第百六話 船
「海の主を退治するのに協力して欲しい……ですか」
メリージャさんの言葉を反芻する。
海の主と言えば、船を足止めしている魔物のことである。
街で起きている争いも、もとはと言えばこいつが原因だったはずだ。
俺たちとしても、それを倒すことに異存はない。
船が動かないことには、東の国へも渡れないからな。
「構いません。元よりそのつもりでしたから」
「それはありがたい。既に支度は整っておるゆえ、そなたたちさえよければ明日にでも出かけられるぞ」
「助かります。俺たちも、早く船が動いてくれないと困るので」
「ほう。ここから海を渡るつもりだったのか」
「東へ向かう」
テスラさんの言葉に、揃って同意する俺たち。
すると、その表情から何かを読み取ったのであろうか。
メリージャさんは目を細め、興味深そうな顔をする。
「理由はわからぬが、ずいぶんと急いでおるようだな」
「ええ。一刻を争います」
「ならば、今回の報酬として船を与えるというのはどうであろう? この港で最も速いと言われる船を、ちょうどわらわが所有しておるのだ」
「おお!!」
渡りに船とは、まさにこのことか。
願ってもなかった申し出である。
俺たちは互いに顔を見合わせると、一も二もなくその提案にうなずく。
「ありがとうございます! ぜひ、それで!」
「うむ。わらわとしても、手に入れたはいいが忙しくて使う暇がのうてな。そなたたちが役立ててくれるのならば、船にとってもそれが幸せであろう」
そう言うと、メリージャさんは満足げにうなずいた。
彼女はパンパンと手を叩くと、脇に控えていたフォムさんたちを再び呼び寄せる。
「そうと決まれば、今宵はここでゆるりと休むがよかろう。ここには最高級の宿泊設備もあるからな」
「ありがとうございます」
「ではこちらへ」
フォムさんたちに連れられて、部屋を後にする。
こうして寝室にたどり着いた俺は、旅の疲れもあってぐっすりと眠ったのであった――。
――〇●〇――
「大変です!!」
翌朝。
ベッドの中で心地よくまどろんでいると、不意に甲高い声が聞こえてきた。
フォムさんのものである。
いったい何が起きたというのだろう?
ひどく慌てた様子のそれに、ぼんやりとする頭を無理やり覚醒させる。
「……どうしたんです?」
「その、用意していた船が……何者かに……!」
「船?」
「はい! 詳しく説明しますので、こちらへ!」
フォムさんに連れられて、そのままメリージャさんのいる広間へと向かう。
すると、既にテスラさんたちも集まっていた。
俺と同様に、寝ていたところを叩き起こされたのだろう。
細められたテスラさんの眼は、何とも眠そうであった。
「それで? いったいどういうことなわけ?」
大きなあくびをこぼしながら、シェイルさんが尋ねる。
まだ寝足りないのだろう、その声にはやや棘があった。
彼女から鋭い視線をぶつけられたフォムさんは、少し焦りつつも答える。
「実は、海の主の元へ行くために用意していた船が破損しまして……」
「何ですって? それってもしかして、昨日言ってたこの港で一番速い船ってやつ?」
「はい。修理は可能ですが、少々時間がかかりそうでして……」
「やれやれ。とんだ災難だな……」
額に手を当て、うんざりした顔をするツバキさん。
するとフォムさんは、顔を下に向けて苦々しい表情をする。
「それが、災難とも言い難くて……」
「ロートの仕業か」
言葉をかみしめる様に、メリージャさんが言った。
フォムさんの頭が、小さく縦に振られる。
細められたその目からは、悔しさがにじんでいた。
「うかつでした。連中はどうやら、港の管理者にまで手を回していたようで……」
「過ぎたことは致し方あるまい。問題は、これからどうするかだ」
「その海の主ってやつがいる場所までは、遠いの?」
深刻な顔をするメリージャさんに、シェイルさんが尋ねた。
その気になれば、ちょっとした乗り物ぐらいなら俺たちでいくらでも用意できるからだ。
すると彼女は、力なく首を横に振る。
「かなりの距離がある。しかも、主の住処は海鳴り岩と呼ばれる難所でな。年中嵐が吹き荒れている上に、海流も速い。たどり着くには、熟練の船乗りと大船が必要だ」
「なるほど。それじゃ、飛んでいくのも難しそうね……」
「船の修理には、どれぐらいかかりそうなんですか?」
「急ぎますが、一週間はかかるかと」
「だいぶですね」
ここで一週間の足止めは、先を急ぐ俺たちにとってかなり痛い。
本来なら、今日か明日には東へ向かう船に乗っているはずだったのだから。
「テスラさん、土魔法で船の修理はできませんか?」
「無理。専門の技術が必要」
「ですよね。メリージャさん、どこかほかから船を借りることはできないんですか?」
「主だった船主には、既にロートが手を回しているだろうよ」
「…………仕方ありませんわねぇ」
俺たちがうんうんと唸っていると、システィーナさんがやれやれとばかりにつぶやいた。
そして――
「わたくしに任せてくださいまし。船を用意してまいりますわ」
「そんな当て、あるんですか?」
「ええ。本当はあまり使いたくなかったのですが、とっておきが」
それだけ言うと、にっこりと笑うシスティーナさん。
その表情は、何やらずいぶんと自信ありげだった――。
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