第十二話 俺、大金を手に入れる!
「今回の査定額ですが、しめて四億ルーツとなります」
数日後、魔法ギルドのカウンターにて。
ホリーさんが告げた金額に、俺はひっくり返りそうになった。
四億ルーツ!!
戦士だった頃の俺なら、百年かけても稼げないぐらいの額だ。
「す、すげえ……」
「運がよかったですね! 財宝の質がかなり良くて、高値で買い取り出来ました」
「そう」
「そうって、四億ですよ!?」
平然とした顔をするテスラさんに、思わず食いつく。
四億、四億である。
ここからある程度の税金を引かれたとしても、一生遊んで暮らせるぐらいの金額だ。
俺にとっては、とても軽く流せる金額ではない。
しかし――
「これぐらいで驚いてたら、魔導師はやってられない。むしろ、お金で物事が動かなくなってからが本番」
「金で動かない?」
「上位の依頼になると、報酬はお金ではなく貴重品で提示されることがほとんど。腕利きの魔導師は、お金であまり動かない」
「それってつまり……魔導師はだいたい十分にお金を持っていると?」
おっかなびっくり質問すると、テスラさんはあっさりと首を縦に振った。
ここですんなり肯定するとは……。
テスラさん自身も、相当な富豪のようである。
「はあ……。改めて、すごい業界なんですね」
「一流になれば、貴族より稼げるのが魔導師」
「へえ……! 夢がありますね、俺ももっと頑張らないと!」
「ふふふ、ラースさんならすぐになれると思いますよ。今回の依頼達成で、ランクの方も昇格しましたし」
そう言うと、ホリーさんはカウンターの下から黄色いマントを引っ張り出した。
どうやら、Eランク魔導師はこれを着用する決まりらしい。
「うわあ、Eランクか……!」
冒険者ギルドでは、Eまで行くのに半年ぐらいかかったって言うのに。
まさか、たった一回の依頼で昇格できるとは。
テスラさんが付いていてくれたおかげとはいえ、我ながら大したもんだ。
魔導師には、やっぱり向いてるのかもしれないな……
「脱見習い」
「ありがとうございます! テスラさんのおかげです!」
「違う、あなたの力。もう少し自分の才能を認めた方がいい」
「ははは……そうですかね?」
「まあ、謙虚なのは良いことだと思いますよ。調子に乗って、自らの力量を見誤る方は結構いるので……」
そう言うと、ホリーさんはどことなく影のある表情をした。
ひどい目に遭った魔導師を、既に何人も見て来ているようだ。
瞳に宿った光が、とても物寂しい。
「魔導師は臆病な方が長生きする。そういう意味でも、ラースは向いている」
「あんまり、おだてないでくださいね。それより、このお金どうしますか? 正直、こんな大金を扱ったことなくて」
「それなら、魔装を買うと良い」
「魔装?」
聞きなれない単語を、そのままオウム返しする。
するとテスラさんは、手にしていた杖を軽く持ち上げて見せる。
これが魔装だと言いたいらしい。
「なるほど、杖のことを業界だと魔装って言うんですね!」
「他にも、種類はいろいろ。魔法を発動するために使うものすべてが魔装だから」
「ほうほう……」
「無くても何とかなるけど、あると便利。特にあなたの場合、魔力を少し抑えた方がいい」
そう言われて、ギクリとする。
今までの俺って、圧倒的な魔力に任せて魔法をドッカンドッカンぶっ放してただけだからな……。
もう少し小回りの利く戦い方が出来るようにならないと、いろいろ困るだろう。
依頼を受けるたびに、大規模破壊とか起こしたくない。
「分かりました。魔装を買いましょうか」
「了解。じゃあ、三億ルーツはギルドに預けて残りの一億ルーツを現金に」
「そんなに持っていくんですか!?」
「魔装は高い。特に、あなたほどの魔力量を抑えるためには良い魔装が必要」
「魔導師って、稼ぐことも稼ぎますけど使う方も凄いんですね……」
「いっぱい稼いでいっぱい使う、これ経済の基本」
そう言うと、テスラさんは改めて俺の方を覗き込んできた。
何故か不機嫌そうなその青い瞳に、嫌な汗が出てしまう。
「お金が出来たから、ラースはもう少し身なりにお金を使うべき。これ」
「あッ……」
ほつれた糸くずを手に、目を細めるテスラさん。
そう言えばこの服、買ってからずいぶんと経つからなぁ……。
端がほつれて、すっかりボロボロになってしまっていた。
「服もついでに買う」
「そうですね」
「あと、宿とかも変わった方がいい」
「え?」
予想外のことを言われて、間抜けな声が出てしまう。
宿ぐらい、別にどこでも良いのではないだろうか?
今のところ、身体も十分に休まっているし。
「何でですか?」
「防犯の都合。魔装とかは、高額だから狙われやすい」
「あー、そういうことですか」
俺の泊まっている宿には、金庫なんて気の利いたものは無い。
建っている場所も、冒険者向けの安宿が並ぶ地区だ。
治安は正直言ってあまり良くなく、夜は元冒険者の俺でもあまり出歩きたくない。
「しばらくは、商業地区の宿屋に泊まると良い。それである程度お金が貯まったら、家を買う」
「家ですか?」
「パーティーの拠点となる家があると、何かと便利」
「それだったら、いま買いません?」
俺の提案に、テスラさんはわずかに逡巡するそぶりを見せた。
が、すぐにダメダメと首を横に振る。
「もう少し貯めてから。拠点となる家は、出来るだけしっかりしていた方がいい。その方がメンバーも集まる」
「まあ、ホームの大きさはパーティーの格を示す上でも大事ですからね。皆さん、かなり奮発されるんですよ」
すかさずホリーさんがフォローを入れる。
うーん、そういう面もあるのか。
俺自身はそこまで豪華である必要はないと思うけど、それならこだわった方がいいだろう。
「だったら、しっかりとお金を貯めていいホームを買いたいですね」
「ラースだったら、きっとすぐ」
「だと良いんですけど」
「じゃ、今から買い物へ行く。この街の店ならだいたい知ってるから、案内する」
「ありがとうございます!」
こうして俺とテスラさんは、買い物へと向かうのだった――。