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第百十二話 氷と炎

 海原が凍り付いた。

 うねり狂う波の中心に、突如として巨大な氷の大陸が現れる。

 白く輝く氷山が、海の主の動きを完全に封じ込めた。

 さすがはツバキさん。

 これだけの範囲を凍らせるとは、凄まじいまでの魔法だ。


「おのれ……!」


 殺気の籠った眼差しで、海の主は俺たちを睨みつけてきた。

 巨体の纏う魔力が、実体化するほどにまで膨れ上がる。

 しかし――。


「ぐぐぐ……! 水が……!」

「やはり、周囲が凍ってしまっては操れないようだな!」

「人間どもめが!」


 忌々しげに叫ぶ海の主。

 氷山が軋み、割れる。

 こりゃ、あまり長くは持ちそうにないな。

 氷原が砕け、海水が噴き出すのも時間の問題だ。


「一気に行きましょう!」

「ああ!」

「そうですわね!」

「力、合わせる!」


 そう言うと、すぐさまテスラさんが俺の背中に手を添えてきた。

 それに続いて、シェイルさんたちも次々に寄り添ってくる。

 よし、行くぞ!!

 俺は拳を握ると、一気に体内の魔力を爆発させる。

 

「ラース、お前また魔力が上がったんじゃないか?」

「そうですか?」

「けた外れですわ……まさか、これほどとは……!」


 四人の中でも、実力のやや劣るシスティーナさん。

 俺の膨大な魔力に当てられてしまったらしい彼女は、少し苦しそうな顔をしていた。

 すまない……けど、もう少しだけ。

 海の主の巨体を焼き尽くすには、もう少しだけ力が必要だ……!


「ぐぐぐ……!」

「あとちょっと……行きますよ!」


 とうとう魔力が臨界点を超えた。

 実体化した金色のオーラが、みるみるうちに収束して大きな剣となる。

 炎が猛り、燃える。

 闇夜を照らすその圧倒的な輝きは、さながら太陽を小さくしたかのよう。

 目を焼く光に、さすがの海の主も驚いた顔をする。


「馬鹿な、人間がこれほどの魔力を……!」

「魔力が多いのが、俺の売りなんですよ。おりゃあああッ!!」


 剣が飛び立つ。

 夜空に一直線の軌跡を描いたそれは、そのまま海の主の額へと突き刺さった。

 鋼より硬い鱗が、いともたやすく貫かれる。

 爆炎。

 鱗の裂け目から噴き出した炎が、たちまちのうちに海の主の巨体を飲み込んだ。

 紅の炎と白き氷。

 その対比は実に見事で、思わず目を奪われてしまう。


「グオアアアッ!!」


 直後、海の主の雄叫びが響いた。

 どうにか火を消そうと、巨体が懸命にのたうつ。

 しかし、魔力の炎はそう簡単に消せるものではない。

 わずかばかり海水がかかったところで、大勢に影響はなかった。


「おのれ……!」


 最後にこちらを睨み、かすれた声で叫ぶ海の主。

 それきり、彼は動かなくなった。

 海面に沈んでいた尾びれが、プカプカと浮かび上がってくる。

 やれやれ、勝負あったみたいだな……。

 俺は額に浮いた汗を、そっと手でぬぐった。


「ふう、これで一件落着ですね!」

「これでめでたし」

「やれやれ。これほど魔力を使ったのは、いったい何年ぶりだ……」


 額の汗をぬぐうと、ツバキさんはそのまま崩れるようにして尻もちをついた。

 極度の疲労で、足腰が立たなくなってしまったらしい。

 袴から覗く足首が、小刻みに震えていた。


「ま、何はともあれ事件解決だわ。さっさと戻りましょ」

「そうですね。こんな海域、さっさと離れないと」


 戦いを終えてなお、海は荒れ、空は黒雲に覆われていた。

 さっさと帰らなければ、港に戻るまでに船がボロボロになってしまう。

 

「では、私は船員たちを呼んできますわ!」

「ええ、お願い」

「じゃあ、俺たちはあれをどかしますか」


 そう言うと、俺は海の主を中心に広がる氷山を指さした。

 あれを砕かないことには、この船も出発することが出来ないからな。

 とっとと何とかしないと……ん!?


「わッ!!」

「おっとと!!」


 不意に、氷山が砕けた。

 氷が海中に沈み、大波が起きる。

 それに巻き込まれた船は、右へ左へと大きく揺れた。

 やれやれ、砕きに行かなくても良くなったが……こりゃ大変だな。

 大揺れする船の端で、必死に手すりにしがみつく。


「収まりましたね」

「ええ、びっくりしちゃったわ。ちょっとツバキ、アンタ気をつけなさいよ!」

「無茶を言うな。魔法が解けるタイミングまではわからん」


 シェイルさんの無茶ぶりに、やれやれと肩をすくめるツバキさん。

 こうして二人が言い合っているうちに、テスラさんが前へと出た。

 船縁から身を乗り出した彼女は、海の主の方を見やって氷山の様子を確認した。

 すると――。


「大変!」

「どうしたんです?」

「あれを見る!」


 青い顔をして、海の主の方を指さすテスラさん。

 俺たちはすぐさま、彼女が示した先を見た。

 するとそこには――大きな傷口があった。

 氷山が砕け、身体が反転したことによって露わとなった海の主の腹。

 その中心部が深々とえぐり取られていたのだ。

 全部で三つある傷口は、ちょうど何かに引っ掻かかれたかのように見える。


「嘘……!? 何よこれ!」

「獣の爪か?」

「待ってよ、爪痕にしては大きすぎない?」

「だがな……」

「可能性はある」


 緊張が走る。

 仮にこの傷跡が魔物の爪痕だとすると、その主は海の主よりも大きいに違いなかった。

 海の主ですら、この大きさである。

 それより大きい魔物なんて、あまり想像したくない。


「もしかしたら、海の主にこの傷を負わせたのが海帝獣かもしれませんね」

「そうかもしれん。となると、海帝獣の相手は相当に厄介だな……」

「ま、陸帝獣も空帝獣も強敵だったからねえ。当然と言えば当然かも」


 そう言っていると、船の後部から足音が響いてきた。

 船員を連れて、システィーナさんが戻ってきたようである。


「さて、ひとまず港へ戻りますか!」

「そうね!」


 こうして俺たちは、ひとまずバレスカへと帰還するのだった――。


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