第百三十九話 仲間の声
「……すごい魔力」
ラースと黒鬼丸との決戦に備え、蔵の中へと避難していたテスラたち。
被害を食い止めようと懸命に働いていた彼女たちであったが、ここで異常な魔力の高まりを察知した。
分厚い外壁を隔ててなお、震えあがるほどの絶対的な魔力。
それはかつて彼女たちが対峙した陸帝獣や空帝獣にも劣らないほどだ。
「あの黒鬼丸って奴ね。これほどの力があったなんて」
「私たちに魔力が残っていれば……」
悔しさと不安を顔に滲ませるテスラ。
二人に残されていたわずかな魔力も先ほどラースに預けてしまった。
もちろんラースを信頼していないわけではないが、流石にこの局面では心配が首をもたげてくる。
「せめて、様子だけでも見られればいいんだけど」
「それは無理、この建物に窓はない」
「そうよねえ」
薄暗い建物の中を見渡し、ハァっとため息をつくシェイル。
もともと金蔵であったというこの建物は、きわめて頑丈な代わりに窓がなかった。
これでは外の様子など分かるはずもない。
ラースを心配しつつも、手持無沙汰となってしまったシェイルは困ったように壁に寄り掛かる。
するとここで、ツバキが呆れたように言った。
「…………眼で見なければわからんとは、試練の時のことを忘れたのか?」
「なによそれ?」
「感覚を研ぎ澄ませれば、ある程度分かるだろう」
そういうと、ツバキは胡坐をかいた状態でゆっくりと目を閉じた。
その様子はさながら瞑想でもしているかのようである。
彼女に習って、シェイルもまた床に腰を下ろして目を閉じた。
するとどうしたことだろう、ぼんやりとではあるがラースと黒鬼丸の姿が浮かび上がってくる。
「なにこれ……。魔力探知の一種?」
「ああ。第六感を開くと、魔力への感受性が大幅に上がるだろう? その影響らしい」
「なるほど。これなら、直接見えなくてもだいたい把握できるわ」
そういうと、眼を閉じたまま険しい表情をするシェイル。
彼女はそのまま意識をはるか壁の向こうにいるラースたちの方へと向ける。
だがここで――。
「………………見えない」
「え?」
「だから、特に何も見えない」
シェイルと同様に目を閉じたテスラ。
彼女はゆっくりと目を開けると、困ったように首を横に振った。
たちまち、シェイルとツバキは首を傾げる。
「妙だな、本当に何も見えないのか?」
「いつもの魔力探知と変わらない。魔力の位置と大きさが分かるぐらい」
「そう言えばテスラ、あんたって奥義を使ってなかったわね。もしかして……」
そこまで言ったところで、テスラの表情が曇った。
ツバキやシェイル、そしてラースまでもが開花させた第六感。
それをまだテスラは体得できていなかった。
他の三人とほぼ同じ修業をしたはずなのに、いったいなぜ自分だけうまく行っていないのか。
テスラの顔に自然ともどかしさと不安が滲む。
「テスラも試練を乗り越えたのだ。時間の問題だろう」
「そうよ、あんまり気にすることじゃないって!」
「優しくされると逆に辛い」
「あー……」
テスラにそう言われ、反応に困ってしまうシェイルとツバキ。
二人がうーんと顔を見合わせたところで、ガタガタと蔵全体が揺れ始めた。
さらに、魔力探知をしていなくてもわかるほどの圧が三人を襲う。
それは魔導師でない人間すら感じ取れたほどで、蔵の中で悲鳴が上がった。
「……外に出よう! せめてラースに声だけでも届けるんだ」
「そうね、こうなっちゃうと蔵にいても変わらないわ」
「みんなついてきて! ここは危険!」
声を張り上げ、扉を開くテスラ。
全てを押し潰すかのような魔力の塊。
これが落ちてくれば、もはや蔵の中にいても意味はないだろう。
むしろ、建物が崩れた時に瓦礫に巻き込まれる分だけ危険かもしれない。
こうして三人は非難した人々を連れて、外へと出たのだった――。
――〇●〇――
「……やれるか?」
黒き太陽のごとく輝く魔力の塊。
それをまっすぐに見上げた俺は、たまらず弱音をこぼした。
これほどの力を、果たして迎え撃てるのか?
仮に迎え撃ったところで、大爆発を起こして都が壊滅するのではないか?
無数の不安が心の中で渦巻き、わずかにだが魔力が乱れる。
――いけない、平静を保たなくては。
第六感を開いたことによる圧倒的な能力は、すべて完璧な魔力操作あってのもの。
それがなくなれば俺の能力は大幅に下がってしまう。
「……ははは、素晴らしいぞぉ!!」
「こいつ、限界ってものがないのか……!?」
「グオオオオオッ!!」
ここで、いよいよ黒鬼丸が攻撃に移った。
魔力の塊が、嫌にゆっくりゆっくりと落ちてくる。
こうなれば俺も覚悟を決めるしかないな。
そう決意し、再び空へと飛びあがった瞬間であった。
「ラース……!!」
「そんなの、いつもみたいにやっちゃいなさいよ!」
「必ず勝て! お前ならばできる!!」
かすかながらも、確かに聞こえてくる声援。
そうだ、俺は負けられない。
必ず勝たなきゃいけない。
心の中にあったわずかな不安が、ここで消失した。
そして――
「千剣乱舞!!!!」
黄金の輝きを纏った刀。
それが振るわれると同時に無数の光刃が飛び出し、黒い塊を打ち破るのだった。




