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第三十一話 Bランク対Cランク

「ったく、どうして貸してくんないのかしらね!?」


 鼻息も荒く、憤慨するシェイルさん。

 彼女はドスドスと乱暴な足音を立てながら、石畳の通りを進んでいく。

 結局、あの商店から馬車を借りることはできなかった。

 シェイルさんの話によると、最初は店の主人もSランクの魔導師ということで快く貸してくれると言ったそうだが、エルマ村の名前を出した途端に態度を変えたらしい。

 前に何かあったのか、街の人々は村のことを相当に恐れているようだった。

 あれからさらに何軒か回ったものの、エルマ村と言った途端に避けられてしまっている。


「予想以上に、エルマ村の評判は悪いみたいですね……。どうします、たぶんこのままあちこち巡ってもらちが明かないですよ」

「仕方ないわ、買いましょ」

「え!? 買っちゃうんですかッ!?」


 物凄く力技な解決方法に、声が上擦る。

 そりゃ、シェイルさんの財力なら可能だろうけどさ。

 普通はそこまでするか……?


「もうそれだったら、徒歩でいいと思いますけど」

「ダメ! 村まで歩きだと四日はかかるわ。そんなに歩いて居られないわよ!」

「でも、馬車って買うと軽く二百万ルーツはしますよ? もったいなくないですか?」

「別に、それぐらい構わないんじゃない? 必要経費よ」


 さらりと言ってのけるシェイルさん。

 ……やっぱり、根本的に金銭感覚が違うなぁ。

 これが、一回の依頼で数億ルーツ稼ぐ魔導師か。

 憧れるというべきか、変というべきか。


「けど、御者はどうするんです? 俺たちの中で誰か、馬術出来ましたっけ?」

「あッ……!」

「この調子だと、街の人たちは雇えませんよ」

「そうね……」


 腕組みをすると、何やら考え込み始めるシェイルさん。

 やがて彼女の足が、はたと止まる。

 どうしていいのか、妙案が思いつかないようだった。


「やっぱり、ここは待ち合わせ場所に――」

「コラア! 何してんだてめえ!!」


 いきなり、街の喧騒を破って怒号が聞こえて来た。

 その声の大きさに、ビックリして肩が震える。

 ついでにザックに入っていたひよこも、大声に驚いて「キュイ!?」と鳴いた。

 真昼間から、喧嘩か何かだろうか?

