第一章 十一 基地でⅡ
お待たせいたしました。しばらくぶりの更新ですので、思い出しながら読んでいただけると幸いです。
「すごいな。」
「だろ?」
少し誇らしげな様子の翔にあえてそれ以上は何も言わず、紫織とともにあたりを見わたした。
「基地」というたいそうな名前に似つかわしい空間に蓮はひとり感心する。もともと蓮にとって「基地」という名前はとても大袈裟だという印象を与えており、信用する、しないの胡散臭さよりなぜそんな名前に? という疑問の方が大きかったのだ。広いのにも関わらず人の話し声も奥の方から聞こえ、静かというわけでもないので余計にらしさ、が感じられるのだった。
今居るのは通路の端。目を細めてもまっすぐ奥は見えず、直線距離にして数百メートルは容易にあろうことが予想できた。まっすぐな通路の横にはいくつもの扉があり、さらに通路が横に伸びていることからここにいる人の多さもうかがえる。
「さ、行くぞ。」
想像以上の広大さに圧倒される、蓮と紫織を現実へと呼び戻して翔は歩き始めた。
「なあ、あの工場のところ一番嫌われてる出入り口って言ってたけどさ他にいくつくらいあるんだ?」
「そうだなあ、俺が知ってるだけでも十は余裕であって…というか、俺が知らない場所もあるから正直なところ何とも言えん。機会があれば数えてみればいいさ。あれば、だけどな。」
含んだような言い方をする翔をにらみながら、紫織はぶっきらぼうに言う。
「それで今はどこにむかってるわけ?」
蓮達三人はすでに曲がり角を二回曲がって、さらに歩き続けていたのだ。歩いても歩いても基地の端は見えず、もう小さな町ではないかという錯覚さえ覚えるようになっていた。
「最高指令室。速水の場合、用件は理解してるとは思うが、そいつが蓮を呼んでるんだよ。まあ、何度も言うように詳しいことはあいつに聞きな。一年前のこと、特異者のこと、S級のこと。俺が知ってる限りあいつが一番その話題には詳しいよ。」
目の前で翔が方向を変え、そちらにあった階段を上る。
ひときわ大きな扉の前で三人は立ち止った。かろうじて金属だとわかるその扉には無機質に「最高司令室」とだけ書いてある。大きさを除いて今まで通ってきた扉と同じように見えた。強いていえば雰囲気のようなものが違う。蓮自身言葉にすらできないが、そこから感じる空気の重さのようなものだ。
翔は扉の隣に備え付けてあるインターホンのような機械に顔を近づけていた。
「赤谷です。伏柊蓮と一緒です。それと…速水紫織も。」
『待っていたよ。二人を入らせてくれ。』
その言葉の後、カチャンと鍵が外れる音がした。
翔が扉に近づいてゆっくりと開ける。
「なにつっ立ってんだよ。」
翔は棒立ちになっていた二人を見ながら苦笑する。「わりい」と短くことわって慌てて中に入った。
室内は学校でいう校長室に似ていた。蓮たちから見て右側の壁には焦げ茶色の棚が置いてありたくさんの書籍や書類やらが収納してあるようだった。左側は異質だった。壁とは素材の違う木の板が張り付けられ、そこに一つだけプラスチック製の何かの持ち手のようなものが掛けてある。異質な正体はこれだった。部屋に入るなりまるで以前からそこにあるのを知っていたかのように、そして吸い込まれるように見てしまったのだから不思議だ。
「ようこそ。伏柊蓮君。速水紫織君。」
その一声で静寂は破られ、蓮と紫織の視線は窓際、部屋の中央にこちら側を向けておいてある大きめの机に座る、その声の主へと向けられる。
「い、いえこちらこそ。」
緊張で声がかすれ、かろうじてそう返すのがいっぱいだった。
「赤谷君、悪いが少し席を外してくれないか。」
何でもない言葉一つにどこか威厳のある響き。それが蓮を緊張させたゆえんだろう。
「わかりました。何かあったら呼んでください。」
後ろ手に扉を閉める音がすると同時に、目の前の男はゆっくりとこちらに視線を向けた。
男は、思っていたほど大柄というわけではないが、どこか逆らえないような雰囲気を醸し出していた。ピシッとした白衣に似たものを羽織る、精悍な顔立ちで年はそんなに高くないだろう。三十代前半か、二十代後半か。
「改めて、急な願いにもかかわらずよく来てくれた二人とも。私は魔族侵攻対策作戦基地日本支部最高司令を務める八津崎真次だ。君たちを呼んだのは…うん。率直に言おう、ここへの入隊を考えてほしい。」
八津崎は蓮と紫織。二人の目を交互に見ながらそうゆっくりと切り出した。
自分のペースで更新していきます。