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底辺戦士、チート魔導師に転職する!  作者: キミマロ


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第百九話 海の主

 穏やかな夜のこと。

 月影に照らされた海を、大きな船が波を切って進む。

 その甲板の先端に、白い衣をまとった少女が座っていた。

 テスラである。

 彼女は青い髪をかき上げながら、水平線の彼方を見やる。


「海鳴り岩はまだ?」

「あと二時間ほどはかかる」


 すぐさま、テスラの脇に立っていたファウードが答えた。

 彼はそのままテスラの方へと向き直ると、笑いながら提案する。


「どうかね? それまでの間、最後の晩餐でも?」

「いらない」

「いいのか? 思い出になるように、特上の料理を用意したつもりだが」


 心配そうに語り掛けるファウード。

 その顔は、一見して優しさに満ちていたが……裏を隠せていなかった。

 瞳の奥に、仄暗いものが見え隠れする。

 大方、これから死ぬ少女の顔でも肴にするつもりだったのだろう。

 

「それより、少し下がって。一人でいたい」

「わかった、いいだろう。だが、くれぐれも逃げようなどとは考えるなよ」

「それをするなら、最初から志願しない」


 すっぱりと言い切ったテスラ。

 その迷いのない声に、ファウードは満足げにうなずいた。

 彼は警備の冒険者に見張りを言いつけると、そのまま船室へと戻る。


「やっといったぜ。やれやれ、雇い主さんの悪趣味にも困ったもんだな」


 ファウードが船内に戻ったところで、冒険者の男がため息をついた。

 彼はテスラに歩み寄ると、気安い様子で話かける。


「あんた、魔導師なんだって?」

「ええ」

「大方、海の主を倒すつもりなんだろう? 生贄になるふりをして」

「さあ」


 冒険者からの問いかけに、テスラはあえて気のない返事をした。

 すると彼は、おどけたように笑って言う。


「とぼけても無駄さ。もし本当に生贄になるつもりなら、そんなに冷静じゃいられねえよ」

「人による」

「そんなことはないさ。どんな剛の者だって、いざ命の危機となると震えるもんだぜ」


 何かしらの経験があるのだろうか。

 男の言葉は確信に満ちていた。

 その厳しい雰囲気に、テスラはふうっとため息をつく。

 下手なごまかしは通用しそうになかった。


「……ええ、倒すつもり」

「やはりな。だが、やめておいた方がいい。海の主は人間の手に負える相手じゃない」

「見たことあるの?」

「ああ。乗っていた船が襲われてな。ちょうど、奴が暴れ始めた頃のことだ」


 男の眉間に深いしわが寄った。

 テスラの目つきが、にわかに鋭くなる。


「何を見た?」

「とてつもなくデカい影だ。乗っていた船よりも、二回りはデカかった。その上、目の部分が光っていてな。気味が悪いことこの上なかったぜ」

「もっと詳しく」

「それ以上はわからねえ。気が付いたら、船がひっくり返ってたからな。溺れないようにするので精いっぱいで、怪物の顔なんぞ拝んでる余裕なかったぜ」

「そう」

「だが一つ、間違いなく言えることがある。あいつはとんでもない化け物だ。あの光る目を見た時、身体の底から寒気がしたからな」


 そう言う男の声は、小刻みに震えていた。

 背筋が丸まり、筋肉質の体がひどく小さく見える。

 顔色も相当に悪かった。

 しかし、テスラはそんな彼の様子を見ても動じることはなかった。

 

「よくわかった」

「よ、よくわかったって……あんた、逃げようとかは思わないのか?」

「ええ」

「殺されちまうぞ? 悪いことは言わねえ、逃げな。俺がうまいこと逃がしてやるぜ」


 男は近くに置かれていた樽を、コンコンと叩いた。

 彼はそのまま樽の蓋を開くと、空っぽの中身を示す。


「ここから海流に乗れば、大陸西岸のどこかに漂着する。魔導師のあんたなら、陸にさえつければ生き延びることは簡単だろう。さ、こっちだ」

「行かない」

「どうしてだ?」

「信じてる。自分の――いえ、自分と仲間たちの力を」


 声の大きさこそ小さかったが、テスラははっきりとした口調でそう言い切った。

 言葉の端々から滲む思いの強さ。

 男はそれに気圧されつつも、顔に疑問符を浮かべる。


「仲間?」

「そう。そろそろ来る」

「来るって……うおッ!?」


 船が揺れた。

 テスラと男はすぐさま手すりにつかまると、海面を見やる。

 すると先ほどまで穏やかだった海が、白波を立てて荒れていた。

 いつの間にか、空にも雲が湧いている。

 迸る青い閃光。

 それに遅れて、腹の底を揺らすような雷鳴が響く。


「ちいっ! もう海鳴り岩の近くまで来ちまったか!」


 飛沫に顔を濡らしながら、男が叫ぶ。

 海流に乗った船は、そのまま勢いよく嵐の中へと突き進んでいった。

 にわかに甲板が慌ただしくなり、船員たちが右へ左へと奔走する。

 ロート商会がかき集めた、歴戦の船乗りたち。

 そんな彼らをもってしても、この嵐を乗り切るのは大仕事であった。


「テスラ殿! 大丈夫ですかな!?」


 しばらくして、船室からファウードが出てきた。

 吹き付ける雨風に顔をしかめながら、彼はテスラに呼び掛ける。

 するとテスラは、嵐の最中だというのに落ち着いた様子でうなずいた。

 身体強化を自らに掛けた彼女は、揺れる甲板の上でもしっかりと踏ん張っていたのだ。


「さすが、一流の魔導師は違いますなあ!」

「それより、海の主のところにはいつ到着」

「もう間もなくですぞ! 海鳴り岩は嵐のど真ん中にありますから!」

「この船、それまで持つ?」

「それはご心配なく! この船は、見た目以上に頑強ですので! 何せ、建造に五億もかかっておりますからな!」


 こんな時だというのに、自慢げに笑うファウード。

 そうしているうちにも、雨風は激しさを増していった。

 やがてそれがピークに達したところで、黒々とした巨大な影が現れる。


「山か!?」

「馬鹿な、こんなところに島はないぞ!」

「違う。これは……!」


 顔をこわばらせながら、影を見上げるテスラ。

 すると――。


「誰だ、我が領域に踏み込むものは!」


 暴風雨を貫き、おぞましく寒々とした声が響いた――。

 

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