第百四十話 黒幕
「馬鹿な……!!」
撃ち出された無数の刃。
金色に輝くそれは、光の軌跡を描きながら魔力の塊へと殺到した。
――貫通。
渦巻いていた邪悪な魔力が次々と貫かれ、光刃が黒鬼丸を襲う。
俺の魔力操作の緻密さが黒鬼丸の絶対的な魔力量に打ち勝った形だ。
たちまち黒鬼丸の身体が切り刻まれ、血を噴き出す。
「グオアアアアッ!!!!」
先ほど、腕を見事に再生してみせた黒鬼丸。
だがしかし、無数の刃に襲われては自慢の再生力も追いつかないのだろう。
降り注ぐ刃、炸裂する魔力、響く断末魔。
やがてそれらが収まる頃には、赤黒い巨体は見るも無残な残骸となり果てていた。
「くっ……」
浮かび上がっていることすらできなくなった黒鬼丸は、そのまま地面の上に落ちた。
――死んだのか?
俺が屋根を降りて近づいていくと、まだかろうじて息をしていた。
流石は数多の魔物を掛け合わせ、さらに伝説の鬼の血まで使って作られた異形の身体。
あれほどの猛攻を受けてなお、ギリギリのところで命を繋いでいたらしい。
もっともその魔力は弱々しく長くは持たないのは明白だ。
「まさか、このわしを倒す術者がいたとは。黒魔導師どもが警戒を促してきただけのことはある。だがな、すべてはもう手遅れよ」
「……どういうことだ?」
俺がそういうと、黒鬼丸はニタァッと悪意に満ちた笑みを浮かべた。
――ぞわり。
もはや黒鬼丸は何の脅威とはなり得ないにも関わらず、底知れない恐怖を感じた。
「わしが倒されたことを知れば、すぐに黒魔導師どもが動き出す。束の間の安息を楽しむがいい」
そう言った瞬間、黒鬼丸は自ら舌を噛み切った。
壮絶に歪められた顔、流れ落ちる鮮血。
やがてその身体からは黒い瘴気が噴き出し、風が吹き始める。
「くっ!」
とっさに距離を取ると、瞬く間に黒鬼丸の身体は消えてしまった。
どうやら、魔力によって無理やりに維持されていた肉体が崩壊したらしい。
後に残ったのは、灰のような白い残骸だけだ。
「……流石ラース」
「あれに勝つとはね、すごいじゃない」
「完全に奥義をものにしたな、大したものだ」
こちらに歩み寄ってきたテスラさんたちが、口々に俺を労った。
戦いはこれで終わりではない。
むしろ、これからが本番と言っても過言ではないだろう。
しかし……とりあえず、身体を休めないとな。
皆の姿を見て安心したのか、全身が鉛になったような疲労感が襲ってくる。
「うっ!」
「大丈夫?」
大きくふらついてしまった身体を、テスラさんが支えてくれた。
それを見たツバキさんが、ふふっと軽く笑みを浮かべる。
「奥義の反動だな、私と同じだ」
「思ったよりもきついですね、これ……!」
いつの間にか自力で立てるようになっていたツバキさん。
その姿を見て、俺は心の底から感心した。
全身を襲う強烈な疲労感と鈍痛は、ともすれば意識が持っていかれそうなほど。
そこからたった数時間で、立って歩けるほどにまで回復するとは……。
流石はツバキさん、鍛え方が俺とは違うなぁ。
シェイルさんの方も、かなり具合は良くなっているようだ。
「しばらくは無理せず休むしかないわね」
「でも、海帝獣を探さないと……」
「それなら、わらわに心当たりがある」
ここで、意外な人物が俺たちに声をかけてきた。
将軍の正室である葵様である。
彼女は自らの腹をさすりながら、どこかほっとしたような表情で言う。
「まずは礼を言わねばの。先ほど、わらわの腹から黒い煙のようなものが出てな。この通り、すっきりと小さくなりおった。中にいた魔性が抜けたのであろう。悍ましいモノを産まずに済んだ」
「それは良かった。ちょっと心配してたんです」
「……それで、海帝獣の心当たりじゃがの。上様が隠していた海図を、一度だけ見たことがある」
「本当ですか!?」
まさか、ここでそんな有力な情報に出会えるとは!
俺は思わず葵様の方へと駆け寄ろうとして、ストンと尻もちをついてしまった。
いけない、まだ動ける状態じゃなかったのをすっかり忘れてたな。
それを見た葵様は、扇で口元を抑えながら静かに微笑む。
「まずは休息を優先するのがよかろ。城に部屋を用意するゆえ、しばしくつろいでゆくと良い」
「ありがとうございます」
「よいよい、そなたらはこの秋津島の英雄じゃ」
そういうと、優しく柔和な笑みを浮かべる葵様。
先ほどまでのヒステリックな様子はどこへやら、すっかり角が取れたようである。
どうやら、これが彼女本来の人柄であるらしい。
「……お言葉に甘えて、休ませてもらうとしよう」
「もうくたくた、限界よ」
こうして、葵様に案内されて城内を移動し始めた俺たち。
するとここで、後ろから声が聞こえてくる。
「お前たち、わしを忘れてはおらんか!?」
「あ、父上!!」
「しまった、屋根の上に寝かせたままだった!」
慌てて一刀斎さんの回収に向かう俺たち。
とにもかくにも、こうして秋津島の乗っ取りを目論む天空一派は排除された。
背後に潜む、黒魔導師たちの恐るべき陰謀を匂わせつつも――。