 急いで声がした方に振り向くと、いかにもと言った大柄の男が尻餅をついた少女を睨みつけていた。


「このクソガキ、ぶつかりやがって! こら、ちゃんと謝れや!」

「ご、ごめんなさい……!」

「声がちいせえなあ!」


 男は少女の胸ぐらをつかむと、その身体を乱暴に持ち上げた。

 まだ十代前半ぐらいに見える子を相手に、ずいぶんと酷いことしてるな……。

 俺がおいおいと思いながら様子を見ていると、男の眼の色がにわかに変わる。


「ん? ずいぶんと良いモノをもってるじゃねえか!」


 少女の胸元から、男はペンダントのようなものを引っ張り出した。

 半月型をしたそれは、何か大きな宝石で出来ているようで陽光を美しく反射している。

 その七色のスペクトルは蠱惑的で、見ていて吸い込まれるかのようであった。

 透明感も素晴らしく、素人目にも高価な品であることが分かる。

 大きさからして何千万――いや、何億ルーツもしそうな代物だ。


「こりゃあいい。慰謝料の代わりに頂いてくぜ!」

「ダメ、それだけは絶対にダメ!」

「んだよ、離せよ!」

「やめろ!」


 見ていられなくなった俺は、男と少女の間にすぐさま割って入った。

 男の身体を掌打で払いのけ、少女の前に出る。

 突き飛ばされてよろめいた男は、忌々しげにこちらを睨みつけて来た。


「てめえ、何者だ? その女の連れか?」

「ただの通りがかりだよ」

「キュイキュイ!」

「なんだ、変なひよこ背負いやがって。俺のこと舐めてんのか?」


 ザックから顔を出したひよこに、露骨に顔を歪める男。

 ……そりゃ、こんなひよこ背負ってるやつなんて普通は居ないわな。

 男の指摘に同意しつつも、改めてその行動を止めるべく立ちふさがる。


「舐めちゃいないさ。けど、こんな女の子相手にやりすぎじゃないか。慰謝料ぼりすぎだろ」

「てめえ、俺が誰だか知ってんのか?」

「あいにく、知らないな」

「だったら教えてやる。俺はBランク戦士のフォズだ! 怪我したくなけりゃどきな」


 こちらに向かって、やや前のめりになりながら凄んでくるフォズ。

 えっと、魔法ギルドと冒険者ギルドだと三ランクほど格差があるから……Eランクってことか。

 冒険者だった頃はビビってたんだろうけど、今となっては大したことないかも知れないな。

 筋骨隆々とした身体が、ただのこけおどしに見えてしまう。


「……黙りやがって。ビビって声も出ないか?」

「いや……俺も出世したなって。Bランクがちょっと弱く見えてさ」

「よっぽど、ブッ飛ばされてえみたいだな!」


 一般人を相手に、武器を抜かない程度の常識はあったのだろう。

 フォズは顔を真っ赤にしながら、思い切り拳を振りかぶった。

 ――遅いな。

 前は目にもとまらぬ速さで戦っているように見えた、高ランク冒険者。

 しかし、全身に身体強化を掛けた状態だと、その動きはひどくのろまに見えた。

 やっぱり魔導師はずるい、こんなの普通で勝てるわけない。

 俺はフォズに少し同情的になりながらも、がら空きになっている腹に肘を入れる。


「ぐがっ!? 嘘だろ……!?」


 痛みのあまり、腹を抑えて悶えるフォズ。

 彼は後ずさりをしながら、大きく見開いた眼で俺を見据える。


「てめえ……いや、あんたはまさか、Sランクか!?」

「違うよ、ただのCランク。魔法ギルドのだけど」

「魔法ギルド……! 噂には聞いていたが、マジかよ……!」

「まあ、ラースは相当特殊なケースだけどね」


 通りの向こうで、苦笑いをするシェイルさん。

 こっちからしたら、正真正銘Sランクのあなたがそれを言いますかって感じなんだけどな。

 付与魔法とか、物凄く便利で強力だし。


「ち、覚えてやがれよ! いつか痛い目見せてやる!!」


 いかにも三下なセリフを吐くと、フォズはそのまま走り去っていった。

 やがて少女が、俺に向かってぺこりと頭を下げる。


「ありがとうございました、おかげで助かりました!」

「別に、当たり前のことしただけだよ」

「いえいえ! あんな強そうな人に立ち向かうなんて、なかなかできませんよ! 凄いです!」

「まあ、こう見えても魔導師だから」

「このラースはね、山みたいな超巨大悪魔を倒したこともあるのよ」


 得意げに語るシェイルさん。

 彼女の様子につられて、少女の目が輝く。

 あの時は、みんなに助けられて魔法をぶっ放しただけだから大したことしてないんだけどなぁ……。

 照れくさくなって、頬が赤くなる。


「おお、凄い魔導師さんなんですね!」

「まあ……それなりには」

「もしかして、エルマ村の依頼をこなしに来たんですか?」

「あら、知ってるの?」

「はい! 私の村ですので!」


 これまた、思わぬ出会いである。

 呪われた村なんて言われてるから、もっと生気のない人々が住んでいると思っていたのに。

 見たところ、この少女は元気の塊のようである。


「そうなんだ! 俺の名前はラース、Cランクの魔導師だよ」

「私はシェイル、これでもSランクよ。ま、そっちのCランクには負けてるけど」

「わわ、お二人とも実績ある方だったんですね! うちの村のために来てくださって、ありがとうございます!」

「こちらこそ、よろしく頼むわね!」

「はい、よろしくお願いします! 私、ソノラって言います!」


 早速、シェイルさんはソノラさんと握手をした。

 それに続いて、俺もすぐさま手を差し出す。

 すると、俺とソノラさんの手が触れ合った瞬間――


「わッ!?」

「えッ!?」


 はめていた月の指輪が、いきなり青い輝きを帯びた。

 それと同時に、ソノラさんのペンダントもまた輝き始める。

 ふわふわと宙に浮かび上がったそれは、指輪と共鳴するように光を強めた。

 ――いったい、これはどういうことなのだろうか?

 あまりに突然のことに、身体が震えた。


「これは……そのペンダント、どこで手に入れたんですか!?」

「えッ? これは……分からないんです」

「分からない? それ、物凄く貴重なものだと思うんだけど……?」


 腕組みをしながら、シェイルさんは首をひねる。

 俺の持っている月の指輪は、初代賢者の遺産とされる品だ。

 それが共鳴したと言うことは、いまソノラさんが付けているペンダントもまた、初代賢者にまつわる品である可能性が高い。

 当然ながら貴重な品のはずで、その出所がはっきりしないなんてちょっと考えにくい。


「それが……気が付いたら持ってたんです」

「気が付いたらって、そこらに落ちてるようなものじゃないわよ?」

「……その、私、記憶が一部欠けちゃってて。本当に、いつの間にか持っていたんです。ただ、大切なものだってことだけは分かって……」


 言葉が途切れるソノラさん。

 その眼は虚ろで、先ほどまでとは雰囲気がまるで違っている。

 弱々しく振るえるその手は、ひどく白くて血行が悪そうに見えた。

 これは村の呪いにまつわる何か……だろうか?

 よくよく、深い事情がありそうだ。

 今回の依頼、やっぱり一筋縄ではすみそうにないな。


「……まあ、とりあえずこれぐらいにして。ソノラさん、もし良かったら俺たちを村に連れてってくれませんか? 実は、馬車が確保できなくって」

「……ああ、はい! だったら、私が馬車で皆さんを送りますよ!」

「やった! そうと決まれば、ソノラちゃんをみんなにも紹介しなきゃ」


 そう言うと、グーッと伸びをして歩き出すシェイルさん。

 その後を、俺とソノラさんは二人で追いかけるのだった――。

  

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