第一章十二 最高指令室
お待たせしました。久しぶりの投稿です。
「入隊…ですか?」
蓮と紫織双方に疑問が浮かぶのは当然だった。何しろ、今まで『基地』自体にかかわったことはない上に、目を付けられるようなことをした覚えもない。
「理由を聞かせてもらえますか?」
「うん、そうだな。何から話せばよいことか…」
八津崎の言い方は、事情をすべて知っているうえで順番を決めあぐねているように聞こえ、非常に居心地が悪かった。
「…まず、この組織について説明しようか。できたのは今から約一年前。まだできたばかりの組織ではあるが世界公認の対魔族組織にあたる」
翔についていくときから何となく予感はしていたが、世間的にあまり話題にあげたがらない“魔族”についてここまであからさまに話されると一年前のことを思い出さざるを得ない。
「対魔族の組織と言っているからもちろんここにはそのための武器だったりその他の設備はあるし、特異者も在籍している。そして一般人からの有志者も決して少なくない。ここまで言うと理由はわかるかい?」
「ええ、さすがに。つまり――」
「…そう特異者だからだ。もちろん無理強いはしない。組織であるからには目的についても意識というものを統一してもらわなければいけないからね」
すぐに、はいと答えられるわけがなかった。この先のことなどわかるはずもないが、この選択が大きく今後を変えるということくらいはわかる。
「まあ、すぐに答えが出ないのも無理はない。君たちにもメリットがないわけではないし、逆にデメリットもあるからね。…脅すつもりはないが、一応君たちのことはこちらである程度調べさせてもらっている。組織に勧誘する人物が詳細不明では話にならないからね」
ここまで聞いて、自分たちのことはある程度知っているからどうなっても知らないぞ、という脅しに聞こえるのも確かだった。脅しではないと否定こそしてはいるが、翔が伏柊家の連絡先へとアクセスできる集団コードを把握していることから、個人の端末の個人コードまで知っていると思っていい。集団コードを知っているということは住所まで把握していることになるから個人情報と呼ばれる類のものはほとんど知られているだろうということは想像に難くない。
(嫌な性格だな…)
「…わかりました。一応確認ですけど勧誘したのは僕たち、だからですよね?」
その言葉に隣にいた紫織は驚いたようにこちらを見、八津崎も目を見開いた。
今、蓮は一つ確信に近いものを持っていた。それはS級。紫織のことは詳しくはわからないが、自分のことについてはわかる。未だそれが何なのかはよく知らないがヴァンパイアの貴族である真祖フェグダの発言と、Sという珍しかったり秀でたものにつけられるその文字の位置づけから推測するに特異者の中でも数が少ない存在というのは容易に想像できる。
八津崎は一度考えるようなしぐさをすると、ゆっくりと口を開いた。
「そうだ」
(やっぱりか)
八津崎は続けた。
「一年前から魔族の動きは次第に活発になってきている。言わずもがな、君ならわかるだろう? 伏柊君」
蓮の初戦のことを知っている発言だった。一年前のことをどれほど知っているのか、勧誘するということは…。
「…わかりました」「――待ってください」
さえぎったのは今まで口を閉じていた紫織だった。
「入る、ということは私たちに戦え、ということですよね?」
「そうとは言っていない。どこの軍にもいるように、戦闘要員はもちろんいるが、後ろで支援をするサポーターから、技術開発をする者までいる。ただ、勘違いしないでほしいのはここは国の組織ではなく、あくまで国から独立した、いわば小さな国家であるということだ。入れば本人の生活の保障はもちろん、それ以外の面でも、家族にも学費を含めたあらゆる面で支援は行う。知りたいこともこちらが必要と思えば、何でも教える。貢献すればそれだけ支援の幅も大きくなるということも伝えよう」
軍という言葉が出てきた時点で、一般の生活から離れているということは確実だった。支援を行うという、言い方からも困らない以上のものまで用意してくれるのだろう。おそらくはこれがメリットの一つ。命の保障まではしないが、生活から娯楽まで好きなことができるよう保障します、ということ。
紫織は黙っていた。蓮と同じことを考えたのだろう。
「二人ともある程度この組織について想像できたかな。…一応、速水君の方には両親にも話を通してある」
「親はなんと?」
「娘の決めることに反対はしない、自分の信じたことをしなさい。だそうだ」
冷たい。そうとらえてもおかしくない言葉だった。
「…わかりました」
八津崎はそれを聞いたあと、二人をもう一度みてうなづいた。それを見て蓮は口を開いた。
「条件をいいですか?」
「聞こうか」
「条件は二つあります。一つは、たとえ脱退するときには自由にさせてください」
抜けたいときに抜ける。条件として簡単なようにも思えるが、軍などの組織の場合話は変わる。内部の機密情報の漏洩につながりかねないからだ。先ほど、内部のことは必要だと思えば隠さないと明言したばかりであるから。難しい要望といっても過言ではなかった。
「こちらの情報を流さないという保証は? こちらにも公開していない技術・兵器・情報がある。むやみに公開されて魔族に流れるのは困るのだよ」
「もちろん。流しません。それが条件のもう一つですから」
蓮は八津崎のそばに近寄ると紫織にも聞かれないくらいの声であることをささやく。
聞いていた八津崎は、複雑な顔で聞いていたが最後には納得したようにうなづいた。
「…わかった。伏柊君に条件付きで、公平性を考えて速水君にも一つ頼みごとを何でも聞くという条件で入隊を歓迎しようではないか」
隣にいた紫織はまだ不服そうな顔をしていたが蓮がうなづいたのを見て、コクリと小さく首を縦に動かした。
「何となく想像はできているだろうが、親に話を通したのも情報統制のためでここで住むことを伝えるためだ。そして隊員には自己防衛のため最新の科学技術を結集した“星脈器”という武器を一人一つ与える。これに関してはまた説明があるだろう。次に…」
時間がないのか、また伝達することが多いのか八津崎はほとんど間を開けることなく次々と説明を進める。
「使いたい設備に関しては一部を除いて自由に使ってもらっていい。調べたいことがあればインターネットで調べてもいいし、戦闘訓練をしたければ訓練室を使ってもいい。必要なものもすべて内部の施設でそろう。生活上の不満もある程度は融通を聞かせよう。何か質問は?」
ここで質問しようにもわからないことが多すぎてできない。
「ああ、そうそう」
蓮と紫織が部屋を後にしようとしたとき、八津崎は呼び止めた。二人は立ち止って振り向く。
「速水君。両親からの伝言だ。おそらくこうなることを何となく予想してたようだ――体に気を付けて、だそうだ」
その言葉に紫織は一度うつむき、少しして顔を上げた時には何かが吹っ切れたような顔をしていた。
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