第百五話 歓楽街の女帝
「すご……!」
ルーミアに引っ張られ、歓楽街を進むことしばし。
たどり着いた先は、宮殿を思わせるほど豪奢な大建築であった。
そこかしこで煌めく色とりどりの魔法の灯。
入り口に立つ着飾った美女たち。
見ているだけで圧倒され、浮世を忘れてしまいそうなほどの光景だ。
俺だけでなく、テスラさんたちまでもがうっとりとした顔をする。
「大したものだな、これは」
「ええ、本当ですわねぇ」
「絢爛豪華」
「こりゃすごいわ」
口々に感想を漏らすテスラさんたち。
それを見たルーミアが、自慢げに胸を反らす。
「このフィオーレは、バレスカで一番の超高級店ですから。大陸全体で見ても、ここ以上の店はないと思いますよ」
「それはまた。ちなみに……一晩いくらぐらいなんです?」
「ラース? あんたまさか」
「不潔」
「違いますよ! ただ、少し気になっただけで!」
慌てて誤魔化す俺。
しかし、シェイルさんとテスラさんの表情は曇ったままだった。
システィーナさんとツバキさんもまた、言葉こそ発しないが生暖かい視線をこちらに向けている。
店を利用しようとか、そんなつもりはほんとになかったんだけどな……。
ただ、あまりにも豪華だったので料金が気になっただけで。
「最低で十万ルーツ。最高は……一千万ルーツほどでしょうか」
「一千万ッ!?」
「最高級の娼姫を何人か侍らせれば、それぐらいには」
「ほへーー……」
そりゃまた、何とも剛毅な話だ。
予想を十倍以上も上回るお値段に、変な声が漏れる。
俺も最近は金持ちになったが、それでもなぁ……。
一晩の遊びに一千万も使うなんて、想像だにできない。
「ささ、こちらへ! いま話を通してきましたから」
いつの間にか姿を消していたフォムさんが、俺たちの元へ戻ってきた。
彼女の手招きに従って、俺たちは恐る恐る店の中へと入っていく。
整列した美女たちが、たちまち満面の笑みを浮かべながら頭を下げた。
さらに奥へと進み、扉を開くと――そこはもう別世界。
黄金郷に迷い込んだかのような光景に、たまらず目を見開く。
外観も十二分に煌びやかだったが、内装はそのはるか上を行っていた。
「この階段を上った先の部屋で、オーナーがお待ちです」
「は、はい!」
「そんなに緊張せずとも大丈夫です。皆様は大事なお客様ですから」
そうは言われても、さすがにこんなところではなぁ。
俺は金の手すりが備えられた階段を、一段一段ゆっくりと昇っていく。
そうしてたどり着いた先にあったのは、これまた巨大な扉であった。
その両脇には美女が控えていて、俺たちの到着に合わせて扉を開いてくれる。
まさに至れり尽くせり、王侯貴族にでもなったかのような気分がした。
「おおお……!」
部屋に入ってまず目に飛び込んできたのは、たくさんの美女たちの姿であった。
しかも、全員が絶世のと形容していいほどの美貌を誇っている。
店の前に立っていた子たちもすごかったが……この部屋にいる女性たちはさらにすさまじい。
まるで大陸中から美女を厳選してきたかのようだ。
店の趣向なのか、スタイルも女性らしく凶悪そのもの。
メリハリの効いた豊満ボディに、思わず目を奪われてしまう。
「すんごいわね。よくぞまあこれだけ……」
「ここまで来ると感心」
女性であるテスラさんたちまでもが、感嘆した表情を浮かべた。
そうしていると、奥の扉がゆっくりと開く。
やがてその向こうから現れたのは、真っ赤なドレスに身を包んだ女性であった。
長い銀髪を揺らすその姿は妖艶で、大人の魅力に満ち満ちている。
さらにその佇まいは威厳にあふれていて、女帝と形容するのがふさわしいほど。
どうやら彼女が、この店のオーナーと見て間違いないようだ。
「この店の主のメリージャだ」
「こんばんは。俺は、ラースと言います」
「テスラ」
「私はシェイルよ」
「ツバキだ、よろしく頼む」
「システィーナでございますわ」
ゆったりとした仕草で頭を下げたメリージャさん。
優雅に微笑む彼女に、俺たちは口々に返事をした。
「そなたたちが、うちの店の者を助けてくれたそうだな。代表して礼を言おう」
「いえいえ、当然のことをしたまでです」
「その当然のことをできぬ者は多いのだ。今宵はもてなすゆえ、ゆっくりしていくがよかろう。ここには最上の酒も肴もあるから、女子でも楽しめるであろうよ」
「ありがとうございます」
「なに、これぐらいのことはせねばな」
胸元を反らせ、高らかに笑うメリージャさん。
それに合わせて、脇に侍っていた女性たちがそっと酒の入った瓶を持ってきた。
ポンッと気持ちのいい音がして、栓が抜かれる。
安酒とは明らかに違う豊かな芳香が、鼻をいっぱいに満たした。
「この香り……帝国の三十年物と言ったところですわね」
「なかなか詳しいのう。さよう、帝国の三十二年物だ」
「三十二年物……それ、一番希少なものじゃないですの! とんでもない値段がしますわよ!?」
驚いた顔をするシスティーナさん。
公爵令嬢である彼女が、ここまで動揺するなんて。
いったいどれほどの値段がするのか、想像するだけでも恐ろしい。
テスラさんたちも聞いたことがあるのか、目を丸くしていた。
「これだけのものを出してくるとは……ただの礼ではないな?」
「そうね。さすがにこれは怪しいわ」
「裏がある」
「ははは、そんなに怖い顔をしなくてもいいではないか。なに、そなたたちを魔導師と見込んで一つ依頼をしたくてな」
不意に、メリージャさんの目つきが険しくなった。
何となく嫌な予感がした俺は、すぐさま背筋を正す。
そして――
「海の主を倒すのに、協力して欲しい。報酬は望むものを用意しようではないか」
そう言って笑うメリージャさんの顔は、凄みに満ちていた――。




