第十四話 才能と卵
「……重い」
指輪を受け取ると、ずっしりと掌に食い込んでくるような重さがあった。
色合いからして銀製かと思ったが、明らかに違う。
金よりもよほど重たく感じられた。
「これ、何で出来てるんですか?」
「月銀と呼ばれる特殊な金属さ。月の隕石から、抽出されたものだよ」
「へえ、初めて聞きます」
「魔装を作るには最高の代物だよ。もっとも、貴重過ぎてほとんど見られないけどねえ」
そう言うと、ロドリーさんはふうっと息を吐いた。
そして、食い入るように俺の手元を見つめる。
その眼光の鋭さと来たら、手に穴でも開いてしまいそうなほどだ。
「はめてごらん。もし指輪が求める基準を満たしていれば、そいつは最高の魔装としてあんたをサポートするはずだ」
「……もし、満たしていなかったら?」
「苦しくて気絶することになるね。体中の魔力を強制的に押さえつけられるから、その辛さは半端じゃないよ。ま、しばらくすれば目を覚ますけどねえ」
いや、苦しみで気絶するって結構なリスクじゃないか!?
そんなの、絶対に味わいたくないんだけど……!
臆病風に吹かれた俺は、救いを求めてテスラさんの方を見やった。
すると彼女は、無言でガッツポーズをする。
どうやら、頑張れと言いたいらしい。
「逃げ場はないみたいだな……。ええい、なるようになれ!」
指輪を左手の人差し指へと押し込む。
すると、信じがたいほど滑らかにはまった。
さながら、指にたっぷりと油でも塗っていたかのようだ。
サイズもぴったりで、はめている感覚を忘れそうなほど付け心地が良い。
「凄い、良いですよこれ!」
「おお……ッ! 早速、使ってみるのじゃ!」
「はい!」
試しに体内の魔力を循環させ、身体強化を発動してみる。
すると、驚くほど滑らかに魔力が巡った。
指輪が余計な魔力を吸収し、さらには循環を整えてくれているようだ。
その力は、先ほどまでの魔装とは比べ物にならない。
「完璧です!」
「信じられん……。初代賢者様の遺産を、使いこなす者が現れるとは!!」
「さすが、魔法適正Sランク……!」
予想以上の反応を見せる、ロドリーさんとテスラさん。
特にロドリーさんなんて、開いた口が文字通りふさがらない状態だった。
上あごにはめた総入れ歯が外れかかってしまっている。
「……それほどですか?」
「もちろんじゃ! いやあ、きちんとした使い手が見つかるとはのう! そなたならば、大賢者にもなれるかもしれぬ!!」
「私は信じてた。でも、やっぱり驚いた」
「ありがとうございます。まあ、俺なんて魔力が多いだけでまだまだですよ」
俺はそう言うと、照れくささを誤魔化すように頭を掻いた。
魔法適性が発覚してからというもの、散々褒められては来たがどうにもなれない。
ま、もともとが底辺戦士で小市民だったからな。
こういう対応には、いつまでたっても慣れないのかもしれない。
「謙虚じゃのう。初代賢者の遺産を使いこなすと言うことは、初代賢者にも匹敵する才を持つと言うこと。それがどれほど凄まじいことなのか、分からぬのかえ?」
「正直、分からないです……」
「魔法界において、初代賢者を超える人物はまだ現れていない。つまり、それに匹敵すると言うことは世界最高の才能を持つと言うこと」
「……うーん。そう言われても、どうにも実感が」
世界最高とか、流石に凄すぎて実感がわかない。
この街で最強とか、それぐらいの方がずっと分かりやすいってものだ。
それに、俺はまだまだ一人前の魔導師とすら呼べないしな。
指輪を手に入れたとはいえ、魔法そのものを自由自在に使いこなせるわけでもないし。
「それより、この指輪はいくらですか? かなり……お高いですよね?」
「えーっと、そうさね。本当なら、金には代えられないぐらいなんだが、八千万ルーツでどうだい?」
「あら、安い」
家が買えるほどの値段設定。
そして、それに対してすかさず安いと返すテスラさん。
流石は魔導師業界、値段のスケール感がまるで違うな……。
底辺戦士だった頃の俺とは、桁が三つほどずれている。
「は、八千万ですか……」
「お買い得じゃろ?」
「……ええ」
ぎこちないながらも、うなずく。
一応、予算として一億ルーツ用意してはいるので範囲内ではあった。
それに、これだけの魔装としては相当に安い値段設定ではあるのだろう。
テスラさんが「今すぐ買え!」と眼で語っていた。
俺は懐からずだ袋を取り出すと、聖金貨を数え始める。
「どうぞ、これで八千万ルーツです!」
「どれどれ、ちょっとお待ち」
受け取った聖金貨の山を、ロドリーさんは十枚ずつの束へと積み直していった。
そしてそれが八つ出来たところで、実にいい笑顔を見せる。
「確かに八千万ルーツあるね! 毎度あり!」
「こちらこそ、良いものを売ってもらいました」
「さて、次は服」
そう言うと、テスラさんがスッと俺の手を取った。
不意に感じた、温かく柔らかな触感。
それにびっくりして、思わず動きが止まる。
「わッ!」
「どうした?」
「いえ、何でも……」
「じゃあ行く」
「ああ、ちょっと待ちなさい!」
再び歩き出そうとすると、今度はロドリーさんに呼び止められた。
彼女は近くの棚をガサゴソと漁ると、一抱えほどの大きさの木箱を取り出す。
そのまま蓋を開けると、中にはたっぷりのおがくずと何かの卵のようなものが入っていた。
結構な大きさの卵で、ニワトリの軽く五倍はある。
「これは?」
「妖精の卵じゃ」
「はあ……。どうしてまた、そんなものを?」
「そなたの才能を見込んでじゃ。妖精の卵を孵すには、莫大な魔力が必要でのう。そんじょそこらの魔導師には不可能じゃが、そなたならできるじゃろうて」
「でも、その卵だって結構高いんでしょう?」
妖精と言えば、自然豊かな場所にのみ生息する希少な種族である。
その卵となれば、かなりの貴重品だろう。
そう思って俺が尋ねると、ロドリーさんは再びニッと歯を見せて笑った。
「それがの、タダじゃ! くれてやる!」
「えッ?」
「正確に言うと、生まれた妖精をわしに見せてくれればそれでよい。それは昔、ある魔導師から研究用にあずかった品でな。与えた魔力の質によって、卵から生まれる種族に変化があるかを見たいのじゃと」
「そう言うことなら、ラースはうってつけ」
「じゃろ? 妖精は育てれば良い使い魔になる、持っていて損はないぞい」
木箱を手に、ズイッと前に乗り出してくるロドリーさん。
うーん、何だか話が美味過ぎるような気がするんだけど……。
テスラさんもついてることだし、ひとまずは大丈夫だろうか。
「分かりました。受け取ります」
「ほほほ、大事に育てるんじゃぞい。日に三回、お主が食事するのと同じタイミングで魔力を与えるのじゃ。そうすれば一週間ほど卵は孵る。特に温めたりはせんでも平気じゃ」
「丁寧に、ありがとうございます!」
こうして俺は、指輪だけでなく妖精の卵も手に入れるのだった――。
気が付けば、三万ポイントまでもう少しのところまで来ました!
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