第百二十九話 魔力の在処
「す、凄まじい! 指で触れただけで岩が吹き飛んでしまった!!」
爆音とともに、完全に粉々になってしまった大岩。
その残骸を見ながら、役人の男が半ば引き攣った声を上げた。
……本当に軽く、指先でそっと触れたようにしか見えなかった。
それでどうやって、あの岩を破壊したというのだろう?
無詠唱どころか、魔法を発動した様子すらなかったぞ……!
「……内側からに見えた」
「ああ。シェイルが温度変化で破壊したのに似てたな」
「でも、あのやり方はあんな短時間じゃ無理よ」
困ったように肩をすくめるシェイルさん。
やがて彼女は天空の方を見ると、少し非難めいた顔で言う。
「ねえ。もしかしてあんた、岩に何か仕込んでたんじゃないの?」
「ほう?」
「この術比べって、あんたが仕切ってるんでしょう? だったら、事前にいろいろ仕込むことぐらい簡単なんじゃないの?」
……確かにその可能性は捨てきれない。
しかし天空は、全く動じることなくシェイルさんの方へと向き直って言う。
「これは異なことを。この術比べは上様の許可を取って行われている。それを疑うということは上様の御威光を疑うことにほかならぬぞ」
「……くっ!」
流石に将軍様の前で、その権威に逆らうような真似はできない。
シェイルさんは不機嫌さを露わにしつつも、そのまま大人しく引き下がった。
「しかし、疑惑を残したままというのも良くなかろう。おい、あの岩の予備はあるか?」
「岩の予備でございますか?」
「そうだ、今一度行ってみせよう」
「一回り小さい物であれば、何とか」
「それでよい」
こうして、天空の指示で再び岩が運ばれてきた。
先ほどの岩よりはいくらか小さいが、それでもかなりの大きさだ。
それが男たちの手によって据えられたところで、天空が顎をしゃくる。
「存分に調べるがいい」
「……言われなくても」
さっそく、岩に近づくシェイルさん。
俺たちも彼女に続いて、何か仕掛けはないかと目を凝らす。
先ほどの爆発、特に火薬の臭いなどはしなかった。
仕掛けはまず間違いなく魔術的なものになるだろう。
怪しい術式や魔力の痕跡がないかどうか、念入りに精査していく。
だが、特に不審な点は見受けられない。
「変ね、ほんとに何もない。テスラはどう?」
「こっちも特に成果なし」
「分かっただろう? 小細工などはしておらんと。分かったのならば離れよ」
「……わかりました」
こうして俺たちが距離を取ると、天空は再び袖をまくって人差し指を立てた。
うーん、あれであの岩を破壊できるとは何度見ても信じられないな。
「可能性があるとすれば、指から一気に魔力を流し込むぐらいね」
「それで、あの大岩が吹き飛ぶんですか?」
「ええ。あの岩、魔力にかなり弱いみたいだから。それでも、ラースが全力でやってどうにかってところだけど」
自慢じゃないが、俺の魔力はとんでもなく多い。
それが全力でとなると、非現実な量ではあるのだろう。
しかし、可能性を考えるとそれぐらいしかなさそうだよなぁ。
俺は念のため、天空の周囲に魔力探知を掛けてみた。
すると――。
「んんん?」
「どうしたの?」
「いつの間にか、あの岩に凄い魔力が注がれてるんです」
「え?」
慌てて岩の方を魔力探知するシェイルさん。
彼女に続いて、ツバキさんやテスラさんも動く。
だが次の瞬間、天空の指が岩に触れた。
再び響き渡る轟音、振動。
岩が粉々に粉砕され、俺たちはとっさに欠片から顔を守る。
「どうだ? これで疑念は消えただろう?」
「……そうね、失礼したわ」
こうなってしまっては、調べようもない。
シェイルさんは観念したように、天空にそう告げた。
天空は満足げに頷くと、改めて俺たちの顔を見渡して言う。
「では、次の課題に移りたいと思うがよいかな?」
「ええ、もちろんです」
俺たちが返事をすると、すぐさま役人たちが慌ただしく準備を始めた。
しかし、先ほどのあの魔力は一体どこから来たのだろう?
少なくとも、天空本人から発せられたものではなかったしなぁ。
というより、天空の魔力は魔導師とは思えないほどに低かった。
恐らく、抑えているのだとは思うが……。
「では、次の課題を始めます! こちらに移動してください!」
ここで、役人の男が俺たちの方を見て声を張り上げた。
俺はいったん思考を打ち切ると、男の傍まで歩み寄る。
「次の課題は魔物討伐です! これをご覧ください!」
高々と手を振り上げる役人の男。
それに呼応するように、どこからか異様な唸り声が聞こえてくる。
獣のような……それでいてどこか人のような……。
本能的な不快感と恐怖。
それらを掻き立てられる声に顔をしかめていると、ツバキさんが険しい顔をして言う。
「まさか、鬼か!」
「その通り! 五百の精鋭にて捕らえられた、吉野の山の大鬼です!」
役人の声に合わせて、鎧で身を固めた兵士たちが姿を現した。
その数、およそ三十人と言ったところだろうか。
ちょっとした軍勢のような彼らは、それぞれ鉄の鎖をしっかりと握りしめている。
そしてその鎖は――。
「……オーガ? いや、違う……」
血で染まったような赤い外皮。
身体は筋骨隆々としていて、盛り上がった筋肉は巌のよう。
その背丈は大人の二倍から三倍はあり、並のオーガより一回りは大きい。
そして何よりその瞳は……禍々しい紫の光を放っていた。
「皆様には、これからこの鬼と戦っていただきます!」
おいおい、こりゃ思った以上にヤバいことになってきたぞ……!!
俺はたまらず、困ったような顔をしてしまうのだった。
 




