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新世のラグナロク  作者: 緋島 奏
序章 新世のアスモディア
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第一章 四 過去

 次の日は晴れた。雲一つない青空だ。駅前に設置されている時計で時間を確認すると八時三〇分。まだ少し早いくらいだが、少しくらい待ってもいいだろう。一応、今日は遅れるといけないので早めに出てきていた。


「えっ…。」


 まだ時間までに三〇分近くはあるというのに駅の入り口のところに黒髪の少年が立っていた。上には襟付きのシャツに下はジーンズといった出で立ち。蓮だ。わざわざ確認しなくてもそれくらいは分かった。


「おはよう、蓮。待った?」


 対する蓮は少し前から気づいていたらしく、ゆっくりとこちらに体を向けた。


「少し待ったかな。でもまだ集合時間前だよ。」


 蓮のその言葉に紫織は苦笑する。


「それもそうだね。」


 紫織がわざわざ蓮を休日にこのような形で呼んだのには理由があった。転校してきたその日に言ってしまおうかとも思ったが、いかんせん時間が足りなかった。学校の休み時間などの短い間に話せるようなことではないからだ。


「まだ早いけどどこ行く?」


 少し暖かくなった気候に合わせるような薄手のワンピースを着ている紫織に蓮はそう聞いた。


「実はもう行く場所はもう決めてあるんだ。」

「へえ。そうなんだ。」

「電車で移動しよう。」


 紫織はそう伝えて駅の改札口に向かう。わざわざ電子切符は買わなくていい。学生は公共機関の使用は無料だからだ。


「それにしてもこれ便利だよな。」


 蓮はそう言いながら自分の電子学生証を通してホームに入る。


「そうよね。だから情報のやり取りとか全部こういうのでしたほうが早いんじゃない? って思うの。そのためにこのシステムも作られたんだろうし。」

「だからって、学生証まで機械にしなくても。」


 ここまでくるともう笑うしかない。何しろこんな会話が蓮とできるとは思っていなかったからだ。

 ホームに入ってきた電車に乗り、空いていた座席に向かう。


「そういえばどこまで行くんだ?」

「別に遠いところに行くんじゃないよ。電車だとすぐ着くところ。」


 そう話しながら座席に座る。


「へえ。いろんな場所知ってんだな。」


 そこまで言って蓮は特に気にするようなこともなく自然に二人掛けの座席の紫織の隣に腰を下ろした。


「そういうの抵抗ないんだ。まあ、私もそんなに気にしないんだけど。」


 蓮の行動を見てつい、心に思っていたことを口にしてしまう。


「ん? ああ。そういうわけじゃないよ。ただ、恥ずかしがってたらこれからもなんか話しづらくなるじゃん。」


 そういうものなのか。蓮は当たり前だ、みたいな顔をして言っているが紫織にはそこの感性がよくわからない。


「あ、もし嫌だったら言って。立つから。」


 紫織の考え込むような表情を見たからか蓮は慌ててそう付け加える。今日一日のことを考えて一緒に居づらくないように、という配慮かそれとも無意識なのかは紫織には判断できない。


「今立ったらそれこそ変だよ。それに…嫌じゃないし。」

「そっか、嫌われたんならどうしようかと思ったよ。」


 電車は一定のスピードで進んでいる。目まぐるしく変わっていく景色は普段見慣れているものと違っていて、電車をあまり使わない者にとっては新鮮な感じすらする。そしてそれはまた、紫織の心の中の様々な葛藤を助長しているようでも。

 電車は次の駅に到着した。


「いつ降りる?」


 蓮の質問に紫織は「次の駅だよ。」と短く答えて、頭の中で電車を降りてからのことをシュミレートする。紫織がこれから蓮と行こうとしているのはある大きな噴水公園だった。ここは面積が広いのにあまり人が来ない。誰の邪魔も入らないという意味では向かう場所としてはぴったりだった。

