第百十八話 ツバキの家
「ここが……都!」
秋津島へ降り立ってから、はや半日。
街道を北上した俺たちの前に、巨大な都市が姿を現した。
地平線の果てまで連なる家々。
土を固めた大通りには、無数の人々が行きかっている。
既に夕方だというのに、その活気はまるで衰えを知らない。
「ここが我が秋津島の都、大和だ。大きいだろう」
「ええ、なかなか大したもんだわ。王都より大きいかも」
「そうだろうそうだろう!」
まるで自分のことのように、鼻を高くするツバキさん。
彼女は腕組みをすると、満足げにうんうんとうなずく。
自分の国をほめられて、よほどうれしいらしい。
「私の家は、この通りをもう少し行った城の近くだ。案内する」
「よろしく」
ツバキさんに連れられて、通りを北へ進む。
やがて雑多な街並みが、大きな屋敷の並ぶ宅地へと変化していった。
どの家も立派な門構えで、白い築地の壁が延々と続いている。
俺たちの住む王都八番街区に、どことなく空気が似ていた。
恐らくは、この国の貴族階層が住む場所なのであろう。
「着いたぞ。ここが我が家だ」
「これが……家?」
「でっかい」
ツバキさんに案内されてたどり着いた屋敷は、これまたとんでもない大きさだった。
そびえたつ巨大な門に、大きな母屋。
中を見ることはできないが、庭も相当に広そうだ。
築数百年にはなるのだろうか?
古びた漆喰の壁が、重々しい風格を漂わせている。
「あんた、いいとこの出身だったのねぇ」
「古いだけさ。そんなに大したことはない」
そうは言いつつも、少し誇らしげなツバキさん。
彼女はそのまま門の前に立つと、ダンダンッと乱暴にノックをした。
するとたちまち、巨大な門扉が軋みを上げて動き出す。
「おお、これはツバキ様!!」
やがて屋敷の中から出てきたのは、腰の曲がった白髪の男であった。
彼はツバキの顔を見るなり、目を大きく見開きひどく驚いた顔をする。
「お帰りになられるのならば、あらかじめご連絡ください。爺は驚きましたぞ!」
「すまない、なにぶん急だったのでな。手紙を送る余裕もなかった」
「そうですか。それで、こちらの方々は?」
俺たちの方を見て、首を傾げる男。
すかさずシェイルさんが前に出て、自分たちの素性を説明する。
「私たちはツバキの仲間よ。パーティを組んで一緒に行動してるの」
「なるほど、そうでしたか」
「私はシェイルよ。で、隣にいるのがテスラ。こっちがラース、私たちのリーダーよ」
「よろしくお願いします!」
手を差し出し、握手を求める俺。
するとこちらが悪い人間ではないとわかってくれたのだろう。
男は少々戸惑いながらも、快くそれに応じてくれた。
「では、旦那様を呼んでまいります。少々お待ちを」
「わかった。ではみんな、こっちへ来てくれ」
ツバキさんに続いて、門の中へと足を踏み入れる。
白い砂利の敷かれた庭が、たちまち目に飛び込んできた。
枝ぶりの良い松に、苔生した大岩。
静寂に包まれた底は、さながら異世界のようですらある。
「へえ、いいとこじゃない。何となく落ち着くわ」
「趣がある」
そう言うと、ふらふらと歩き出すテスラさん。
するとたちまち、ツバキさんが青い顔をして彼女を止める。
「待て、危険だ!!」
「ん?」
「とにかく止まれ!」
額に汗を浮かべ、必死に声を張り上げるツバキさん。
そのただならぬ様子に、テスラさんは首を傾げながらも指示に従った。
抜き足差し足、忍び足。
肩をヒョコヒョコとさせながら、ゆっくりこちらに戻ってくる。
「ふう……良かった」
「どうして、そんなに焦ってる?」
「うちの庭には、いろいろと罠が仕掛けてあるからな。うかつに歩くと危ないのだ」
「罠って……ネズミ捕りでもあるの?」
「いや……それどころではなくてな」
ツバキさんは眉を顰めると、目を細めて渋い顔をした。
彼女はそのまま適当な小石を拾い上げると、庭の中心に向かって勢いよく投げつける。
するとたちまち――。
「のわッ!?」
庭の植え込みから、いきなり矢が発射された。
しかも、一本や二本ではない。
四方八方から、雨あられとばかりに乱れ飛ぶ。
響き渡る風切音。
あっという間に、綺麗だった庭は針山のようになってしまった。
「……なにこれ」
「父上の趣味だ」
「趣味って、アンタの親父は何考えてんのよ!」
額に手を当て、呆れた顔をするシェイルさん。
テスラさんも、それに同意するようにうんうんとうなずいた。
庭にこんな危険な罠を仕掛けておくなんて、普通じゃ考えられないからなぁ……。
こう言っては何だが、確かに正気を疑う。
「父上が言うには、侍には常在戦場の心構えが必要なのだそうだ」
「その通り!」
「む?」
不意に、どこからか声が響いた。
慌てて周囲を見渡すと、屋根の上に小さな人影が見える。
まさか……あれか?
俺たちが驚いて目をぱちくりとさせていると、影の主はにわかに身を翻した。
そして颯爽と庭に降り立つと、そのままこちらに向かって走ってくる。
「ははは! 久しぶりだな、ツバキ!」
「父上!」
「え、ええ!?」
このいかにも胡散臭い人物が、ツバキさんの父親だって!?
俺は思わず、口をあんぐりと開くのであった――。




