第二話 俺のファイアーボール
「準備が出来ました。こちらへどうぞ」
エントランスで待ちぼうけること十分ほど。
ようやく少女が戻って来た。
俺は彼女に連れられて、そのままカウンターのような場所へとたどり着く。
冒険者ギルドのカウンターとは違い、やや奥まった場所にあって造りも小さかった。
恐らくは、登録者が冒険者ギルドよりも相当に少ないのだろう。
どこかこじんまりとした印象だ。
「では、こちらに腰を下ろして」
「はい」
緊張しながらも、ゆっくりと腰を下ろす。
すると少女は、冒険者ギルドで見たのと同じような水晶玉を取り出した。
彼女はそのまま、強張った表情でそれを覗き込む。
「……本当にSと出ていますね。信じられない」
「そんなにすごいんですか?」
「ええ! 少なくとも、私は初めて見ます。ギルドの歴史全体で見ても、おそらくほとんど例はないかと。私が知っているのは、マートゥヌス様ぐらいですね」
「誰ですか、それ?」
俺が聞き返すと、少女は不思議そうな顔をした。
どうやら、魔導師の間でマートゥヌスとやらは相当に有名らしい。
まん丸になった瞳が、容赦なく俺を見据える。
「ご存知ないんですか?」
「まあ、初めて聞きました」
「先代の大賢者様ですよ! あ、念のために言っておきますと、大賢者というのは魔導師にとって最高の称号です!」
「つまり、一番偉い魔導師って訳か」
「そうです。初代大賢者様が大災厄を討伐し、ギルドを立ち上げて以降ずーっと引き継がれてきた歴史と栄誉ある称号なのです!」
自分のことでもないのに、フンスと鼻息の荒い少女。
もしかしたら、大賢者とやらのファンなのかもな。
強い冒険者にも、ファンが結構居たし。
「なるほど、つまり俺は……最高クラスの資質があると?」
「装置が正しければ、ですが。機械による測定だけでは判断しかねるので、これから簡単な実地検査を行います。……と、その前に。私、ホリーと申します。あなたは?」
「ラースです。名乗るのが遅れてしまって、申しわけない」
「いえいえこちらこそ。では、ついて来て下さい」
立ち上がった少女ことホリーさん。
彼女の後に続いてカウンターを出ると、そのまま廊下をしばらく歩く。
やがて大きな扉を抜けると、建物の中庭へと出た。
訓練場にでもなっているのか、大きな案山子が三つ、庭の中央に並べられている。
「ではラースさん、私に続いて呪文の詠唱をしてください。あの的を狙って、魔法を打ちますよ!」
「そんな、いきなり魔法なんて! 俺、使ったことないですよ!」
「分かってます。大丈夫です、初級魔法なら呪文を唱えるだけで使えるはずですので。さあ、行きますよ!」
「は、はい!」
慌ててホリーさんの真似をして、手を前に構える。
そして――
「集いし炎よ、礫となりて我が敵を穿て! ファイアーボール!」
「集いし炎よ、礫となりて我が敵を穿て! ファイアーボール!」
聞き取りやすいように配慮したのか、ゆっくりと詠唱したホリーさん。
彼女に続いて、俺もそっくり同じ呪文を唱える。
すると、身体の中から何かが抜けた。
血が抜ける、とでも言うのだろうか?
どことなく脱力した感じだ。
その直後、突き出した掌の前に青白い塊が現れる。
「のわッ!?」
出現した炎の大きさに、変な声が出てしまう。
俺がそのまま、中に入ってしまえそうなぐらいのサイズだった。
隣のホリーさんと比べて、軽く十倍は大きい。
しかも、紅くたぎっているホリーさんのと違ってこちらは真っ青だ。
「ちょ!? 一体何を出してるんですか!?」
「知らない! 言われた通りに唱えただけだって!」
「それヤバいです、空に打ち上げてくださいッ!!」
そう言うと、ホリーさんは必死に手を動かして物を上に投げるようなジェスチャーをした。
それに合わせて、彼女のファイアーボールが空高く舞い上がっていく。
よ、よし!
俺もあの真似をすれば……!
「浮いたッ!」
意識を集中させると、思いのほか軽々と球が浮き始める。
建物の高さを越えた球は、そのまま雲の中へと吸い込まれていった。
そして――
「きゃッ!!」
「うおッ!!」
爆裂。
世界が真っ白に染め上げられた。
それに遅れて、轟音が空から降ってくる。
雷が直撃したようなその大音響に、俺とホリーさんはたまらず身を小さくした。
そして数十秒後、音や光が収まると――。
「雲が削れてる……」
空を覆っていた白い雲。
その大きな峰が、丸く消し飛んでいた。
いったい、どれだけ威力あったんだ……?
自分が放った魔法の結果に、目を疑わずにはいられない。
こうして俺が呆然自失としていると、やがて再起動を果たしたホリーさんが話しかけてくる。
「ラースさん!」
「は、はい!」
「凄いですよ!」
「え?」
清々しいまでの笑顔を見せるホリーさん。
いや……こんな大暴走を起こしておいて、本当に凄いのか?
俺が不審に思っていると、ホリーさんは目をキラキラさせながらこちらに迫ってくる。
「初級魔法で、これだけの威力を出せる方は初めてです! 完全に規格外の才能ですよ!」
「そ、そうなんですか?」
「ええ! ラースさんなら、きっと大賢者にもなれます!! 今すぐ魔法ギルドに正式登録してください!」
そう言うと、ホリーさんはどこからか書類とペンを取り出したのだった――。