな? 申し訳ない、五年ほど前からこのような格好をしている」
「……病気?」
「違う。これこそが……我が村の呪いだ」
村長は袖をまくると、腕に巻いている包帯を乱雑に剥がした。
たちまち、白い腕が姿を現す。
いや、これは……骨だ。
腕は肉を失い、すっかり骨だけとなってしまっていたのだ。
「どうして、こんなことに……!」
「亡霊どもの仕業じゃ。わしらにこの症状が出始めた頃から、近くの森に白い人影が現れるようになってな。そやつらが言うのじゃ、返せ返せとな」
「返せ? 一体何のことかしら……」
「分からぬ。だがそれに合わせて、村人の一部が姿を消すようになってしもうての。放置は出来ぬと言う訳で、魔法ギルドに依頼を出したのだが……」
言葉を詰まらせる村長。
魔導師である俺たちを前にしては、少し言いづらいのだろう。
視線が自然と下を向く。
「やってきた魔導師たちも、次々と姿をくらませた。行方は今でもわからぬ」
「当てもないの?」
「恐らくは、森の亡霊どもにさらわれたのじゃろう。分かるのはそれぐらいだ」
「……そう」
静かにうなずくテスラさん。
周囲の空気が、にわかに重くなる。
俺たちが予想していたよりも、状況はかなり深刻そうだ。
ラッカスの人々が極力関わることを避けようとしていたのも、この惨状を知っていたからだろう。
「他の人たちも、こんなことに?」
「ああ。兆候が全くないのは、ソノラぐらいじゃ。おかげで、村の外との取引はほとんどすべて任せてしまっておる」
「それで……たった一人でラッカスまで」
皆の視線が、ソノラさんへと向けられる。
すると彼女は、まだ幼さの残る顔には似つかわしくないほどの凛々しい表情を見せた。
瞳に、決意の籠った鮮烈な光が宿る。
「村のみんなのためですから! 私、いくらでも頑張ります!」
「うむ、そう言ってくれるとありがたい」
「……それで、我々の方は何をすればいいのだ? 亡霊を退治すればいいのか?」
「わしらの呪いを解き、失踪した村人たちを発見してほしい。そのためには……必然的に、亡霊と戦うことになるであろうな」
重々しい口調で言う村長。
予想されたこととはいえ、亡霊を相手に戦えとはこれまたなかなかの無理難題だな……。
一応実体があって、殴れば何とかなる死霊系モンスターとはわけが違う。
いくら魔導師とは言っても、亡霊退治なんて可能なんだろうか?
俺たちの顔が、自然と不安に染まる。
「まあ、今日のところはもう遅い。仕事は明日からにして、休まれるが良かろう」
「そういうことなら、皆様、うちにぜひ来てください!」
「分かったわ。行かせてもらうわね」
「はい!」
こうしてひとまず、俺たち四人はソノラさんの家へと向かうのだった――。
――○●○――
「ごめんなさい。寝室のことをすっかり忘れてて……!」
申し訳なさそうに、頭を下げるソノラさん。
今夜は彼女の家に泊まることになっていたのだが、肝心の寝室が一つしかなかったのだ。
ベッドはテスラさんの魔法で確保するとしても――
「……俺が一緒は、ちょっとまずいですよね」
「別に良い」
「私も構わんぞ」
「他に場所もないし、一緒に寝たら?」
「いやいや、それは!」
いくら何でも、流石にそれはヤバいだろ!
斜め上を往くテスラさんたちの返答に、声がひっくり返りそうになる。
俺だって男だっていうのに、一体何を考えたらこんなに無防備な発想になるのか。
そりゃ、襲ったりはしないけどさ!
少しは考えてほしいと言うか、何と言うか……。
「ラースはそんなことしない」
「そんな言い切られても」
「私はむしろ、ラースが多少行動を起こしたとしてもかまわないって思ってるけど」
「えっ!?」
「ふふ、半分冗談よ」
「なんだ……って半分?」
慌てて俺が真意を確認しようとすると、シェイルさんは既にベッドに潜り込んでしまっていた。
なんとまあ、動きの速いことで。
タイミングを失ってしまった俺は、そのままふうっとため息をつく。
「ま、私たちは仲間だ。もしラースが望むのであれば、私もやぶさかではない」
「え、ツバキさんまで!? からかわないでくださいって」
「割と本気だぞ? ま、ラースにその気がないなら良いんだが。今日のところは早めに休んで、明日に備えよう」
「ふふ、おやすみなさい」
そそくさと、就寝準備を始めるツバキさんとテスラさん。
魔法でベッドさえも用意してしまった彼女たちは、そのまま床に着いてしまった。
ええい、こうなったら仕方ない!
微かに漂う女の子の匂い――恐らく、石鹸由来だろう――にドキドキしつつも、俺もすぐに空いていたベッドに潜り込む。
「キュウキュウ!」
「静かにしてくれ、な?」
何となく落ち着かなくて、ひよこをぎゅっと抱きしめてしまう。
それが苦しかったのだろう、大人しかったひよこがキュウキュウと鳴き出した。
すると、隣で寝ていたテスラさんがもぞもぞと動く。
「うるさい」
「ああ、ごめんなさい! すぐに静かにさせますから」
「無理しなくていい、少し目が覚めた」
「すいません」
俺が謝ると、テスラさんは柔らかに笑った。
やがて彼女は、こちらを見ながらゆっくりと語り出す。
「今回の依頼、どう思う?」
「どう思うって……何か大変そうだなと」
「私は、変だと思った。状況からして、普通はSランク依頼の掲載料を払えるはずがない」
「あー、そう言えばそんな話もしてましたね」
魔法ギルドのSランク依頼ともなれば、報酬だけでなくギルドへの手数料なども莫大なものとなる。
果たしてそれが、小さな村に払えるのかどうか。
ましてこの村は今、呪いに苦しめられている状況だ。
日々の食い扶持にすら苦労して居そうな雰囲気なのに、それが払えるとは到底思えない。
「国から借り入れるとか、するんじゃないですか?」
「それも出来なくはない。でも、利子が法外。追い詰められても普通はやらない」
「じゃあ、もともと村に貯金があったとか」
「それも無くはない。けど、状況的に……山賊団の宝を村人が奪ったと考えれば納得がいく」
「え?」
「十年前、山賊団は自滅したんじゃなくて村人たちによって何らかの手段で倒された。山賊団を壊滅させた村人は、その財宝を奪ってこっそり自分たちのものにした。その結果、山賊団の亡霊によって呪われてしまった。そう考えればすっきりする。掲載料も、山賊の財宝があれば払える。報酬の魔石だって、ここから出ているかも」
テスラさんの説明に、ふむふむと頷く。
なるほど、そう考えればすべての事態に上手く説明がつくな。
亡霊たちが「返せ返せ」と言っていたというのも、宝を返せと言っていると考えれば筋が通る。
でもやはり、いくつか疑問点は残る。
「でも、村人たちの動機が分かりませんよ。別に、隠さず素直に報告すればいいんじゃないですか?」
「素直に報告したら、国にかなり持っていかれる」
「税金逃れですか? その結果呪われたんだとしたら、何だか凄く自業自得なような……」
「あくまで可能性。それに、それだけじゃない気も――ん?」
「声?」
微かにだが、窓の外から人の声のようなものが聞こえ始めた。
次第に大きくなってくるそれに、俺はベッドから起き上がる。
そして窓に近づいていくと――
「ぼ、亡霊ッ!?」
俺たちの居る村に向かって、無数の白い人影が迫りつつあった――!




