第十八話 魔導師のライフスタイル
「……飛びましたね」
空高く羽ばたいていった炎の鳥。
あっという間に見えなくなっていったそれを、俺は茫然と見送った。
……すっげー飛距離!
まさかここまで飛んでしまうとは、完全に予想外だ。
と言うか、剣に羽が生えた時点でいろいろおかしい。
「ラース」
「はい」
「自重する!」
「……了解しました。魔力、抑えます」
俺はそう言うと、額に手を当てて敬礼をした。
テスラさんもまた、それに対してノリよく応じる。
何だかんだで、意外とそういうところ合わせてくれる人だよな。
「今の百分の一ぐらいでいい。普通ならそれで十分」
「え……そこまでですか?」
「十分。むしろ多い」
「マジですか……」
そこまで抑えるとなると、かなりの繊細さが必要そうだ。
そもそも、今までだってそこまで魔力を放出しようとしていたつもりはない。
むしろ、控えめにしようとしていたぐらいなのだから。
「やるだけやってみる」
「はい」
「針に糸を通すような感じで。じっくり、繊細に」
ゆっくりゆっくりと、指先から魔力を絞り出す。
すると今度は、手のひらにすっぽりと収まる程度の剣が出来た。
大きさ的に、もはやナイフである。
「今度は少し弱い」
「加減が難しいですね……!」
「ちょっと手を貸して」
テスラさんは俺の背後に回ると、覆いかぶさるようにして俺の手を取った。
温かく、そして柔らかい感触が身体を包む。
……小柄な割に、結構大きいんだな。
背中に伝わる感触に、体温がわずかながらに上がる。
普段からマントを羽織っているのでよく分からなかったが、テスラさん、意外と良いものを持ってるな。
パッと見た感じ、かなり華奢な体格をしているのに。
「息が荒い。どうかした?」
「ああ、いえ!」
「操作を手伝うから、この感覚を掴んで。集中」
「分かりました」
香水でもつけているのか、微かに漂う甘い匂い。
それに惑わされつつも、どうにかこうにか意識を落ち着けていく。
「ぐぬぬ……!」
「いい調子」
額に汗して魔力を調整する。
すかさずテスラさんがそれに手を貸してくれた。
魔力の流れが軌道修正され、整えられていく。
なるほど、だいたいこれぐらいの感じなのか。
自分でも感覚が掴めてきて、少しずつコントロールが正確になっていく。
そして五分ほどの時間をかけ、再び炎の剣が出来上がった。
先ほどのものとは違って、きちんとしたサイズである。
「おおッ!」
「これぐらいでちょうどいい」
剣は変わらず金色に輝いては居たが、飛んで行ったものと比べると光の強さは控えめになっていた。
余計な魔力をかなり抑えることが出来たようである。
今度はそれを、少しずつ浮かしていく。
慎重に慎重に。
飛ばすのではなく、あくまでも浮かすイメージで。
剣が木の葉となり、風に持ち上げられるような姿を思い浮かべる。
「浮いた!」
「今度はそれを、動かす」
「はい!」
意識を高め、浮き上がった剣を動かそうとする。
やがて剣は微かに震えはじめ、宙を統べるように飛び始めた。
よし、良いぞ!
翼が生えることも、制御不能にもなってない!
「動きを止めて」
「了解!」
飛んでいる剣の動きを止めるため、わずかながらに力を込めた。
たちまち切っ先の動きが鈍り、剣全体が静止する。
「完璧。良く出来た!」
「ありがとうございます!」
「では、これからこれを五十セット」
「え?」
「五十セット、お昼まで繰り返す」
お、恐ろしい指示が出たぞ!
一回やるだけでも結構疲れるって言うのに、五十セットって!
しかもお昼までって、あんまり時間もないじゃないか!
「それは、ちょっと……」
「早く!」
「は、はい!!」
急かすように、ぎゅっと体を寄せてくるテスラさん。
俺は抵抗することが出来ずに、すぐさまうなずくのだった――。
――○●○――
「次は、街の中なんですね」
「ええ」
午後。
何とか無事に訓練を終え、お昼を食べた俺はテスラさんと通りを歩いていた。
宿のある地区から、さらに街の中心へと足を進めていく。
やがて俺たちの前に、神殿を思わせる壮麗な石造建築が現れた。
「おおー! ここは!?」
「アクレ中央図書館。来たことない?」
「ええ。恥ずかしながら……」
一応、村の教会で文字を教えてもらってはいる。
が、冒険者になってからはほとんどしていなかった。
文章と言えば、せいぜい依頼書を読むぐらいのものだ。
それでも、文字自体が読めない人もいる冒険者の中ではマシな方である。
「今日から、午後はここで座学をする」
「魔法についてですか?」
「それもある。でも、他のこともやる」
そう言うと、テスラさんは俺の顔を覗き込んできた。
その目付きは、心なしかいつもより険しい。
何かちょっと……怒っているような雰囲気だ。
「ラースの場合、教養が少し足りない。しっかり学ぶ」
「ははは……すいません。なにぶん、田舎の村出身なので」
「一流の魔導師は、それなりの知識人であるべき」
「分かりました、勉強します!」
「ん。これから三時間ぐらい、しっかり勉強」
テスラさんは満足げにうなずくと、図書館の正面にある階段を上がって行った。
俺は慌てて彼女の後を追いかけると、館の中に入る前に呼び止める。
「ちょっと待ってください!」
「何?」
「朝に魔法の訓練をして、昼に勉強をしていたら仕事が出来ないんじゃ?」
俺が尋ねると、テスラさんはあっけらかんとした顔をした。
そして、軽く首を傾げながら言う。
「仕事はたまにすればいい。余裕がある時にやる」
「……それって、しばらくメインは修行ってことですか?」
「しばらくじゃない、ずっと。魔導師は自己鍛錬し続けるもの」
「いや、そうなんでしょうけど……。毎日仕事しないんですか?」
俺がそう質問すると、テスラさんは変な顔をした。
そして、心底不思議そうに聞き返してくる。
「仕事って、毎日やるの?」
「ええ。冒険者の時はそうしてましたけど」
「魔導師は月に一度くらい。よく働いても、十日に一度。それ以外は休んで訓練や勉強に励む」
それが普通じゃないの、とばかりに言い切るテスラさん。
……すっげ―な魔導師、月に一度しか働かないって。
と言うか、魔導師以外の職業でそんなの存在するのか?
そりゃあ、鍛錬とかが大事なのは分かるけど……。
働かないことで有名な貴族階層ですら、もうちょっと仕事しているような気がする。
「ラース? どうした?」
「いえ、大したことないです。ちょっとカルチャーショックを受けて」
「……よく分からないけど、まあいい。とりあえず、私たちが次に受ける仕事もだいたい一か月後くらいのつもり。それまでしっかり鍛える」
「頑張ります!」
深々と頭を下げる俺。
だがそれからわずか五日後。
アクレの街でとんでもないことが起こるのだった――!