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第百十四話 クイール・ホワイト号

俺たちが海の主を倒してから、はや二日。

 船の修理がようやく完了したということで、俺たち五人は港へと呼ばれていた。

 既に岸壁は人で賑わっていて、たくさんの船が停泊している。

 さすが、耳の早い商人たちだ。

 海の主が倒されたという情報は、もうすっかり広まっているらしい。


「凄いわねー! 何隻あるのかしら?」

「これほどの数の船、初めて見るな」

「まだまだ少ない方ですよ。いつもはもっといますから」


 俺たちの案内を買って出てくれた、ルーミアさん。

 彼女は船の行きかう港を見渡すと、まだまだとばかりに笑って見せた。

 得意げなその顔は、出会った時とは比べ物にならないほど明るい。


「さすがは、王国の玄関口だな」

「王国どころか、大陸の玄関口ですよ。東方航路はすべてこの街を経由してますからね!」

「それより、私たちの乗る船はどこ? もしかして、あれ?」


 岸壁の端に停泊していた一艘の船。

 その白い帆を指さして、シェイルさんが言った。

 周囲の船と比べてやや小さいその船は、細く突き出した船首のラインが実に見事だった。

 船嘴に据え付けられた金の女神像もまた、陽光を反射して美しい。

 いかにも、女性であるメリージャさんが好みそうな船だった。


「はい! あれがメリージャ様の所有しているクイール・ホワイト号です!」

「なるほど、確かに速そうな船ですわねえ」

「だが、少し造りが華奢過ぎないか? あれでは、嵐に会えばすぐ転覆してしまいそうだ」

 

 眉を持ち上げ、不安げな顔をするツバキさん。

 彼女の言う通り、クイール・ホワイト号はかなり細長い造りとなっていた。

 そして、船全体の大きさのわりに帆柱が高く、バランスが悪そうだ。

 先日の嵐のような横波を受ければ、あっという間にひっくり返ってしまいそうに見える。


「それについては心配いらない。特別な魔法が掛けてある」

「あ、メリージャ様!」


 俺たちが微妙に困った顔をしていると、メリージャさんが声をかけてきた。

 用事を済ませた帰りなのだろうか。

 店で見たのと比べて、幾分か控えめな印象のドレスを着ている。

 ……まあ、それでもざっくりと開いた谷間が実に色っぽいのだが。


「見送りに来てくれたんですか?」

「そうだ、用が済んだのでな」


 そう言うと、メリージャさんは軽くウィンクをした。

 そしてそのまま、視線を船の下へと向ける。


「あれを見ろ。船底の近くがわずかに光っているだろう?」

「言われてみれば」


 喫水線の下。

 透明度の高い海を少し潜ったところで、何か灰色の金属のようなものが光っていた。

 よくよく目を凝らせば、その金属製と思しき部品は船首から船尾までまっすぐに伸びている。


「あの部分が特別な重りになっていてな。そう簡単にひっくり返らないようになっているのだ」

「そりゃ凄いですね。でも、それじゃ重くて速度が出ないのでは?」

「そこは心配いらない。重量軽減の魔法陣が仕込んであるから、全体としての重さは軽いんだ」

「大した船ですわねえ。これじゃ、私が準備したのもあまり意味がありませんでしたわ」


 感心したように言うシスティーナさん。

 そう言えば、海の主を退治しに出かける前にどこかへ行っていたんだよな。

 あの時は、テスラさんが予想外のことを言い出したのですっかり忘れていたが……。

 何をしていたのだろうか?


「そう言えばアンタ、しばらくいなくなってたけど何してたのよ? ひょっこり戻ってきたけどさ」

「軍艦の手配を少々」

「ぐ、軍艦!?」


 予想だにしていなかった答えに、みんな揃って目を丸くした。

 どうりで、時間がかかっていたわけである。


「そんなの、よく呼べましたね……」

「これでも軍に在籍しておりますもの。それぐらいの力はありますわ。もっとも、海の主討伐には間に合いませんでしたけどね」

「だとしてもよ……」


 額を抑え、呆れた顔をするシェイルさん。

 一人の意志で軍艦を動かそうとするとは、さすが公爵令嬢というべきかなんというか。

 そんなことを考えていると、船の上から船員たちの勇ましい声が聞こえてくる。


「おーーい! 準備はもうできてやすぜ!」

「わかった。では皆様、どうぞ乗ってください」


 メリージャさんに促され、俺たち四人はすぐさま船へと乗り込んだ。

 さあ、いよいよ船出だ!

 イカリがゆっくりと持ち上げられ、白い帆が膨らむ。

 細く優美な船体が、海面を滑るようにして進みだした。


「皆様、どうかお元気で!」


 岸壁に残ったシスティーナさんが、大きく声を張り上げる。

 彼女とは、残念ながらここでお別れだ。

 仮にも公爵令嬢を、これ以上、危険な旅に連れて行くわけにもいかないからな。

 俺たちは船縁から身を乗り出すと、精いっぱいに手を振る。


「ちゃんと私たちのこと待ってなさいよ!」

「必ず帰る」

「土産には期待していろ!」

「システィーナさんもお元気で! 絶対戻りますから!」

「もちろんですわ! ラース様も、浮気はしないでくださいましね!」

「ぶっ!」


 システィーナさんの言葉に、思わず吹き出してしまった。

 いったい何を言うんだよ!

 俺がおいおいと額に手を当てると、横に立っていたテスラさんたちがクスリと口元を抑える。


「まあ、何はともあれ出発だな! 気を取り直していこう!」

「そうですね」

「あれ? あの船、何かしらね?」


 ふと、シェイルさんが港の端を指さす。

 急いでそちらに視線を向ければ、黒々とした船体の巨大な船が浮かんでいた。

 装甲の張られた外観は厳めしく、さらには大砲を針山よろしく積んでいる。

 どうやらこの船が、システィーナさんの呼び寄せた軍艦らしい。

 さすが、ものすごい巨艦だ。


「ほう、こいつは凄いな……」

「これが参戦してたら、海の主退治ももっと楽だったかもねえ」

「まあ、無事終わったことですし。言っても仕方ないですよ」


 そうこうしているうちに、軍艦がみるみるこちらに近づいてきた。

 大砲の砲身がなぜかこちらに向けられる。

 おいおい、どういうことだ?

 まさか、この船を狙っているんじゃ……。

 そう思った瞬間、爆音が響いた。


「うわッ! びっくりした!」

「こいつは、もしかして祝砲か?」

「まさか……やっぱり!」


 振り向けば、システィーナさんがしてやったりとばかりに笑っていた。

 どうやら、彼女があらかじめ頼んでいたことのようだ。

 やれやれ、最期の最後まで驚かされっぱなしだったな!

 俺はほっと胸を撫で下ろすと同時に、これでもかと声を張り上げる。


「いってきます!!!!」


 こうして、俺たちの航海が始まった――。


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