第百八話 嵐の中へ
「テスラ、アンタ本気?」
「ええ」
シェイルさんの問いかけに、テスラさんは平然とした顔でうなずいた。
その目に迷いはなく、口調も力強い。
「この街の人間でない私なら、揉めないはず」
「それはそうだが……よそ者を犠牲にするわけには……」
良心が咎めるのだろう。
メリージャさんは若干のためらいはありつつも、テスラさんの申し出を断ろうとした。
だが一方のファウードは、パチンッと指を鳴らして実にいい笑顔をする。
「素晴らしいではないか! 美しき乙女の献身、気に入ったぞ!」
テスラさんに近づくと、手を差し出し握手を求めるファウード。
その肥え太った指を、テスラさんは軽く握った。
「早速、船の準備をしよう。今夜には迎えに来る」
「お、おい!」
「ではな! 協力、感謝するぞ」
それだけ言い残すと、ファウードは悠々と部屋を出て行ってしまった。
あとに残された俺たちは、すぐさまテスラさんの方を見やる。
「本当に良かったのか?」
「ええ」
「アンタのことだから、大方、生贄になるふりをして海の主を倒すつもりなんだろうけど……間違いなく危険よ?」
不安をあらわにするシェイルさん。
テスラさんは強い、それは俺たちも良く知っている。
彼女に敵う存在なんて、大陸中を探してもなかなかいないだろう。
しかし、海の主は全く未知の魔物だ。
黒魔導師も暗躍していることだし、実際にどれほどの敵なのかは会って見ないとわからない。
「それは承知の上」
「ですけど……」
「信じてる」
「はい?」
テスラさんの言葉に、俺は思わず首を傾げた。
いったい何の話だろう?
目をぱちくりとさせていると、テスラさんはふっとため息をつく。
「……私はみんなの力を信じる。絶対、海の主を倒せる」
「なッ……!」
冷静なテスラさんにしては珍しい、感情が強く表に出た言葉。
その気迫に、俺たち四人は圧倒されそうになった。
それと同時に、忘れかけていた自信が戻ってくる。
そうだ、俺たちはこれまでだって強力な敵を倒してきたじゃないか。
悪魔フォルミードしかり、陸帝獣しかり、エルゴラゴしかり……。
たとえどんな敵が出てこようが、そう簡単に負けたりはしない。
「そうだな。確かにその通りだ」
「テスラもたまにはいいこと言うじゃない」
「たまには余計」
「まぁでも、信頼してもらえて嬉しいです。俺、頑張ります。テスラさんには、指一本振れさせません!」
親指を持ち上げると、力強く宣言する。
俺に続いて、シェイルさんたちもまた深々とうなずいた。
仲間にこれだけ信頼されたら、それに応えないわけにはいかないものな。
シェイルさんたちの眼には、強い決意が籠っていた。
「そうと決まったら、準備をしないと!」
「我々も協力させてもらおう。ロートの船の場所なら、既に把握している」
「ホントですか? ありがとうございます!」
「礼には及ばぬ。むしろ、危険な任務となってしまって申し訳ない。完全に私の力不足だ」
そう言うと、メリージャさんは俺たちに向かってゆっくり頭を下げた。
ほとんどファウードが悪いというのに、ずいぶんと殊勝な態度である。
こういうところもまた、彼女がのし上がってこれた秘訣なんだろうな。
「任せてください。こう見えても俺たち――」
一拍の間。
俺はゆっくりと口角を持ち上げ、もったいぶってから言う。
「滅茶苦茶強いですから」
――〇●〇――
「ふう……みんな、大丈夫ですか?」
樽の蓋を持ち上げると、すぐさま呼び掛ける。
近くの樽が揺れて、シェイルさんたちが次々と返事をした。
どうやら、全員無事に潜り込めたようだな。
俺はほっと一息つくと、ゆっくり樽から外に出る。
「うまく行ったわね」
「ええ。チェックとか全然ありませんでしたからね」
シェイルさんの言葉に、軽くうなずく。
俺たち四人は、樽の中に隠れてテスラさんが乗り込んだ船へと潜入していた。
システィーナさんも、一緒である。
あの後ひょっこり戻ってきた彼女だったが、俺たちが事態を説明すると即座に同行を申し出たのだ。
何やらいろいろと準備をしていたようなのだが、こうなっては間に合わなかったらしい。
「匂いますわね」
「ああ、ひどいな」
どうやら、今いるのは船の下層に位置する船倉らしい。
床は湿り、壁や天井には蜘蛛の巣が張っていた。
どことなく、すえたようなにおいもする。
「不潔ですわ。早く外に出ましょう」
「そうね。ラース、周囲に人の気配は?」
「ないですよ、行きましょう」
船倉の入り口にたどり着くと、扉を引っ張る。
すると面倒なことに、外からしっかりと鎖が掛けられていた。
力づくで破ってもいいが、音が心配だな……。
そう思って動きを止めると、すかさずツバキさんがささやく。
「私に任せろ」
「お願いします」
刹那、閃く刃。
正確無比な一撃が、扉を縛っていた鎖を裂いた。
シャランッと小さな金属音。
それと同時に、扉がゆっくりと開く。
「さすが。あんた、また腕を上げたんじゃない?」
「日々鍛錬しているからな。多少なりとも強くなっていなくては困る」
ゆっくりと扉を開き、周囲に人がいないことを確認する。
こうして通路に出た俺たちは、すぐさま甲板を目指して移動を開始した。
するとここで、船体が大きく揺れる。
雷鳴が轟いた。
どうやら船の外は、ひどい嵐になっているようだ。
「目的地は近いみたいですね」
「ああ」
海の主が住む海鳴り岩は、年中嵐が吹き荒れる海の難所だという。
この船はもう、その海域に入りつつあるのだろう。
揺れに揺れる船体がそれを物語っていた。
「急ぎましょう!」
「ええ、時間がないですわ!」
こうなれば、多少音が出ようとかまわない。
俺たち四人は、テスラさんのいるであろう場所を目指して走り出すのだった――。




