第二十一話 二人の魔法
「シェイル、どこか当てはあるのか?」
政庁舎を出たところで、ツバキさんがシェイルさんに質問する。
すると彼女は、背中のザックから一枚の地図を取り出した。
その地図の右下、アクレの街から見て南東の方角に大きくバツ印が打たれている。
そこはちょうど、遺跡のあるワイガの街とアクレの中間付近だった。
「私が襲われたのがちょうどこのあたり。敵は人目を避けて逃亡するだろうから、ここからまっすぐ北上したんじゃないかな」
「何で北上するって分かるんです?」
「ここからまっすぐ北に向かうと、ユーティス河がある。そこで船に乗れば、一気に国外逃亡」
地図の上端に描かれている大河を、テスラさんの指がスーッと擦る。
なるほど、河を使って逃げれば追いかけることはほとんど不可能だろうな。
ユーティス河は流れが速いから、あっという間に長距離移動が出来てしまう。
更にその沿岸には大都市がいくつもあって、潜伏場所にも不自由しない。
「河に着かれたらアウトだな。しかし、今から追いかけて間に合うか?」
「それは大丈夫よ。ユーティス河に行くまでには、アルボースの谷があるわ。いくら魔導師でも、歩きなら超えるのに三日はかかるはず」
「げッ! そう言えば、そっちの方角でしたね……!」
アルボースの谷。
アクレに住まう者ならば、誰しもが聞いたことのある名である。
悪魔の潜む谷と呼ばれていて、実際に凶悪な魔物が多数生息している場所だ。
しかも地形が複雑で、熟練の冒険者でもたまに出て来られなくなるという曰く付きの土地である。
出来ることなら、出かけたりはしたくない。
「うーん……」
「なんだ、新人。谷が怖いのか?」
顔色を悪くした俺に、ツバキさんがからかうように言う。
そりゃ、Sランク魔導師なら怖くないんだろうけど……。
俺はまだ低ランクと言うか、意識的には一般人に近いからな。
「あんな谷ぐらい、魔導師なら恐れていてどうする」
「そうは言われても……」
「ツバキ、そんなにラースをからかわない。怖いもの知らずのあなたとは違う」
テスラさんにそう言われて、ツバキさんはやっと引っ込んでいった。
俺はすかさず、テスラさんとの距離を詰めると質問する。
「……テスラさん、ツバキさんってどんな方なんです? Sランク魔導師ですけど」
「水の変化魔法の使い手。龍神って呼ばれてる」
「変化魔法?」
「自分の身体を、様々なものに変化させる魔法よ」
それはまた、いろいろと面白そうな魔法だな。
龍神と言うことは、ドラゴンにでも変身するんだろうか?
「身体の一部、もしくは全身を龍に変えることで絶大な力を得るのが彼女のやり方。全身を龍化した時は音を超える速さで走れるとも言われてる」
「そいつは凄いですね」
「剣豪としても有名で、水を使った魔法剣の免許皆伝。近接戦においては、間違いなく最強クラス」
へえ……流石にSランクなだけのことはある。
前衛として、物凄く頼もしそうだ。
「ただ、水属性の割に性格が石頭。融通が利かない」
「こら! 聞こえているぞ!」
「見ての通り、怒りっぽくもある」
「新人に変なことを教えるな!」
すぐさま繰り出されるパンチ。
テスラさんはそれを、ひょいッとギリギリのところでかわした。
そのまま始まる二人の追いかけっこ。
Sランク魔導師の能力を無駄に活用しながら、縦横無尽に駆け巡る。
「二人とも何してるのよ! 今はそれどころじゃないわよ!!」
やがてしびれを切らしたシェイルさんが、とびっきりの大声を張り上げた。
その音響に、流石の二人も動きを止める。
彼女たちはともにバツが悪そうな顔をすると、ゆっくりこちらに戻って来た。
実際の強さはともかく、発言力についてはシェイルさんは二人を上回っているようだな。
性格的な問題だろうか?
シェイルさん、どことなくしっかりして居そうだし。
「……しかし、敵がまだアルボースの谷に居るとしてどうやって追いつくんですか? 向こうの方が先に出発してるのに」
「ああ、ラースはまだ私の魔法を知らないんだっけ。それについては大丈夫よ、良い方法があるから。さ、急いで!」
シェイルさんに促されて、走り出す俺たち三人。
やがて街の外へと出たところで、シェイルさんがテスラさんにお願いする。
「テスラ、船を作って!」
「了解」
テスラさんが地面に手を置くと、たちまち紅の魔法陣が展開された。
直径五メートルほどにまで広がったそれから、見る見るうちに石の船がせり上がってくる。
箱舟のような形をしたそれは、俺たち四人が乗ってもまだスペースが余るであろう大きさだった。
「ありがとう!」
シェイルさんは軽く頭を下げると、すぐさま石の船へと駆け寄って行った。
彼女は絵筆のようなものを手にすると、船の側面に何やら文字を書き始める。
えっとあれは……古代魔法文字だろうか?
座学の時間に、テスラさんに見せてもらったものとそっくりだ。
「よし、これで行けるわ! さあ、みんな乗って!」
「え、これにですか?」
水も何もないのに、どうして船に乗るのだろうか?
もしかして、ゴーレムでも作ってそれに押してもらうんだろうか?
でもそれなら、普通の馬車の方がよっぽど早そうだ。
「良いから、早く乗る」
「分かりました」
テスラさんに促され、俺はすぐさま船の座席に腰を下ろした。
するとたちまち、独特の浮遊感が襲い掛かってくる。
これはもしや……!
急いで外に身を乗り出すと、船が浮き上がっていた。
しかも、見る見るうちに高度を上げていく。
「凄い、飛んでる!!」
「シェイルは付与魔法の天才。船を飛ばすぐらい訳ない」
「へえ……! すっごいなあ!」
「ま、強さはそれほどでもないからAランク止まりなんだけどね」
そうは言いつつも、どこか得意げなシェイルさん。
やがて船が木々を見下ろすほどの高さに至ったところで、彼女は俺たちを振り返って言う。
「一気に飛ばすわ。船体に魔力を注いでくれる?」
「了解。ラースも協力して」
「分かりました」
「では、いちにのさん、だな」
ツバキさんが音頭を取り、数字を読み上げる。
それに合わせて、俺は「少なめの魔力」を送り込もうとした。
そう、今までの経験を踏まえてとても控えめな量を。
しかし――
「うおッ!? 抜かれた!?」
「あ、魔力吸収の式を入れておいたから――のわッ!!」
「お、おい!?」
「嘘ッ!? どこからこんな魔力が!?」
突然のことに、目を丸くする一同。
その間にも、俺の莫大な魔力を勝手に吸い上げ、船は猛烈に加速し始める。
こうして俺たち四人は、アルボースの谷へとすっ飛んで行ったのだった――。




