第十話 もう戻らない
「グラア……!」
こちらを見据え、気合十分とばかりに目を輝かせるドラゴン。
その口は大きく裂け、無数に連なる牙が白く光る。
人間の体など、あの中に飲み込まれたらほんの数秒でミンチになることだろう。
骨だって、粉みじんに砕かれるに違いない。
「いくぞ……とらあッ!!」
――この戦い、先手を取った方が有利だ!
そう判断した俺は、地面を蹴って前に飛び出した。
そしてドラゴンの横顔を狙って、思いっ切り拳を繰り出す。
極限まで身体強化の掛けられたそれは、ドラゴンの巨体をわずかながらに揺らした。
「嘘……ッ!!」
「マジかよ」
ソルトウィングの面々は、俺を見上げて唖然とした顔をした。
俺の拳がドラゴンを揺らしたという事実が、まったく信じられないらしい。
ぽかんと開いた口が、少しだらしないぐらいだ。
「よしッ!」
攻撃がとりあえず通用することを確認した俺は、ニッと笑みをこぼした。
まずは第一関門クリアだ。
後はドラゴンの攻撃をかわしつつ、打撃を食らわせて行けば――
「グオオッ!」
「おっと!?」
身を起こしたドラゴンが、口から白い弾を吐き出した。
たちまち、先ほどまで俺が立っていた場所の地面がえぐり取られる。
風の塊か!
爆発にやや遅れてゴウッと唸るような音を耳にした俺は、白い弾の正体をそう捉えた。
「オオオオンッ!!」
ドラゴンは次々と白い弾を放った。
自らの巣が荒れようが、宝の山が吹き飛ぼうがお構いなしだ。
ダメージを与えた俺のことが、よっぽど気に食わないのだろう。
「大人しくなれ!」
「グラア!」
高く高く跳び上がった俺は、今度はドラゴンの背中に思いっ切り蹴りを入れた。
見上げるような巨体が、ほんの一瞬だがえび反りになる。
しかし、頑強な鱗と強靭な筋肉に阻まれ、背骨にダメージを与えるまでには至らない。
「威力不足か!」
そのことを実感すると同時に、ドラゴンの尻尾が飛んできた。
とっさにかわそうとするが、速すぎて避けきれない。
とっさに受け身の体勢をとると、そのまま壁までブッ飛ばされる。
「ぐッ……! こうなったら、魔法でブッ飛ばすしかないか。でも、それをやったら……」
かなり広々しているとはいえ、ここはあくまでも洞窟の中だ。
さっきのような派手すぎる魔法を打てば、たちまち天井や壁が崩落してしまうだろう。
仮にそうなったとしたら、テスラさんはともかく他のメンバーが危険だ。
「……すげえ」
「何でラースが、こんなことに……」
周囲を見渡せば、ソルトウィングのメンバーたちはまだ呆けたような顔をしていた。
こいつらを移動させるのは、後しばらくは難しそうだ。
こうなったら、出来るだけ周囲の被害を抑えつつ魔法を打つしかない。
一体どうやれば、それが出来るのか。
脳みそを、ここぞとばかりにフル回転させる。
「……そうだ、こうなったら!」
あることを思いついた俺は、一気にドラゴンの懐へと向かった。
たちまち、肉を引き裂かんと爪が振り落とされる。
それをすんでのところでかわしていくと、ドラゴンの腹めがけて拳を突き上げる。
そして――
「零距離魔法! ファイアーブロー!!」
威力を可能な限り抑えたファイアーボールを、拳に纏わせる。
たちまち、腕全体が青白い炎に包まれた。
よし、上手くいった!
そう直感した瞬間、振り切った拳がドラゴンに突き刺さる。
炎の熱で焼かれた鱗は、先ほどまでの頑強さが嘘のように呆気なく割れた。
たちまち拳が肉にめり込み、内側から焼いていく。
「グオオオオッ!!!!」
痛みに震え、絶叫を上げるドラゴン。
俺は熱量を上げると、ドンドンとその身体を焼いていく。
こうして数分が過ぎたところで、流石のドラゴンも動かなくなった。
力なく崩れ落ちた巨体から、すぐさま遠ざかる。
気が付けば、肉の焼ける臭いが洞窟の中全体に漂っていた。
「よくやった。良い魔法の使い方」
ひょっこりと姿を現したテスラさんが、すかさず俺を褒めてくれる。
苦し紛れの手だったけど、なかなか評価は高かったらしい。
仮にもSランクのテスラさんに褒められて、俺は少しばかり鼻が高くなる。
「ありがとうございます!」
「これで、あなたもドラゴンスレイヤー。一人前の魔導師の仲間入り」
「ははは……俺なんて、まだまだですけどね」
「戻ったら、一度本格的に訓練。この依頼で、あなたのだいたいの特性が分かったから」
「あー、なるほど。特性を詳しく見極めようとして、最初からこんな依頼を……」
「ええ。実戦で見るのが一番」
そう言うと、ふふッと笑うテスラさん。
俺の魔導師修業は、まだまだこれからのようだ。
もっともっと頑張ら――ん?
「ラース! 凄いじゃない!」
いきなり、リルが大きな声で話しかけて来た。
いつの間にか、唖然とした状態から再起動を果たしていたらしい。
彼女は営業スマイル全開で俺に近づいてくると、おもむろに手を握ってくる。
「アンタって、本当は凄い奴だったのね! 見直したわ!」
「ああ、ありがとう……」
「そこで! 私たちのソルトウィングに戻ってこない? 今のあんたが加われば、うちもAランク……いえ、Sランクを狙えるわ!!」
「……はい?」
さっぱり、訳の分からない論理展開だった。
と言うか、今の俺は魔導師だってさっきから散々言わなかったか?
どうしてそれが、再びソルトウィングに所属するなんて話になるのだろうか。
「いや、今更戻るなんてありえないから」
「どうして? 分け前もみんなと同じにするし、もう仲間外れになんかしないわ! 雑用だって、しなくていい!」
「そんなこと言われたってな……」
「戻って来てよ! このパーティーが、あんたの居場所でしょ?」
さあさあと手招きをするリル。
ソルトウィングが俺の居場所……か。
そんなの、まったくの嘘じゃないか。
どこへ行くにも仲間はずれで、俺だけ宿ではなく馬小屋に泊まる羽目になったなんてこともある。
そんな扱いをするパーティーが、俺の居場所のはずがない。
「……嫌だ、戻らないよ」
「勝手に出て行ったのを、もう一度入れてあげるって言ってるのよ! 戻りたくないわけ!?」
「ああ、絶対に! だいたい――」
俺はそう言うと、視線を下げてリルの腰のあたりを見た。
恥ずかしいだろうから、本当は指摘しないでおこうかと思ったけど……。
こうなっては、言ってやるより他は無い。
「お漏らしした状態で、人を仲間に誘うんじゃない!!」
ドラゴンの迫力が、よほど恐ろしかったのだろう。
リルのズボンは、水が滴るほど濡れていた――。