第十五話 魔法訓練、開始!
「お、重い……!」
「次はこっち!」
ロドリーさんの店を出て、小一時間。
俺は両手にどっさりと荷物を抱えて、大通りを歩いていた。
この荷物の山のうち、七割ぐらいがテスラさんのものだ。
俺が服を買うついでに、テスラさんも買いたいと言い出したのである。
「そろそろ、宿に行きませんか? 流石にこれは……多すぎますよ!」
「まだまだ」
「ええッ!」
「平気、身体強化の訓練だと思えばいい」
そんなこと言われてもな……!
グラグラと揺れる荷物の山は、パワーだけではどうしようもないぞ!
「む、無理ですって! 崩れます!」
「バランスを保てば行ける」
「そんなこと言われても……わわッ!」
「……仕方がない」
今にも崩壊しそうな山を見たテスラさんは、渋々ながらもうなずいた。
もっと買い物したかったのだろう、その表情は少し悲しげだ。
彼女は軽くため息をつくと、くるりと踵を返す。
「宿へ行く。こっち」
「ふう、助かった……」
テスラさんに連れられて、通りを進む。
やがて雑多だった周囲の街並みが、次第に瀟洒なものへと変わって行った。
商業地区を抜けて、貴族や富豪たちの住む地区へと差し掛かったのだ。
街灯の造りまでもが、それまでとは少し違っている。
「ここ」
「えッ……?」
やがてたどり着いたのは、町一番と評判の高級宿であった。
白い壁、大きな窓、青いスレートの屋根。
貴族の邸宅と見間違えてしまうほどの豪華な造りだ。
飴色に輝く分厚い扉に、思わず圧倒されてしまう。
「どうしたの?」
「こ、ここに泊まるんですか!?」
「ええ。私はいつもここ」
「ほえー……」
何とも豪気な話である。
このクラスの宿になると、一晩で十万ルーツは軽く取られるはずだ。
それを定宿にしているとは、流石に贅沢なんじゃなかろうか?
テスラさん、そこまでこだわりがあるタイプには見えないんだけどな。
「いくら何でも、もったいなくありません?」
「このクラスの宿だと、ベッドに回復魔法が仕込まれてる。それ目当て」
「なるほど。でもそれなら、疲れた時だけこういうところに泊まればいいんじゃ?」
「魔導師はいろいろとハード。ラースも、すぐに分かる」
そう言うと、テスラさんは何やら意味ありげに笑った。
なんだかちょっと、嫌な予感がするな……。
俺の中の本能が、警報を鳴らした。
「明日から、魔法の訓練をする。今日は宿でしっかり休む」
「分かりました!」
「じゃあ入る。荷物は受付の黒服に預ければいい」
勝手知ったる様子で、正面の階段を上がるテスラさん。
やがて分厚い扉がひとりでに開き、彼女はその向こうへと消えて行った。
俺は改めて荷物を持ちなおすと、その後に続いたのだった――。
――○●○――
「ふあぁ……。テスラさん、まだ眠いですよ……」
翌日。
俺はまだ日も昇らないうちから、テスラさんに連れられて街の外に出ていた。
いったい、こんな時間から何をすると言うのか。
まだ眠気の取れない俺は、あくびを噛み殺すので必死だ。
「これからしばらく、魔法の練習を集中して行う。まず、朝は基礎鍛錬の時間」
「何をすればいいんです?」
「身体強化をして、私についてくればいい。ただし、これを履いて」
そう言うと、テスラさんは地面に手を押し当てた。
たちまち、靴らしきものが錬成される。
靴底が馬鹿みたいに分厚い造りで、こんなのを履いたらバランスをとるのがずいぶん大変そうだ。
「これを……ですか?」
「そう。身体強化をコントロールする訓練」
「でも、流石に難易度が高いような……」
「ラースに一番重要なのは、魔力の的確な制御。それを実戦的に学ぶには一番都合が良い」
「分かりました」
そう言われてしまっては、断ることはできない。
俺はテスラさんが用意してくれた靴を、すぐさま装着した。
金属質な見た目とは裏腹に軽く、意外と履き心地も悪くはない。
だがやはり、バランスをとるのが相当に難しかった。
あっという間に、転びかけてしまう。
「おおっと!?」
「気を付けて」
危ういところで、テスラさんが支えてくれた。
ほっと胸をなでおろすものの、前途多難だ。
歩くことすらままならない。
こんなのどうすればいいのか、自然と表情が曇る。
「ううーん……」
「大丈夫、ラースならできる」
「そう言って、テスラさんはできるんですか?」
からかい半分で、疑いの眼差しを向ける俺。
するとテスラさんは、心外そうに目を細めた。
彼女は大きく胸を張ると、自信たっぷりに言う。
「出来る、余裕」
「見せてもらえます?」
「もちろん」
テスラさんは再び地面に手を置くと、俺に作ったものよりもさらに底の厚い靴を作った。
彼女はそれを履くと、ヒョイッと体を起こす。
小柄な少女が、たちまちオーガにも勝る大女に早変わりだ。
テスラさんはそのまま、凸凹だらけの草原を悠々と歩きだす。
そして――
「おお!」
「はッ! それッ!」
ホップステップジャンプ!
軽業師よろしく、驚くほどの身のこなしを見せるテスラさん。
やがて彼女は空中に跳び上がると、一回転して降りて来た。
しかも、着地が驚くほど綺麗である。
衝撃の瞬間にも、身体の芯が全くブレていなかった。
まさに驚異的なバランス感覚と身体能力だ。
思わず、歓声が漏れてしまう。
「凄いッ! こんなの前衛職でもなかなか居ませんよ!」
「身体強化を極めれば、これぐらいは軽い」
「へえ……!」
「どこを強化するのか、どれだけ強化するのか。この二つを感覚で抑えれば、自分の身体を完全に支配下に置ける」
きっぱりとした口調で、断言するテスラさん。
なかなか、含蓄のある話である。
身体強化一つとっても、なかなか奥が深いんだな。
ただ単に、魔力をひたすら注ぎ込んで強化していけばいいってもんじゃないのか。
「疑ってすいませんでした。訓練、しっかり頑張ります!」
「ん、分かればいい」
「はい!」
「じゃあ、ついて来て。……っと、その前に」
テスラさんの顔が、わずかながらに赤くなった。
彼女は俺の方に顔を寄せると、恥ずかしいのかひどく小さな声で言う。
「底を厚くし過ぎて、履いたはいいけど上手く脱げなくなった。脱ぐの手伝って」
「ありゃりゃ!」
意外とうっかりしていたテスラさんに、俺はたまらずズッコケたのであった――。