 考え事をしていると時間はすぐに経ってしまうらしく蓮に「紫織ー、降りるぞ。」と言われてしまうまでずっと自分の世界に入ってしまっていた。蓮に降りる駅を教えておいて正解だった。

 二人は駅を出て一緒に歩きだした。


「今更だけど行きたい場所とかある? 一応行く場所は決めてるんだけど蓮の希望とかも聞きたいし。」

「俺、ここら辺来たことないからわかんないしな…紫織に任せる。」


 噴水公園で話そうとしていることはそんなに明るい話ではない。そのことを蓮もわかっているはずだった。

 たまにお互い言葉を交わしながらしばらく歩いて目的地に着いた。一度周りを見渡してよい場所を探す。中央の巨大な噴水の横を通り抜けて木陰のテーブルの横の椅子に座った。

 蓮は黙って紫織の向かい側の椅子に座った。それから来る途中で昼食に買ってきたホットドックとジュースをテーブルの上に広げながら紫織は時間を確認した。十一時。


「そろそろ?」

「うん。…そんなに固くならなくてもいいんだけどな。食べ物とかつまみながらでいいよ。」

「ははは、わかった。」


 笑ってジュースを少しだけ遠慮がちに飲む蓮を見て紫織は口を開いた。


「蓮って一年前のことは覚えてる?」

「いきなりなんだ? 一年前?」

「うん。やっぱり覚えてないかな。私のこと。一年前に会っているんだけど。」

「…。」


 蓮は途端に黙り込んだ。思い出してくれるのなら話が早いのでそのほうがいい。


「黙ってても進まないから続けるよ。…今から約一年前、二四一七年の八月九日。その日も今日と同じように晴れてた――」


* * *


 蓮は、学校を出てそのままどこにも寄らずにまっすぐに家に帰る。


「ただいま。」


 蓮は家に入るなり、奥にいる母親にそう告げる。


「お帰り。今日はお父さんが早く帰ってくるってよ。」

「ほんと!?」


 少しの間何気ない会話をした後に二階の自分の部屋へ向かう。


「はあ、今日も疲れたー。」


 そう言って手に持っていたバックと少し長めの竹刀入れを降ろす。帰ってしばらくは中学校からの課題に手を付けない。ゆっくりしてからだ。制服のままベッドに寝転がる。


(今日は特異者が見つかるかな。)

 蓮は自分の周りの空間に意識を傾けた。そして空虚な空間に身をゆだねるような感覚に包まれた。これは最近いつも行っている自称「特異者探し」。数年前に自分が特異者だと知らされてからは認識しているものの、自分以外の特異者は見たことがなかった。特異者は周りの人間が持つ魔力を感じ取ることができる。その力を使ったのがこの「特異者探し」というわけだ。

 蓮がわざわざこんな回りくどいやり方で自分の「仲間」と言えるような存在を探しているのには理由がある。この時代、特異者は増えたといっても一般人の数と比べて特異者と呼べる人々は未だ圧倒的に数が少なかった。しかし彼らの一部は一般人と比較にならない量の魔力をほこり、特異能力も使えた。そのため、一般の人々は特異者自体を避けるようになる。不可思議な力を恐れていたのだ。

 そんな環境下ではどんなに優れた能力を持っていても生活が不便なことに相違なかった。暗黙の了解で特異者自体をタブーとして扱っている世界では自分が特異者であることを隠して生きるしかできなかった。それは誰一人として例外はなかったのだ。

 集中して自分と同じくらいかそれ以上の魔力の持ち主を探す。ここ一年くらい行っているがまだ数人しか見つけられていない。もともと特異者の中でも感知できるほどの魔力を持つ者自体少ないためそれだけでも奇跡といっていいほどなのだ。


(…っ!)

