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新世のラグナロク  作者: 緋島 奏
序章 新世のアスモディア
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第一章 五 初戦の時

 背中を工場の屋根に思いきりぶつけ、一瞬息が詰まる。蓮は肩で息をしながら目の前の魔族に目を向ける。


「へえ、あれ受けてまだ動けるんだ。…そこら辺の特異者とは違うってことか。」


 そんな魔族――吸血鬼の物言いに自然と笑みがこぼれる。


「ははっ、そんなんじゃねえよ。ちょっと気抜いたらまずかったし。」


 これは事実だ。さっきの攻撃をまともに受けて何とか動けるのも初撃からずっと気を張りつめていたからだ。


「まあ、速度も威力も半分以下に抑えてたし…耐えてくれないとね。」


 ん…ソクドモイリョクモハンブンイカニオサエテタ? 蓮は少し時間をかけてその言葉を変換し、自分の耳を疑った。あの驚異的な動きで全力の半分以下、そう確かに言ったのだ。そのことを知っただけで相手との力量差が推し量れた。結果は絶望的。

 だからと怖気づいて逃げることだけはしたくなかった。それに、逃がしてはくれないだろう。だから――

 蓮は降魔刀を支えに立ち上がる。


「でさ、お前何者だよ。さっきの動きなんて早すぎだろ。いや、聞きたいことはいろいろあるけどそんなことより…」

「そんなことより?」

「なぜいきなり襲い掛かってきた。それ相応の理由があるんだろうな。」


 蓮と長身の吸血鬼の瞳が交錯する。


「…まあ、そうだね。あるっていえば気は済むかい?」

「なわけないだろ。いきなり命が危険にさらされたんだぞ。とはいってもいきなり話してくれないよな。…あんた何者だよ。」

「ん? 君が何を知りたいのかはわかりかねるけど、ボクはただの吸血鬼さ。」

「そんなん見りゃわかる。俺が聞いてるのは名前とかだよ。」

「名前? 教える必要がないと思うけど。…ま、いっか。ボクは第一二真祖――フェグダ・チェストだ。」

「…真祖。貴族か。」

「まあ、そんなところだね。」


 まさか、吸血鬼の貴族とは。人生で初めての特異者としての戦いの相手が悪すぎる。

 吸血鬼の貴族は始祖と真祖の二つに分けられる。始祖は名前の通り吸血鬼の一族を繁栄させた純血の者たち。真祖は始祖の一族から分岐した、始祖を特殊能力以外でならば、始祖をも凌ぐ力を持った吸血鬼。動物を吸血鬼にする力の権限はこれら貴族という存在だけが持つ。


「…フェグダ、お前の目的は? なぜここにいる?」


 蓮は自分でもなぜこのようなことを聞いているのか理解できていない。だがそれでも、知ったところで現状は打開できないことはよく分かっている。


「目的? 決まってるじゃないか。《ミラ=マキシムダイト》つまりはウルムニウム鉱石を探していたんだよ。レーダーに魔力反応が出たからね。」


 後半はよくわからなかったが、大体は蓮が想像していた通りだ。元々魔族は魔族という種の持つ文明をさらに発展させるために、何光年も離れた宇宙からウルムニウム鉱石が含まれた隕石を追って地球にやってきた。そして、ウルムニウム鉱石を地球内で探す過程で事が進みやすいように人類及び生命体と地球支配という形を取り始めたのだ。


「それに、ここはボクの管轄の区域だしね。」

「…っ!」


 “管轄”という言い方から魔族が地球にやってきてからの支配の進み具合がうかがえた。吸血鬼は人員を分割してそれぞれがそれぞれの区域を支配するという方法で進めていくつもりらしい。


「で、その鉱石は見つかったか?」

「ああ、ボクの目の前に。それを譲ってくれないかな。」


 こちらも予想はしていた。だからこそ、はい分かりましたと柄につけられたウルムニウム鉱石を渡すわけにはいかない。この鉱石がないと刀の力の三分の一も引き出せないからだ。蓮はもし地球が支配されても我が家の家宝のような扱いを受けていた、この降魔刀だけはなにがあっても守るつもりでいた。


「あいにく、これを渡すと親に怒られてしまうんでね。」


 そう言い切って蓮は目の前の吸血鬼に向けて自分の右腕を突き出し、指を大きく広げた。青く煌めく火の粉が蓮の周囲を撒く。


「――つぁ!」

 周りの空気を一気に乾燥させるような熱気とともに青色の巨大な爆炎が掌から吹き出し、吸血鬼を襲う。蓮が手に集中させていた己の魔力を瞬間的に爆発力に変え、その姿を顕現させたものだ。実はこの力こそが特異者――伏柊 蓮としての力で、魔力操作が困難故に滅多に使わないものでもあった。

 蓮は素早く左手で降魔刀の鞘の部分を躰の前で固定し、純白の柄のを右手でつかんでゆっくりと刀を鞘から引き抜く。抜き終わると同時に刀の切っ先を吸血鬼に向けて構えた。

 その直後、音を立てて激しく燃えていた青い炎が少し膨らんだかと思うと突然、横に裂けた。


「…っ!」


 真一文字に切り裂かれた実体がないはずの蒼炎の残滓から垣間見える、左腕を真横に伸ばした吸血鬼の姿。その姿のどこにも火傷の跡はなく、衣服も全く焼けていない。


「なら……さよならだね。」


 その嫌に響く声を聞くや否や蓮は、傷を負わせることができなかったことに対する焦りと恐怖をかき消すように地面を蹴って、右腕に持った抜刀した降魔刀【八雲】で切りかかった。

 振り降ろされる中、陽光を受けて鋭く光を反射している漆黒の刀身に白銀の刃。境に浮かぶ荒々しい模様の刃紋。それらの姿には無駄な装飾は一切無い。

 しかし、吸血鬼――フェグダはあくまで冷静だった。両腕を腰に伸ばしてなめらかな動作でそこに提げられていた二本の短剣をそれぞれの手で引き抜くと、頭上から降ってくる降魔刀と自分の頭の間に左手の短剣を滑り込ませたのだ。


「な…!」


――ギンッ

 たったそれだけの動作で、降魔刀の半分以下の長さの短剣一本だけで、蓮の斬撃はあっさりと捌かれたのだった。

 刀を体の右側にはじかれてバランスを崩してできた蓮の隙を、吸血鬼が見逃すわけがなかった。吸血鬼は捌いた左腕を体で隠すように後ろに素早く回し、蓮との距離を詰めるように右足を前に踏み込んだ。ここからも動きに全くの躊躇がなかった。踏み込みと同時に左半身に引き付けていた右腕の短剣を、キレのある動きでがら空きの蓮の胴体を薙ぐように振るった。


(くっ。体がうごか…)

 その刃は乱れのない美しい弧を水平に描いて真新しい天時学園の夏の制服を切り裂き、その切っ先は蓮の腹部を切り裂いた。痛み。躰を巡っていた血液が傷口という隙間から流れ出る。


「…ぁ…。」


 蓮は声が出せぬまま斬撃の勢いで後方に体が飛ぶ。工場の屋根から落下しているのがわかった。視界の端で追撃のために動く死の影。二本の銀が迫ってくる。

 蓮は思わず目をつむった。

その刹那。周囲の空間に漂う魔力が細かく蠢き――全身を大きな衝撃波が突き抜けた。

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