第二十四話 悪魔フォルミード
「で、これからどうすんの?」
縄で縛り上げたルドを見下ろしながら、シェイルさんが言う。
抵抗する魔力も体力も尽きたのか、ルドはそんな彼女を力なく見上げるばかりであった。
その眼に覇気はなく、ひどく虚ろだ。
「まずは情報を聞き出す」
「そうですね、俺もその意見に賛成です」
「ふん、私は何も言わんぞ。と言うよりも、何も知らされていない!」
そう言うと、ルドは何やら勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
いやいや……それって単にあんたが下っ端ってことなんじゃないのか?
知らないことを鼻に掛けられても困る。
「本当に? 私、拷問は嫌いじゃない」
「……テスラはサラッと恐ろしいことを言うな」
「もしやるなら、私も協力するわよ。付与魔法ってね、そういうのに結構向いてるから」
カラカラと笑うテスラさんとシェイルさん。
その不気味さは、さながらどこぞの魔女のようであった。
まあ、魔法を使える女性という意味では、二人とも魔女なんだけども。
「し、知らないものは知らない! 本当に何も知らんのだ!」
「さっき言ってた、偉大な黒魔導師って何者?」
「知らない! ラザウェル様が話題に出していただけで、私は顔も見たことがない!」
「そう。じゃあ、ラザウェルは今どこに居る?」
「それも知らん! 私はここで、追手の足止めを命じられただけだ!」
「嘘。さっき、ラザウェルが降魔教典の封印を解くとかどうとか言ってた」
テスラさんは目つきを険しくすると、前かがみとなってルドの顔を覗き込んだ。
両者の距離が近づく。
たちまち、ルドの禿頭に脂汗が浮かんだ。
テスラさんの剣幕に、完全にビビってしまっている。
「祠だ、ラザウェル様は祠に向かった。だが、どこの祠かまでは知らない!」
「祠? そこで何をする?」
「……悪魔フォルミードの復活だ」
フォルミードだって……?
数百年前、この国を荒らしまくったと言われる伝説の怪物じゃないか。
あまり博識ではない俺ですら、その名は耳にしたことがある。
そんなとんでもない存在を蘇らせるなんて、ラザウェルって奴は何を考えてるんだ!?
「フォルミードなんか呼び出して、一体何すんだよ!」
「決まっている! 復讐だ!」
「そんなの、誰にするんだよ!」
「魔法ギルドとアクレの街に対してだ。貴様、アクレの魔導師の癖にラザウェル様に何があったのか知らんのか?」
いや……そんなこと言われても。
さっぱり事情の分からない俺は、助けを求めるようにしてテスラさんたちへと視線を向けた。
するとツバキさんが、ふうっとため息をつきながら言う。
「……ラザウェルはもともと、魔法ギルドに属する優秀な魔導師だった。しかし、あまりにも傲慢な男でな。自らの才能におぼれて、最後にはギルドから追放されることになった」
「具体的には、何をやったんですか?」
「人体実験をしていたんだ。魔導師以外の人間を材料にな」
「それのどこが悪い! 魔法が使えぬ者どもなど、所詮は劣等種ではないか!」
世にも恐ろしいことをはっきりと言ってのけるルド。
これが黒魔導師って呼ばれている連中の思想か……。
聞いているだけで、寒気がする。
魔法が使えようが使えなかろうが、同じ人間ではないか。
「……完全に、悪いのはラザウェルって人ですね。それで追い出されてギルドや街を恨んだって、まったくの逆恨みじゃないですか! むしろ、追放で済んで良かったぐらいですよ」
「ふん! 貴様には、ラザウェル様の思想は分からんのだ」
「分かりたくもないです!」
俺がはっきりとそう言い返すと、ルドは思いっきり渋い顔をした。
彼はそのまま、恐ろしい目でこちらを睨みつけてくる。
しかし、縄で縛り上げられた状態ですごまれても全く怖くは無かった。
「……これ以上、こいつに聞いても仕方ない気がします」
「私もそんな気がした」
「それより、ラザウェルがどこに居るのかを考えないと。皆さん、どこかそれっぽい祠を知らないですか?」
俺が尋ねると、ツバキさんもシェイルさんも揃って首を横に振った。
テスラさんだけは何やら考えるように腕組みをするが、すぐに行き詰ったのか動きが止まる。
「うーん、一体どこなんでしょうね……」
「少なくとも、ここからそれなりに近いのではなかろうか? でなければ、足止めなど必要あるまい」
「そうだとすると、この谷の中どこかってことかしら?」
「……待ってください。もしかして!」
俺の頭の中を、ふとある考えがよぎった。
しかし、もしそうだとするととんでもないことだ。
俺は自らの抱いた考えに震えながらも、言う。
「その祠って、アクレの街に凄い近い場所にあるのかもしれません。むしろ、街の中にあるぐらいの感じなのかも」
「どうして?」
「そう考えると、敵の行動に綺麗に説明がつくんですよ。ギルドを爆破し、残った戦力をアルボースの谷へと向かわせる。そこでルドが時間稼ぎをしている間に、自分はがら空きになった街で悪魔の封印を解く……と」
「そうか……!!」
俺の説明に、みんなの顔がにわかに青くなった。
だがここで、テスラさんが冷静に反論してくる。
「でも、私たちが戦力を割る可能性だってあった」
「ええ。でもその時は、各個撃破すれば良かったんじゃないですか? いずれにしても、ラザウェルには悪くない状況だったはずです」
「なるほどな。つまり我々は、上手くやられたということか!」
歯ぎしりをするツバキさん。
彼女はそのまま、ドンッと地面を踏み鳴らした。
しかし、今はそんなことをしている場合ではない。
「戻りましょう! 早くしないと、アクレの街が危ないッ!!」
俺の必死の言葉に、テスラさんたちは揃って頷くのだった――。




