第百二十七話 術比べ、開始!
「……では、術比べを開始いたします」
短い休憩を挟んだのち、新たに会場に入ってきた役人が告げた。
さて、いよいよこの時が来たな……!
俺は軽く肩を回し、全身の筋肉をほぐす。
「では、わしはあちらで見ているからの」
「必ずや天空を討ち倒して見せます」
「うむ、期待しておる」
そういうと、一刀斎さんは近くの櫓の方へと移動していった。
櫓の上には他にも何名かの侍が集まっていて、観覧席となっているらしい。
流石に将軍のいる座敷とは比べ物にならないほど簡素だが、なかなか見晴らしが良さそうだ。
「今回の術比べでは皆様にいくつかの課題をこなしていただき、その出来栄えを審査して勝者を決めさせていただきます」
「……直接戦う訳じゃないんだ」
「私も戦うと思ってた」
「あくまで術比べ出会って、武闘大会ではないからな」
驚いた顔をするシェイルさんとテスラさんに、すかさず説明をするツバキさん。
俺も天空と直接対決をすると思っていたのだが、そういうわけではないらしい。
まあ、方式はどうあれ競い合うことには違いはないのだが。
「では、まずはこちらをご覧ください!」
サッと手を上げる役人。
それに合わせて、櫓の陰からオーガにも匹敵するような体格の男たちが姿を現す。
ふんどし姿の彼らは、額に汗をしながら四人一組で巨大な岩を運んでくる。
こうして数分のうちに、五つの大岩が横に並べられた。
岩の表面はどこか金属のような光沢があり、見るからに硬そうだ。
「これは御岳山にて取れた黒鋼岩です。これから皆様には、この大岩を術で砕いていただきます」
「なるほどね……。面白いじゃない」
「では皆さま、岩の前に並んでください」
揃って岩の前へと進み出る俺たち。
全員が横一列となったところで、役人がテスラさんの方を見ながら言う。
「こちらの少女の方から順番に術を使ってください」
「少女じゃない、テスラ」
「失礼。テスラ殿からお願いします」
……さて、テスラさんは一体どうするのだろう?
皆の視線が集まる中、テスラさんはまず岩に近づいてこんこんと叩く。
「……硬い」
一言そういうと、再びテスラさんは岩から距離を取った。
そして地面に手をつき、朗々と呪文を唱える。
「大いなる地獄の王よ。その裁きを今ここに」
たちまち響き渡る地鳴り。
にわかに地面が隆起し、みるみるうちに人の腕のような形へと変化していく。
そして数秒後、見上げるほどもある巨大な腕と拳が姿を現した。
その威容は岩どころか山でも砕けそうなほどだ。
「砕け!」
巨大な拳が振り下ろされ、轟音が響く。
うわっ!?
音に遅れて、立っていられないほどの揺れが襲ってきた。
それと同時に濛々と土煙が立ち込める。
やがてそれが収まると――。
「埋まった?」
小さなクレーターの中心で、岩が地面に深く埋もれていた。
驚いたことに、あれほどの衝撃を受けたのに岩が粉々にはなっていない。
……嘘だろ?
想像を超える岩の頑丈さに俺は思わず目を剥いた。
他の皆も予想外だったのか、会場がにわかにざわつき始める。
「これは……砕けておりません!」
やがて無言となっていた役人が、大きく声を張り上げた。
するとたちまち、テスラさんがムスッとした顔で岩に近づいて指摘する。
「よく見て。割れてる」
「んん? これは、よく見ると砕けております! 砕けた岩がそのまま埋まっているようです!」
役人の男がそう告げて、テスラさんはほっと息をついた。
とりあえず、及第点と言ったところであろうか。
しかし、あれだけの衝撃を受けても粉々にならないとは……。
この大岩、なめてかかると大変な目に遭いそうだな。
もしここで岩が砕けなかったら、天空に勝つことは難しそうだし。
「……これ、思った以上に無理難題かもね」
「シェイルさん、大丈夫ですか?」
シェイルさんの得意とする付与魔術は、直接的な破壊にはあまり向かないはずだ。
もちろん符の技術を使うことでその弱点もある程度補えてはいるが……。
果たして、あの大岩に通用するほど破壊力を生み出せるのか。
俺が少し不安に思っていると、シェイルさんは不意に笑い出す。
「心配してくれてるの? でも平気、これぐらい軽いわよ」
そういうと、彼女は魔導書を広げて何枚かページを破いた。
そしてそれをペタペタと岩に張り付けていく。
「さてさて、何をするつもりでしょう? 今のところ変化は見られないようですが……」
「いや、これは……」
わずかにだが、黒く沈んでいた岩の色が赤くなってきた。
そして微かにではあるが、頬に熱気が伝わってくる。
これは……付与魔術で岩の温度を上げているのか?
赤みはさらに増していき、周囲に向かって熱風が吹き始める。
そうか、このまま岩を溶かすつもりか!
俺はすっかり感心するが、ここでツバキさんが渋い顔をして言う。
「ダメだ、あの岩はそう簡単には溶けんぞ! 無理だ!」
「あのページに込められた魔力量じゃ無理」
ツバキさんに続いて、テスラさんも険しい顔をした。
するとここで、シェイルさんは得意げに再び魔導書を開く。
「これで終わりじゃないわよ。そりゃっ!!」
破られたページが、さながら意志を持ったように岩へと飛んだ。
そしてその表面に張り付くと、次の瞬間――。
「うわっ!?」
凄まじい轟音とともに、岩が一気にはじけ飛ぶのであった――。