第三十話 呪われし村
「おお、ここが森の街ラッカスか!」
「キュイキュイ!」
地平線の彼方、黒々とした森のほとりに城壁に囲まれた街が見えてくる。
石灰岩でも使っているのか、家々の壁は白く美しい。
依頼を受理し、アクレの街を旅立って早くも二日。
俺たち四人と一匹は、乗合馬車の終着駅であるラッカスの街までやって来た。
ここから先の移動は、自分たちで馬車を借りるか徒歩が基本である。
俺たちの場合、旅費に余裕はあるのであの街で馬車を借りる手はずだ。
「なかなか栄えた街じゃないか」
「ツバキは初めて?」
「ああ。私の場合、このあたりに来てからまだ日が浅いからな」
そう言うと、ツバキさんはどこか遠い目で馬車の外を見た。
森のほとりに佇む白く美しい街並みが、黒い瞳に映る。
言われてみれば『ツバキ』なんてこの国の名前じゃないよなぁ。
着ている服も東方風だし、やはり遠いところから来たのだろうか。
「ツバキさんって、やっぱり異国の出身なんですか?」
「ああ、東方の島国出身だ。国を出たのは六年前、ここに着いたのは四年ほど前だな」
「六年前って言うと……」
見た感じ、ツバキさんはまだ二十歳かそこらのはずだ。
六年前と言うと、まだ十代前半で旅に出たということだろうか。
そんな歳で東方からここまで来るとは、大したものである。
「やっぱり、Sランクにまでなる人は昔から凄いんだなぁ」
「なに、実家と折り合いが悪かっただけだ。私の家は田舎で小さな道場を開いていたのだが、それを継ぎたくなくてな」
「田舎を飛び出したって訳ですか。あー、でもその気持ちわかります! 俺もそんな感じだったんですよね」
「ラースも、アクレの出身ではないのか?」
「いえ。あの街から少し離れた村の出身ですよ。これがまた、何にもないど田舎で。いつか都会に出て、冒険者になるんだって思ってましたね」
昔のことを思い出しながら、ふうっと息をつく。
思い返せば、子どもの頃は「立派な冒険者になるんだ!」って木刀を振り回してばっかりだった。
あの頃、もし剣術ではなくて魔法に興味が向いていたら俺の人生は違ってたんだろうなぁ……。
まあ、魔導師なんて本当に限られた存在だから、存在すらほとんど知らなかったけども。
「今日はあの街で宿泊。明日の朝、馬車を借りて出発」
「早いうちに馬車の手配をしないといけないわね。おじさん、知り合いに良い業者いない?」
御者台に身を乗り出したシェイルさんが、尋ねる。
すると御者は、麦わら帽子に手をやりながら首をひねった。
「そうだねえ。心当たりはいくつかあるけど、あんたたちどこへ行くつもりだい?」
「エルマ村だ」
「エルマ村? もしかして……あの?」
御者の顔色が、にわかに悪くなった。
手綱を握る手が、微かにだけど震える。
何だ、エルマ村って一般の人でも知ってるほどヤバい土地なのか……?
少しばかりビビった俺は、ひよこを抱く力を強める。
「あのも何も、私たちはエルマ村って村を一つしか知らないわよ」
「そうかい。だったら悪いことは言わねえ、やめときな。あの村は普通じゃねえよ」
「と言うと?」
「……亡霊が出るって噂なんだよ。アンタたち、ゴランボ山賊団って知ってるか?」
即座に顔を見合わせる俺たち。
ゴランボ山賊団……聞いたことのない名前だ。
結構、有名なのだろうか?
「うーん、知らないわね」
「昔は有名だったんだがねえ、今の若いもんは知らないのか。ゴランボと言えば、十年ほど前にこのあたりを荒らしまくっていた大山賊さ。最盛期には、ちょっとした軍隊並の勢力を誇っていてな。国やギルドもおいそれとは手が出せないほどだった」
「へえ、ろくでもないやつらが居たもんね」
「だが悪事は長く続かねえ。ある日、山賊団は手に入れた宝の分配を巡って内部分裂を起こしてな。千人近い団員が、身内同士で殺し合って全滅よ。それもたった一晩のうちに」
「うわぁ……そりゃえぐい話だわ」
身体を引きながら、口元を抑えるシェイルさん。
一晩で敵も味方も全滅するほどの抗争なんて、狂気の沙汰としか言いようがない。
それも、元は身内だったというのに。
話を聞いただけで、寒気がするほどだ。
「その事件が起きたのが、山賊どもがエルマの村を占領して居た時でな。おかげで村は無事に解放されたんだが……以来、死んだ山賊たちの亡霊が出るってもっぱらの噂よ」
「気味の悪い話ね……」
「一説には、山賊団が手に入れた宝に古代の怨念が宿っていたとか言われてる。ま、いずれにしても恐ろしい話さ」
御者が話を締めくくったところで、城門へと差し掛かった。
俺たちはそこで馬車を下りると、徒歩で町の中へと入っていく。
森の街ラッカス。
人口三万を超えるそれなりに大きな都市である。
豊かな森から産出される薬草や毛皮が売りの街で、それを目当てに訪れる者も多かった。
「凄い熱気ですね!」
「これだと、手分けした方がいいかもしれないわ」
通りを行きかう人の多さに、圧倒される俺。
露店がそこかしこに建ち並び、商人たちが威勢のいい声を上げている。
この調子だと、四人で並んで歩くよりは分散した方が良さそうだな。
ひよこもちょっとばかり窮屈そうだ。
やがて目印になりそうな広場に差し掛かったところで、俺たちは互いに顔を見合わせる。
「私は宿を見る」
「ならば、私は保存食を見てくるとするか」
「じゃ、私はラースと馬車捜しね!」
「了解です!」
「キューイ!」
その場の勢いで、四人と一匹の役割分担が決まった。
シェイルさんと一緒になった俺は、彼女と共に通りを南に向かって歩き出す。
「馬車を持ってるのは商人が多いわ。適当に商会を回りましょ」
「分かりました。それなら、まずはあそことか行ってみます?」
そう言うと、俺は通りを挟んで向かい側に位置する小ぢんまりとした商店を指さした。
するとシェイルさんは、ダメダメとばかりに首を横に振る。
「あんなところじゃしょぼい馬車しか持ってないわよ。もっと大きな店に行かなきゃ」
「そうですか? 大きな店ってそうそう人にモノを貸してはくれないと思いますけど」
「そういう時こそ、魔導師の信用が物を言うのよ。ま、任せときなさいって」
ドーンと胸を張ると、そのまま歩き続けるシェイルさん。
やがて彼女は、通り沿いにあった大きな商店の前で立ち止まる。
何だか、凄く立派な店構えだけど……こんなところで大丈夫か?
「ここが良いわ」
「え? でも……」
「ラースはここで待ってて。チャチャッと終わらせて来るから」
そう言うと、シェイルさんはそのままスタスタと店の中へと入って行った。
こんな大きな商店がおいそれと馬車を貸してくれるものかなあ……?
俺は不安に思いながらも、やけに自信ありげなシェイルさんを見送ったのだった――。
三十話に到達しました!
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