第二十九話 曰くの依頼
「……驚いたわね!」
ひよこを見ながら、シェイルさんが引きつった表情で言う。
おいおい、今のは何だ……?
俺は胸元に抱えたひよを、唖然とした顔で見下ろした。
よく見れば、くちばしから微かに煙が上がっている。
そしてその視線の先の壁には――巨大な穴が開いていた。
分厚い石の壁に、頑張れば人が通り抜けられなほどの丸い穴が形成されている。
状況から考えて、さっきひよこが吐いたビームが原因としか思えないけど……マジかよ。
「お前のせいか?」
「キュイ、キューイ!」
「やったって言ってる」
「え、テスラさん分かるんですか?」
「何となく」
そう言うと、テスラさんは微笑みながらひよこの頭を撫でた。
ひよこの眼が自然と細くなり、満足げに喉を鳴らす。
その通り、とでも言いたげな雰囲気だ。
「こいつは、とんでもない魔獣のヒナかもしれんぞ」
「鳥だから……不死鳥とかかしら?」
「ありえなくはないな……」
「えっ!?」
出てきた名前に、思わず変な声が出る。
不死鳥と言ったら、大陸の南方のララト山に住まう神聖な鳥だ。
この世の始まりから生きているとされ、その力は神にも届くと言われる。
魔物の王と呼ばれるドラゴンよりも、さらに数段格上の存在だ。
「いくらなんでもそれは」
「でも、ラースが産み出したんだろう? その時点でな」
「只者じゃない」
「予想を二段階ぐらい飛び越えるからねえ」
皆の視線が俺に集まる。
……どんだけ警戒されてるんだ、俺。
その意味で行くと、みんなの方がよっぽど規格外だと思うんだけどなぁ。
Sランクの魔導師と言う時点で、凄いという感想しかない。
「まあ、それはさておいて。こいつ、どうしましょうかね。食事のたびにビーム撃たれたら流石に……」
「魔力を上げ過ぎたのが原因。抑えれば大丈夫」
「あー、そうですね……。すいません、調子に乗り過ぎました」
ごめんなーと、ひよこの顎のあたりをさすってやる。
たちまち、つぶらな眼元が緩んだ。
よーしよし、このあたりが気持ちいいのか。
人差し指でさらに何度か撫でてやる。
「普通、この手の魔獣は魔力が逆流しないものなんだがな。まだ赤ん坊だから、調整が上手く無いのか」
「もしかすると、魔石がないのかもしれないわね」
「魔石って、魔力を蓄えるあの?」
「そうよ。魔力をエサにするタイプの魔獣は、体内の魔力を調整するために魔石を持ってることが多いの。でも、このひよこの場合はまだそれがないのかもね」
なるほどな。
でも魔石って、形成されるのに結構な年月がかかると聞いたことがある。
ビームを吐き出すリスクがある状態で、何年も放置したくはないな……。
「それなら、魔石を食べさせればいい。体内で定着する」
「おお! でも魔石って、結構貴重じゃありませんでした?」
「市場で買うとかはまあ、難しいでしょうねえ。持ってる魔導師の伝手とかあればいいんだけど……」
言葉を濁しながら、シェイルさんはツバキさんとテスラさんの顔を順繰りに見た。
すると二人は、揃ってバツが悪そうな顔をする。
「あいにく、私にはないな」
「私も」
「ダメじゃないのよ!」
「ただ、方法がないわけじゃない」
「どんな?」
「エルマ村の依頼をこなせばいい」
あっけらかんとそう言ったテスラさんに、ツバキさんとシェイルさんが揃って固まった。
なんだ、そんなにヤバい感じなのか……?
俺は嫌な汗を浮かべながらも、すぐに質問を投げかける。
「あの、エルマ村の依頼って?」
「ギルドに三年前から出されている依頼よ。村人が次々と居なくなるから、それを調査してほしいって内容のね。元々はFランクの依頼だったんだけど……かかわった魔導師まで次々と失踪を遂げちゃって、今ではBランクよ」
「なんか、めちゃくちゃヤバそうな依頼じゃないですか?」
「ああ。今では誰も引き受けずに残っていることから、『万年依頼』なんて言われている。テスラ、本気でこれをやるつもりなのか?」
ツバキさんが、少しばかり厳しい口調でテスラさんを問い詰める。
するとテスラさんは、冷静な顔で言う。
「ちょうどいい機会。報酬が魔石だし、あの依頼には興味があった」
「だがな、何があるのかわからん依頼だぞ?」
「そうよ、私も反対だわ」
「Sランクが三人居れば、戦力に不足はない。ラースもいる」
「それはそうだろうが……」
納得しつつも、まだ不安がぬぐいされないと言った表情のツバキさん。
テスラさんは彼女の顔を見やると、ふっと息を吐いて言う。
「実はあの依頼、数日前からランク指定がSになっている」
「何? 本当か?」
「間違いない。ギルドが爆破される前日に見たら、種別変更されていた」
「変ね……」
顎に手を押し当てるシェイルさん。
いったい、何がそんなに疑問なのだろう?
難しい依頼のランクが上がっていくのは、よくある光景だ。
「どこかおかしいんですか? 達成されないからどんどんランクが上がってるんでしょう?」
「魔法ギルドの場合、一定以上のランクに指定するには金がかかるんだ。冷やかしを防ぐためなのだが、これが結構な額でな。Sランクともなると、小さな村がそうそう払える金額じゃない」
「それだけ困っているってことじゃないですかね?」
「普通、そういう状況なら万年依頼って言われるほど放置したりしない。何か違和感がある」
「なるほど。ますますヤバそうですけど……」
腕組みをしながら、軽く考える。
状況からして、いろいろとおかしな依頼だ。
前任者たちが次々と失踪していると言うのも不味い。
でも、だからこそ――
「……俺たちが受けるのがいいですね。黒魔導師との戦いはもちろんですけど、こういうのを何とかするための最強パーティーでしょうし!」
俺がそういうと、三人の表情がフッと緩んだ。
彼女たちは、今まで悩んでいたのが嘘のように晴れ晴れとした顔をする。
「そうだな、私たちがやらなくて誰がやる!」
「この程度にビビってたら、黒魔導師になんて勝てないわね!」
「悪魔よりはマシ」
「分かりました、じゃあギルドに戻ってすぐに依頼を受けましょう!」
「キュイキュイ!」
「ははは、お前もか!」
可愛らしくなくひよこ。
その声に表情を緩めながらも、俺たちはすぐさまギルドへと向かう。
こうして俺たちパーティーとしての初依頼が始まるのだった――!