第百話 虚無の袋
「……袋?」
洞窟の中央に聳える石の台座。
その平面の上に置かれていたのは、何の変哲もない袋であった。
むしろ、少し黄ばんだそれはみすぼらしくすら見える。
「……宝とはずいぶん小さなものなのだな」
「そうね。もっとこう、金銀財宝の山みたいなのを想像してたわ」
「俗物的」
がっかりした様子のシェイルさんに、テスラさんがぼそっとつぶやいた。
それを聞いたシェイルさんの顔が、たちまち赤くなる。
「べ、別にいいじゃない! まさか、あんな袋だけとは普通思わないわよ!」
「それはそう」
「中身、宝石とかなんですかね」
そう言うと、俺は賢者様たちの方へと視線を向けた。
すると宝物庫の中身を知っていたであろう賢者様と姫様は、互いに示し合わせたかのように微笑む。
「ま、確かめてみるがいい」
「そうだね。手を入れてみてごらんよ」
賢者様たちに促されるまま、台座へと近づく。
そして袋の口を開くと、そっと手を差し入れた。
すると――吸い込まれていく。
小さな袋の中に、腕が肩まで入ってしまった。
これはいったい……予想外のことに、驚いて目を見開く。
「何だその袋は!?」
「俺にもわかりませんよ!」
「空間……拡張されてる?」
「凄いアーティファクトじゃない!!」
興奮しきりと言った様子のテスラさんたち。
彼女たちは慌てて俺に駆け寄ると、すぐさま袋を大きく開いて中を覗き込んだ。
するとそこには――底なしの闇があった。
異次元がバックリと口を開けたかのようである。
「これは……」
「虚無の袋じゃ」
「虚無の袋?」
「さよう。その袋は、こことは次元の違う空間へと通じておってな。いかなるものをも封じ込めることが出来る」
そう言うと、賢者様は改めて俺たちの顔を見渡した。
その鋭いまなざしからは、ただならぬ熱量が感じられる。
「そなたたち、海帝獣に会うとか申していたそうだな」
「はい」
「恐らくは、海帝獣も空帝獣や陸帝獣と同様に闇の魔力によって冒されているだろう。浄化できれば良いが、もし手におえぬようであればこの袋に封じるがよい」
「……わかりました」
賢者様の重々しい言葉に、俺たちは揃って深くうなずいた。
すると今度は、姫様が口を開く。
「くれぐれも、無理はしない方がいい。無理をするとよくないって『予感』がある」
「何か、見えたんですか?」
「漠然とだけれど。悪いものがね」
それだけ言うと、姫様は言葉を濁した。
その目は昏く、光を失いかけていた。
いったい、どれほど恐ろしいものを見たらこのようなことになるのか。
想像しただけで、背筋が寒くなる。
「ま、とにかく大事にしてよ。その袋は、僕たち王家が代々に渡って守ってきた代物だ。小さな国が一つ、買えるぐらいの価値があるんだからね」
「任せてください」
少し声を震わせながら答える。
改めてそう言われると、さすがに少しばかり緊張した。
俺は袋を両手で持つと、大事に大事に懐へとしまい込む。
「よし、ではついでにこれもやろう」
「薬ですか?」
賢者様が懐から取り出したのは、香水でも入っているかのような小瓶だった。
中で金色に輝く液体が揺れている。
強い魔力が感じられた。
こいつはもしかして――
「魔力回復薬?」
「そうだ。わしからの礼だ、大切に使うがよい」
「ありがとうございます!」
深々と頭を下げる俺たち。
使いどころを選ぶが、こちらもまたとんでもなく有用な代物だ。
虚無の袋ほどではないにしろ、貴重な品でもある。
助けたお礼としては、十分すぎるくらいだ。
「ではいくがよい。わしも、賢者会議に掛け合って対策を練るとしよう」
「わかりました。行ってきます!」
賢者様に礼をすると、俺たち四人は宝物庫を後にしようとした。
するとここで、姫様がタンマをかける。
「あ、ちょっと待って!」
「何です?」
「出かけるなら、良い乗り物がある。荷物をまとめたら、城に来るといい」
「了解です。じゃあ、明日の朝にでも」
「一晩で準備が出来るのかい?」
「ええ。荷物はまとめてありますから」
東へと旅立つための準備は、既にある程度進めてある。
俺たちは驚いた姫様に対して、微笑みながらうなずきを返した。
もともと、姫様に言われなくても明日には出立する予定だったしな。
「そうかい。じゃあ明日の朝、正門前においで。支度をしておこう」
「ありがとうございます」
「……では皆さま、こちらへ」
会釈をしながら、そっと前に出てくるメイドさん。
俺たちは彼女の後に続いて、その場を後にするのだった――。
――〇●〇――
翌日。
荷物を背負った俺たちは、姫様の指示通りに城の前へとやってきていた。
良い乗り物とは、いったい何のことだろう?
そう思って待っていると、背後から大きな声が響いてくる。
「皆さまー! ちょっとお待ちくださいまし!」
「この声は……システィーナさん?」
慌てて振り返ると、そこには巨大な鞄を背負ったシスティーナさんの姿があった。
おいおい、まさかついてくる気なのか?
彼女の重武装ぶりに、俺たちは動揺して顔を見合わせた。
「待て待て、ついてくる気か?」
「そうよ、今回はさすがに危険すぎるわ!」
「無理はさせられない」
揃って否定する俺たち。
今回の旅は、危険度がこれまでよりもさらに高い。
いくら優れた魔導師だからと言って、公爵令嬢である彼女を連れて行くわけにはいかなかった。
第一、彼女にはこの国の軍属としての仕事もあるはずだ。
「あら、これは姫様の命令でしてよ」
「え? どういうことですか?」
「それは僕から説明しよう」
いつの間にか、姫様が俺たちの前に立っていた。
俺たちは慌てて、彼女に深々と頭を下げる。
「いいよ、そんなにかしこまらなくても」
「そういうわけには」
「姫と言っても、継承権なんてないに等しいんだけどね……。それよりシスティーナに来てもらったのは他でもない。君たちのために用意した乗り物を動かせるのが、彼女しかいなかったからだよ」
「……どういう意味?」
「説明するより見た方が早い。ちょっと待ってて」
そう言うと、姫様は再び門の向こうへと消えていった。
そして数十分後。
蹄の足音とともに現れた彼女の後ろには――。
「ユニコーン?」
白い毛並の美しい、霊獣の姿があった――。
記念すべき百話に到達しました!
これからもどうか、よろしくお願いいたします!




