第九十九話 宝物庫の中身
「ようこそ、おいでくださいました」
数時間後。
一休みした俺たちが城を訪れると、既にメイドさんが待ち構えていた。
この前、俺たちを案内してくれたのと同じ人である。
相変わらず人前では猫をかぶっているようで、冷たく落ち着いた口調と態度だ。
「賢者様は先ほど到着なされました。すでに、例の場所にてお待ちです」
「わかりました」
「ではこちらへ、どうぞ」
メイドさんに続いて、城の中を通り抜ける。
そして俺たちは、再び姫様の住まう塔へとやって来た。
一足先に浮遊床へと乗ったメイドさんが、くいくいと手招きをする。
「また、前みたいに落ちるの?」
「はい」
「また叫ぶ?」
「それはありません!」
テスラさんの言葉に、メイドさんの語気が強くなった。
客人である俺たちに素を見せてしまったのは、メイドとして相当に恥ずかしかったようだ。
鉄面皮がわずかながら崩れ、頬が紅潮している。
「とにかく乗ってください。姫様がお待ちです!」
「はーい!」
促されるまま、浮遊床へと乗り込む俺たち。
やがて全員が乗り込んだところで、メイドさんは懐から小さな青い石を取り出した。
それがにわかに輝くと同時に、足元の魔法陣がうごめく。
「それがカギというわけか」
「はい。本来は、このカギを使った場合のみ下層へと誘導されます」
「……前はどうして、下に行った?」
「わかりません。しいて言うと、ラース様の魔力が原因だと考えられます」
「俺の魔力が?」
小さくうなずきを返すメイドさん。
彼女はふっと息を吐くと、少し呆れたように言う。
「ラース様の魔力が大きすぎて、魔法陣が誤作動を起こしたようなのです」
「なるほど……そういうことですか」
「今日は大丈夫なの?」
「ええ。姫様が魔法陣を改良されましたので」
姫様が、ねえ。
この浮遊床に刻まれている魔法陣は、明らかに古代のものである。
それに手を加えるなんて、相当の知識と技術が必要だろう。
姫様は魔眼の力だけでなく、魔法の腕自体も凄いのかもしれない。
「では参ります」
メイドさんの声とともに、床が一気に下がり始めた。
こうして数十秒後。
無事に俺たちは宝物庫のある地下へと到着した。
相変わらず気味の悪い場所で、澱んだ空気に満ちている。
「さすがに、今回は何もなかったですね」
「当然です。あのような失態、二度と犯しません」
「声、震えてる」
「……余計なことをあまりおっしゃらないでください」
そうこう言っているうちに、俺たちは宝物庫の前までやって来た。
すると扉の前に、賢者様と姫様が並んで待ち構えていた。
彼らは俺たちの姿を目で捉えると、にこやかな笑みを浮かべる。
「少し遅かったの」
「あんまりレディーを待たせないで欲しいなぁ」
からかうような口調で言う姫様。
言葉とは裏腹に、何やらずいぶんと楽しそうである。
キラキラと瞳を輝かせたその様子は、さながら子どものようだ。
「……何だか、やけにワクワクしてません?」
「僕もこの宝物庫の中身は文献でしか知らなくてね。実物には少なからず興味があるんだよ」
「王族の方でも知らないんですか?」
「まあね。この宝物庫が作られたのは、この国が成立するずっと前のことだし。歴代の王ですら、ほとんど開けたことはないと思うよ」
王様ですら開いたことのない宝物庫か……。
そう聞いて、俄然、中身に興味がわいてきた。
巨大な石の扉の向こうに、いったい何が隠されているというのか。
自然と視線がそちらの方へと向けられる。
「宝物庫に入る前に、おぬしたちにはわしの魔法を受けてもらう。あくまで、儀式的なものじゃがの」
そう言うと、賢者様は俺たちの肩を杖でポンポンと叩いて行った。
杖の先端から、青い燐光が次々と降り注ぐ。
全身を弱い静電気のようなものが駆け抜けていった。
俺たちの身体を、魔力でもって入念に調査しているようだ。
「ではそなたたち、ここで誓いを立てよ。誓って、闇に連なるものではないか?」
「……ありません」
文言の指定などされていなかったが、自然と全員の声が揃った。
もしかしたら、これも魔法の効果なのかもしれない。
俺たちの返事を聞いた賢者様は、ふむふむと満足げにうなずく。
「よかろう。では、扉を開こう」
扉に手を押し当てると、賢者様は呪文の詠唱を始めた。
恐らくは、古代魔法言語によるものなのであろう。
その発音は独特で、俺の耳では何といっているのかさっぱり分からなかった。
さながら、風が唸っているかのようである。
やがてその音が途絶えると同時に、扉の上を光が駆け抜けていった。
振動。
巨大な扉が軋みを上げながら、ゆっくりゆっくりと動き出す。
「おおッ!」
「まぶしいな!」
「目に沁みる」
扉の隙間から、強烈な光が差し込んでくる。
朝日にも似たそれは、暗闇になれた俺たちには少々つらかった。
やがてそれに目が慣れてくると、扉の向こうに広がる景色がはっきりと見えてくる。
「神秘的」
「すごいな、これは……!」
「真っ白ですね……!」
扉の向こうに広がる風景。
それは、真っ白に輝く鍾乳洞であった。
壁や床を構成する石自体が光源となり、周囲を淡く照らし出している。
これはまた……大したもんだな。
金銀財宝とはまた違う輝きだ。
「目的のものは……あれじゃな」
鍾乳洞の中心。
天然の台座のように突き出した岩を見ながら、賢者様が言う。
俺もすぐさまそちらを見ると、そこには――。
「袋?」
えらくくたびれた布袋が、ぽつんと置かれていた――。