 いきなり意識内に入ってきたどす黒い魔力に驚き、蓮は意識を横たえた体へとを戻す。


「なんだ、さっきの。」


 自分の魔力とは明らかに比較にならないくらいの濃密で吸い込まれるような漆黒の魔力。今までに感じたことがないものだった。蓮はすぐにベッドから跳ね起きて床に放っていた長めの竹刀入れをひっつかむ。母親は普通の人間なので気づいていないようだ。この時には都合がいい。そして、母親に少しでかけて来ると伝えて家を飛び出した。この行動はなにか考えがあってのことではない。ただの好奇心だ。

 空間に集中しなくても感じることができるほどの膨大な魔力だった。道がわからなくなって迷うことは無いだろう。走っていくにつれて「それ」の存在は大きくなっていく。


(この建物の向こうか…。)

 すぐ近くまで来て蓮は一度立ち止まる。冷静になったのだ。自分の周りを見渡す。見たことがない建造物が並ぶ地区だ。はっきり言ってきたことがない場所、だった。

 足に魔力を集中し脚力を上げ、目の前の工場の10メートルほどの高さにある屋根の上まで跳ぶ。着地と同時に周りに漂う魔力と自分の魔力をリンクさせて正確な周りの状況を把握した。魔力の消費が激しいので地形を頭に叩き込んでリンクを切る。


「ふう。」


 深呼吸して屋根の上をそっと移動して「それ」を確認する。日焼けのない真っ白い肌に血のような深紅の瞳。口の隙間からのぞく長い犬歯。着ている美しいまでの黒と白のローブのような服の全身のところどころに金色の装飾があしらってある。

 直感的にこいつがうわさに聞く魔族という存在だということは理解した。そしてこの魔族の衣服はともかく身体的特徴を蓮は嫌になるほど父親に聞いていたためによく知っている。吸血鬼(ヴァンパイア)だ。


(魔族か…初めて見た。)

 この一瞬だけは身の危険を全く感じず、初めて魔族に遭遇したという事実に酔いしれていた。

 数十メートル先にいる吸血鬼はすぐに蓮のことに気づいたようで、ゆっくりとこちらを向いた。

 蓮は手に持っていた竹刀入れを握りしめた。制服のままだというのが後のことを考えると心配だが、無意識のうちに「これ」を持ってきていてよかった。「これ」は父親がこれから先のためだとかよくわからないことを言って蓮にくれたものだった。念のため、と毎日のように言われているので学校にすら中身がばれないように持って行っているしろものだ。

 吸血鬼と目が合った。


(まずいっ。)

 蓮はほとんど何も考えずに真横に跳ぶ。その刹那、先ほどまでいたところに長身の吸血鬼が着地した。

 吸血鬼は人間の7倍の身体能力を持っていると聞いたことがあったが、体感してみないとここまで速いとはわからないだろう。蓮は吸血鬼に視線を合わせたまま自分の全身に魔力を流す。そして、ゆっくりと竹刀入れの口をほどき、中身を抜き出した。中には一振りの刀が入っている。

 降魔刀【八雲】。それがこの刀の銘だった。この刀の大きな特徴は柄。純白の糸が巻かれた一般の刀の柄と、ウルムニウム鉱石《ミラ=マキシムダイト》を棒状にした部分の二つから成り立っている。この刀は名前の通り魔族を降伏するもので、柄の《ミラ=マキシムダイト》に魔力を流し込むことで刀身に刻まれた“抗魔の印”を発動することができる、らしい。

 吸血鬼は腕をゆっくりと持ち上げて――。特異者の動体視力で何とかとらえられるくらいの凄まじいスピードで一気に距離を詰めてきた。吸血鬼はその勢いのまま軽く腕を振るう。抜刀する間もなく蓮は鞘に収めた状態でその腕の手刀を防ぐ。


「くはっ。」


 鞘と手の甲が金属をぶつけたような音を立てる。腕がしびれた。

 吸血鬼はバランスを崩した蓮に向けて追撃を加えるため反対側の腕を振るう。バランスを崩している蓮はまともにそれを受け、思い切り吹き飛ばされた。


 行き過ぎた好奇心は身を滅ぼす。その言葉が頭をよぎった瞬間でもあった。


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