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プロローグ 決別の日

「あんた……かれこれ、何年戦士をやってたっけ?」


 緑の醜悪な子ども――ゴブリンを踏みつけにしながら、少女が言う。

 その青い瞳は、俺のことをこれ以上ないほどに見下していた。

 怒り、侮蔑、そして哀れみ。

 あらゆる負の感情が混ざり合いながら、俺に向かって冷たく刺さる。

 

「……三年」

「そう、三年よ! 戦士になってそんなに経つのに、ゴブリンに殺されかけるってどういうわけ?」


 ゴブリンの死体を、足で動かしながら少女は問いかける。

 ゴブリンはこの森において最も弱い魔物。

 戦士としてまともに訓練して居れば、一週間ほどで倒せるようになるはずの相手だ。

 年単位で戦士をしていてゴブリンに勝てないやつなんて、俺ぐらいしか居ないに違いない。


「それは……」

「もう良いんじゃないか、リル。ラースがしょぼいのなんて、いつものことだろ」

「そうそう。こいつは解体と荷物運びぐらいしか出来ないんだから」


 後からやってきた男女が、笑いながら言う。

 レインとイルマ。

 先ほどから怒っているリルと同じ、俺のパーティーメンバーだ。

 彼らは俺の目の前に猪のような魔物を置くと、さあやれとばかりに顎をしゃくる。

 その召使でも扱うような仕草に、気分が悪くなる。


「急げよ、街に戻ったら祝勝会をやるんだから」

「久々の大物だからねー、酒場を貸し切っても金が余るわよ!」

「あ、ラースの席は無いから。まあ言うまでもないか」

「一人でなんか食べててよ。ほら、今日の分」


 そう言うと、イルマは銅貨を何枚か投げてよこした。

 依頼の分け前としては、あまりにも少ない額だ。

 きちんと等分すれば、この十倍はあるだろう。

 解体の手間賃だけにしたって、ギルドで頼めばもっとかかる。

 荷物運びも入れれば、尚更だ。

 ろくに戦ってないとは言え、あまりのひどさに顔が歪む。


「何だよ、その目は」

「生意気ねー。そんな顔したって、お金は増やさないわよ」

「……こいつのしけた顔なんて見てても、仕方ないわよ。早く行きましょ!」

「そうね!」


 そう言って、カラカラと笑う三人。

 そのあまりにも無邪気に見える笑みに、俺の中で何かがキレた。

 三年間、心の底に押し込めていた感情が一気に込み上げてくる。

 噴き上げるマグマのようなそれは、たちまち俺の口をついて飛び出した。


「……やめる!」

「何? 聞こえなかったわ」

「やめるんだ、このパーティーを!!」


 俺の思い切った宣言。

 それは、静かな森に実に良く響いた――。

 

 ――○●○――

 

「それで、『ソルトウィング』から脱退したいと……」


 俺が事情を説明すると、受付嬢は何とも感慨深げな表情をした。

 しかし、その表情に驚きはない。

 どうやら、俺がいずれパーティーを脱退すること自体は想定していたようだ。


「かしこまりました。お話を聞く限り、ラースさんが脱退なさるのも当然だと思います。しかしながら……次のパーティーを見つけることは、かなり難しいと思いますよ」

「俺もそれはよく分かってます。なので冒険者自体を辞めて、新しい職に就こうかと」


 そう言うと、受付嬢は少なからずほっとした表情を浮かべた。

 そして、やや食いつき気味に言う。


「でしたら、ギルドに入りませんか? ラースさんの丁寧な仕事ぶりは、職員の間でも評判だったんです!」

「俺の仕事が?」

「はい! 薬草は常に最上品質でしたし、街の掃除をするといつもピカピカ! 解体の腕も抜群でしたし」

「はあ……」


 ありがたいことなのだろうけど、そこを褒められてもという気がしてしまう。

 薬草採取も清掃も解体も、まともに戦闘が出来ないからこそ覚えたスキルだ。

 やはり戦士としては、強さを褒められたい。

 まあ……ゴブリンに苦戦しているようではとても無理だけれどもさ。


「……ギルドに入ると、冒険者と顔を合わせることになりますよね?」

「そうですね。どの職員も、一定時間は受付を担当しますので」

「正直、俺って他の冒険者たちから受けが悪いからなぁ……」

「あー……確かに」


 戦士を三年もやっているのに、ゴブリンに勝てない男。

 そのあまりの弱さゆえに、俺はこのギルドの中では結構な有名人だった。

 そんな俺がギルド職員に転身したら、冒険者たちからどういう扱いを受けるか。

 想像に難くない。


「と言う訳で、少しギルドから距離を取ったところに就職します。上手く行ったら、また報告しますんで」

「……わかりました。冒険者を辞めた後でも、ぜひ気楽にお越しくださいね。この冒険者ギルドは、街の人たちのためのギルドでもありますので!」


 そう言うと、受付嬢はにっこりと笑った。

 さて、これから職探しをしなきゃな。

 丁稚でもいいから、どこか雇ってくれる商家とかあると良いんだけど……。

 俺は腕組みをすると、将来のことを考えながら歩き始める。

 すると――


「ラースさん、ちょっと待ってください!」

「何ですか?」

「せっかくですから、最後に職業適性を見て行きましょうよ! もしかしたら、三年の間に変化しているかもしれないので!」


 職業適性?

 耳慣れない単語に首を傾げる。

 そんなもの、今まで見たことないぞ。


「何なんです、その職業適性って?」

「あれ? ギルドに登録するときに確認しなかったんですか?」

「リルが戦士に決まってるって言って、そのまま受付の人もそれで通しちゃって」

「あちゃー……。まあよっぽど特別な才能でもないと戦士しか適性は出ないので、たまに確認せずに登録しちゃう人が居るんですよね……」

「おいおい、それどうなんだよ」

「装置を使うにも、結構お金がかかるんですよ。あ、今回は特別ですからね!」


 そう言いながら、受付嬢はカウンターの奥から大きな水晶玉を持ってきた。

 それを台の上に置くと、そのまま真剣な表情で覗き込む。


「しばらく動かないでくださいね!」

「ああ……」

「お、来ましたよ! これは…………うわッ!!」


 いきなり、変な声を出した受付嬢。

 彼女はそのまま、椅子から転げ落ちそうになった。

 なんだ、一体何が起きたんだ?

 俺はすぐさま、呆然とする彼女の顔を覗き込む。


「ど、どうしたって言うんだよ!」

「魔法適性です!」

「はい?」

「ラースさんは、魔法が使えるってことですよ! しかも最高のS適性ですッ!!」


 目を輝かせながら、興奮した口調の受付嬢。

 言っていることの意味は分からないが、何やらとんでもなく凄いことのようだった――。

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