第百二十五話 奥義の片鱗
「ただいまより、城中術比べを始める」
ラースたちが修練場に入っておよそ一週間後。
城の中庭に数十名の魔導師たちが集っていた。
この秋津の地にては術者や妖術使いとも呼ばれる彼らは、いずれ劣らぬ猛者揃い。
天空を打ち破り将軍の寵を得ようと、皆、猛禽のように目を光らせている。
その雰囲気はまさに戦場。
微かな殺気にも似た異様な気配が満ち満ちていた。
「まずは予選として、ここにいる術者を四名まで絞り込む。その四名が、術士方の長であらせられる天空様への挑戦権を得られる」
庭全体を見渡しながら、朗々とした声で告げる役人。
たちまち魔導師たちはざわめき、そこかしこで声が上がる。
「四名だと、いきなりそこまで絞るのか!」
「おいおい、それじゃ名を上げるどころじゃねえぞ」
「ははは、手っ取り早くていいねえ!」
「面白い!」
動揺する者、算段が崩れたと嘆く者、戦いを前に興奮する者。
場の混沌が加速する中で、役人は戦いの始まりを宣言しようと手を上げた。
しかしここで、庭の端から予期せぬ声が聞こえてくる。
「すまん、遅れてきた! こやつらも参加させてはもらえぬか?」
ひょっこりと姿を現した老人。
その後に続いて、異国風の装いをした若者が四名現れる。
いずれも年の頃は十代後半と言ったところであろうか。
熟練した術者が集うこの場において、場違いなほどに若かった。
彼らはもちろん、一刀斎とラースたち一行である。
「ならん! だいたいなんだ、そやつらは。全く魔力を感じられんではないか!」
「そこをどうにかならんかの? ほんの数分、いや数十秒ではないか」
「ならんならん、規則は規則だ」
首を横に振り、あくまで一刀斎の提案を拒絶する役人。
相当に几帳面な人物であるらしく、わずかでも刻限を破ることは許さないつもりらしい。
「うーむ、困りましたのぅ。この者たちは大陸の魔導師、面白い術をご覧に入れられると思ったのじゃがのぅ」
「…………よかろう」
役人の背後から、不意に重々しい声が響いた。
老人のように枯れつつも、それでいてよく通る不可思議な声。
やがて役人の背後から、ぬぅっと黒い狩衣を纏った男が姿を現す。
ひどく線が細いわりに身長が高く、顔を能面で隠した姿はまさに異形。
さらに異様に長い手足は、どことなく蜘蛛を思わせる。
「天空様、本当に良いのですか?」
「構わぬ。此度の術比べは上様もご覧になる、大陸の術はよき余興となろう」
「ですがこの者たち、ほとんど魔力を感じませぬぞ」
そう進言する役人を無視して、天空は前へと進み出た。
そして役人に代わって、高らかに宣言する。
「戦いを始めよ。最後に立っていた四名に、わしに挑む権利をくれてやる」
天空がそう言い終えた瞬間だった。
「ぐおぁっ!?」
「くっ!?」
「ば、ばかな……!!」
瞬く間に倒れていく魔導師たち。
それを見た役人たちは唖然とし、天空はほくそ笑むのだった――。
――〇●〇――
「何が、何が起きたというのだ……!?」
事態を呑み込めない役人が、顔面蒼白となって騒ぐ。
戦闘開始の合図から、ほんの二、三秒と言ったところだろうか。
すでに俺たち以外の全員が地面に倒れてしまっていた。
……うーん、軽い腕試しのつもりが思った以上に弱かったな。
というか俺たち、もしかしてものすごく強くなってる?
「驚いたな。秋津の魔導師は大陸よりもいくらか弱いとは聞いていたが……」
「ほぼ一瞬だったわね」
「……私たち、強くなってる」
拳を握り締め、自信に満ちた表情を見せるテスラさん。
シェイルさんやツバキさんも同様に、驚いた顔をしつつもどこか誇らしげだ。
一方、役人は狐につままれたような顔をしながら俺たちに近づいてくる。
「何をしたというのだ? せ、説明を求める!」
「まず、私がそこの十人ほどを倒した。この刀でな」
「抜刀術ですか?」
「ああ。それと変化魔法を併用することで、眼にも映らぬほどの速さを実現した」
「しかし、先ほどは全く魔力を感じなかったのだが……」
はてと首を傾げる役人。
さっきも似たようなことを言っていたが、どうやら彼は俺たちの魔力を感じられなかったらしい。
「普段は魔力を抑え、瞬時に解放しているだけだ。ここにいる全員がそうだぞ」
「そのようなこと、可能なのか?」
「現に魔法でなければ説明できないことが起きているだろう」
「それはそうだが……ふむ」
ツバキさんの説明に首を傾げつつも、ひとまずそれで理解することにしたらしい役人。
彼が頷いたところで、今度はテスラさんが言う。
「そこの連中は、地面から土の弾を飛ばして倒した」
「詠唱は? その手の魔法には必要なはずだが」
「このぐらいの魔法なら必要ない。速さだけに絞ってるから」
「……はぁ」
またしても、呆れた顔をする役人。
しかし、いちいち突っかかっても居られないと思ったのだろう。
大きなため息をしつつも、シェイルさんの方へと視線を移す。
「こっちは私がやったわ。この雷魔法を仕込んだ本でね」
そういうと、シェイルさんは自身が手にしていた本をポンポンと叩いた。
彼女がおもむろに開いて見せたページには、魔法文字がびっしりと刻まれている。
東洋の符を参考にして、彼女が生み出した独自の攻撃手段だ。
「おぉ、理解できるものが出てきたぞ!」
「なんか、そう言われると私の魔法だけ格落ちみたいな感じなんだけど」
「そのようなことは断じて! むしろ、理解できるだけ凄みがわかるぞ!」
もともと、秋津島の辺りの技術を参考にしているからだろうか?
ツバキさんやテスラさんの魔法より、いくらか理解しやすかったらしい。
……そうだとすれば、ツバキさんの説明を聞いて変な顔をしていたのは何故だろう?
やっぱり、あまりにも人間離れした技だからなのかな。
「最後は君か?」
「ええ。俺は残った魔導師たちを殴って気絶させました」
「…………殴った?」
「ええ」
「最後に一番、よくわからんのが出てきたな」
天を仰ぎ、額に手を当てる役人。
……あれ、一番シンプルなはずなんだけどな?
理解できないとばかりに困惑した様子の役人を見て、俺は違う魔法を使うべきだったのかもと少し後悔するのだった――。
 




