第十九話 勃発!
「はああ……!」
深呼吸をしながら、意識を高めていく。
三本の炎の剣が、ゆっくりと地面を離れ始めた。
宙に浮かび上がったそれは、横並びになったまま勢いよく進み出す。
その動きは、とても早く滑らかだ。
「ストップ!」
やがて剣を森の上空で大きく一周させたところで、テスラさんから手を挙げた。
それに合わせて動きを止め、ゆっくりと魔力に戻す。
緊張の糸が解けてしまった俺は、ハアッと大きく息をついた。
「何とか、ある程度できるようになりましたね……!」
「凄い。たった五日でここまでなんて」
「いやいや。まだまだですよ。自由自在には程遠いですし」
炎剣の優れた使い手になると、それぞれの剣をバラバラに動かすことも出来るらしい。
しかし、俺はまだその領域にまでは至っていなかった。
出現させた剣を、揃えて動かすのがやっとである。
始めたばかりとはいえ、先は長い。
「普通は、剣を二本出すだけでも一か月はかかる」
「そうなんですか?」
「ええ。ラースは普通の百倍速ぐらいで習得してる」
「ははは、ありがとうございます」
「これからもこの調子で頑張る。……っと、そろそろ時間」
気が付けば、日は既に高く昇っていた。
そろそろ、宿に戻って昼を食べる時間だ。
俺はグーッと背伸びをすると、修業の間に凝ってしまった筋肉をほぐす。
「よし、行きましょうか! お昼、今日は何が出ますかねえ」
「その前に、今日はギルドへ行く」
「え、ギルドにですか?」
意外に思った俺が聞き返すと、テスラさんは浅くうなずいた。
珍しい。
食事の時間は厳守するテスラさんが、この時間に出かけるなんて。
「何かあるんですか?」
「今日はシェイルが戻ってくるから、様子を見に行く」
「お知り合いですか?」
「少し。今まで、ワイガ遺跡の調査に出かけてた。今日は、その報告をしにくる。もし遺物を見つけてれば、それも持ってくるはず」
「おお、古代遺跡ですか!」
それまた、ロマンのある話である。
冒険者ギルドにも遺跡探索の依頼はたまに出されていたが、超人気依頼であった。
古代の遺跡には、現代の技術では作ることのできない様々な遺物が眠っている。
それらを見つけることが出来れば、たちまち億万長者になれるのだ。
特に魔導書の類は、失われた古代魔法が記されているとかで天文学的な値段がつくと言う。
「ワイガ遺跡はかなり有望。今日、シェイルが何かしらの遺物を鑑定に持ち込む可能性は高い。もし良さそうな物があったら、出来るだけ早く押える」
「押えるって、買うんですか?」
「そう、鑑定が終わったらすぐ交渉。二十億ルーツまでなら即金で。それ以上は物々交換」
「に、二十億!?」
飛び出した金額の大きさに、ひっくり返りそうになる。
二十億って、それなりの城が立つぐらいの金額だ。
この間見つけたドラゴンの財宝だって、四億ルーツだ。
その五倍って、一体どんだけだよ!
「早く行く。こういうのは早い者勝ち」
「そんなの、他に買おうとする人居るんですか!?」
「結構いる。今頃、ギルドに集まって居るはず」
「ひょえ……!」
「止まってないで、歩く」
テスラさんに手を引かれ、俺はそのままギルドへと向かうのだった――。
――○●○――
「結構集まってますね……!」
一週間ぶりぐらいに訪れた魔法ギルド。
そのホールには、マントを羽織った魔導師たちが集結していた。
ざっと見たところ、三十名ぐらいは居るだろうか。
人の少ない魔導師ギルドにしては、かなり大人数だ。
「ほとんどは見物人。でも、何人かはライバル」
「……この中に、テスラさん以外にもそんな大金を持った人が居るんですね」
「魔導師は儲かるから」
そう言うと、テスラさんは近くの椅子へと腰を落ち着けた。
どんな遺物が持ち込まれるのか。
良いものがあったとして、それを買えるのか。
これからのことを想像して落ち着かないのか、テスラさんの靴がタンタンとリズムを刻む。
「……遅い」
「シェイルって人、この時間に来るって言ってたんですか?」
「マスターがギルドへ来るのがこの時間。今回は、報告のためにそれに合わせて来る」
「そうなんですか、でもマスターらしき人はまだ来てないですね」
先ほどからカウンターの方を見てはいるが、人の出入りは全くなかった。
仮に通用口とかがあったとしても、マスターが来たなら何かしらの反応はあるだろう。
するとテスラさんは、ため息をついて言う。
「マスターは気まぐれ。遅刻なんてしょっちゅう」
「それ、どうなんですか? 組織の代表として」
「魔導師としては優れている。そして、優れた魔導師はだいたい変」
ハッキリと言ってのけるテスラさん。
そう言っている彼女自身もちょっと変な感じなので、妙な説得力があった。
うすうす気づいては居たが、やっぱりそんな感じなのか。
うーん、俺は変な人って言われないようにしたいなぁ。
「流石にお腹空いた」
小一時間後。
空腹を我慢していたテスラさんが、とうとう音を上げた。
彼女はクーっと鳴り出したお腹を、ムスッとした顔をしながら擦る。
「我慢できない。ご飯食べに行く」
「だったら、俺が残りましょうか?」
「そうね……」
壁に掛けられた時計へと、視線を走らせるテスラさん。
すでに時刻は、お昼をだいぶ過ぎていた。
「この調子だと、シェイルは後しばらくは来ない。ご飯に行くぐらいは大丈夫」
「分かりました! じゃあ、俺の知ってる店に行きませんか? 宿で食べるには遅すぎますし」
「なら、ついていく」
こうして俺は、テスラさんを連れてギルドを出た。
そして少しばかり歩いたところで――
「あら、シェイル」
通りの向こうから走って来た少女の姿を見て、テスラさんが足を止めた。
へえ、彼女がシェイルさんか。
栗色の髪をした、なかなかの美人さんだ。
テスラさんに比べると気が強そうで、青い瞳からは強烈な負けん気を感じられる。
口を開いたら、言葉の洪水があふれ出してきそうなタイプだな。
「テスラ、大変よ!」
「どうかした?」
「遺物の一つを、黒魔導師に――」
シェイルさんが、何事か言おうとした時であった。
爆発。
地面が揺れ、頭が割れるかと思うほどの轟音が耳を貫く。
そのあまりの音響に、俺たち三人は揃って耳を抑えて背中を丸くした。
いったい、いったい何が起きたって言うんだ!?
俺は思考を混乱させながらも、すぐさま音がした方向へと振り返った。
するとそこには――
「ギルドから、煙が……!」
窓が砕け、そこからもうもうと黒煙を上げるギルドの姿があった。