第一章 七 戦利品
建物と建物の細い間を抜けると、少し開けた場所に着いた。地面には空き缶や何かの電子部品などが散らばり、建物の壁にはびっしりといろんな落書きがある。
「君、大丈夫?」
先ほどと同じ声だ。そう思い、顔を上げた蓮の目に映ったのは歩み寄ってくる一人の少女。隣の地区の中学校の制服に身を包んでいるので、おそらく蓮と同じくらいの年齢だろう。
「うん、傷は大体治っているみたいだね。」
蓮の肩の傷を見ながらそう診断する少女。ここで蓮は確信する。敵ではない、と。
「さっきはありがとう。正直死ぬかと思ったよ。」
肩の傷も、体に残ったほんのわずかな量の魔力の循環でふさがりかけている。跡は残っているがそれが消えるのも時間の問題だろう。
「あはは、特異者ってそう簡単に死なないらしいよ。特にS級は。まあ、まだ成長期で魔力の量が少ないからわかんないけど。」
「へ、へえ…。よく知ってるな。」
(まあ、フェグダからは成長期は魔力量が上限に達してないとは聞いたけど…)
「…てことは、君も特異者?」
魔力のことといい、特異者のことといい、そちらの方面に目の前の少女は精通しすぎている。つまり、それから考えられるのは彼女自身が特異者であるか、もしくは魔族であるということ。そして魔族とは思いたくない。
「うん、まあね。それにしても君、なんで魔族となんかと争ってるわけ? 魔力の量が少ないからあいつ
の動きについていける時間なんて限られてるのに。」
なぜかと理由を聞かれても蓮自身よくわかっていないから、答えることができない。
「…いろいろあってさ…。」
「ふうん。君も大変だね。」
その言葉に蓮は苦笑する。確かに大変だ。いろいろと。
「あっ、今思い出したけどさっき俺を逃がすとき、何したんだ? あれ、きみだろ?」
「うーん。詳しくは言えないけど…いやでも、君の特異能力も知っちゃったし私だけ教えないって不公平だよね。あー、でも教えるなって言われてるしな…。」
「教えられないならそれでもいいよ、別に。」
「そう? なんか悪いな。」
そう言ってうつむいて頭を悩ませる目の前の少女。
「あ、そういえば君これからどうするの?」
ぱっと顔を上げて思い出したように聞いて来た。
「実は…もう一度あそこに行こうかなと思ってるんだ。」
「えっ! どうして。今度こそ死んでしまうかもしれないんだよ。」
「行くって言っても、また戦うってわけじゃない。」
蓮だって時間が開けばまだしも、今からすぐに再戦というのは嫌だ。フェグダの驚異的な反応速度は、不意打ちですら防いでくる恐れがある。今から戦って勝てる気はしないのだ。
「俺さ、あいつと戦ってる間に武器落としちゃってさ。そいつを拾いに行かないといけないんだよ。いままでずっと大切に持っていたものらしいし、俺も今回あれに」
蓮が最終的にあれほどまで苦戦を強いられた原因がそれかもしれない。工場の屋根の上にあると思われるので、戦闘中に拾うこともできなかったのだ。
(あの時はただでさえ少ない魔力の節約が必要だったし…)
本来、降魔刀につけられたウルムニウム鉱石に触れておけば、絶対に魔力が枯渇することは無い。あの石自体が新しい魔力をどんどん生成してくれるからだ。
「…えっとそれって黒い刀のこと?」
「ああ。…戦いを見てるんだったな。」
フェグダは、蓮が今すぐに拾いに行かなければ刀を落とした場所に見当をつけて動き始めるかもしれな い。時間は一刻を争う。
「じゃあ、俺は行ってくる。」
微量ながら回復した魔力を脚部に集中させる。
「――待って。黒い刀なら私が持ってるよ。」
「え…。」
* * *
「あー、思い出した。確かに一年前に会ったな。」
蓮は吸血鬼フェグダとの戦闘も含めて思い出した。
「でしょ。よかった、思い出してくれて。でなきゃこれ渡せなかったもん。」
(ん?)
紫織が、持っていたバッグの中から長さ三〇センチメートルくらいの包みを出す。
「それは?」
「私が蓮に刀を返して別れた後に、落ちてたから拾っておいたの。」
言いながら紫織は包みの口を少しだけ開けて蓮のほうに向けてきた。
「周りに見られるとまずいから。よく見たいなら家で開けてみて。ちなみに中身はあの魔族の持ってた短剣。」
その言葉に蓮は驚きながらうなずき、包みを受け取る。
「なんで俺に?」
一年前に拾ったのであれば、蓮は知らなかったし渡さないという選択肢もあったはずだ。それをしない
ということは何か理由があるのだろうか。
「私、そういうのは使ったことないの。それにあの時に実際に戦ったのは蓮だし…。」
(飾っておくっていうのもありなんじゃないか? いや、女子でそれはないか。)
使わないからという理由に蓮は言いたいことがあったが、自分の中で答えを出して黙って受け取る。
ふと携帯端末に表示されている時間を見るとここに着いて一時間くらいたっていることに気づく。
「そういえば、結構時間たってたんだな。」
「まあ、思い出すのに時間がかかったから。」
となると、蓮が思い出している間ずっと座っていたことになる。
「なんか、ごめん。」
「いいよ~別に。渡したいものも渡せたから。」
「今、二時くらいだけどこれからどっか行く? 俺帰ってもすることないし。」
「え…。」
紫織は蓮の提案に真剣に考え始める。
「あー、いや無理しなくていいよ。」
「ううん。せっかくだし行こう。」
「あ、わかった。」
そこまで話すと、とっくに昼食は食べ終わっているのですぐに二人同時に立ち上がった。
「あれ、蓮ってここの場所詳しかったっけ?」
「…いや、全然。」
その返事に紫織はやっぱり、といった表情をして苦笑した。