第八節*洗濯屋と魔王の衣裳2
「魔法の粉って、何ですか?」
テディーたちが気付いた洗い立ての衣裳に足りないもの。それはきらきらする魔法の粉だと言われた。魔物たちは魔力を用いて魔法を使う、ということはカールでも知っていたが別に詳しいわけではない。ドロシーが言う魔法の粉が何なのか、カールには見当も付かなかった。一先ず、洗濯に失敗して生地を傷めたわけではないと分かってほっとしていた。
だが「足りない」と言われるとどうにも引っかかる。その魔法の粉により一層きらきらしていたのがこの衣裳の元の姿であるならば、それに近づけたいと思ってしまう。
彼はそういう性格だった。
「えっと……魔法の粉って言うのはね、簡単に言うと魔力を帯びた粉のことよ。周囲の魔力を高める効果があってなかなか貴重なんだけど、一部の種族はそれを簡単に作ることができるの。双子もそれができるシェル族で。この衣裳が少しでもヴフト様を助けられるように、って完成した衣裳に二人が振りかけたのよ。縫い終わった後のことだったからすっかり忘れてたわ!」
「その魔法の粉が、《きらきら》して見えてたってことですか?」
「そうよ。シェル族が出す粉は真珠の粉みたいに《きらきら》しているの」
「とってもきれいなんですよ!」
「うん!」
「きれーい!」
ドロシーの説明に昔の様子を思い出したのかテディーたちがわっと声を上げる。今でも十分仕立ての美しいこの衣裳が、その粉を纏ったらどんなふうに見えるのか。カールはその魔法の粉が一層気になってしまった。
何とかして、もう一度粉を振りかけてもらえないだろうか。
「そのシェル族の双子さんたちは今どこにいるんですか?」
カールは期待を抱いて周りに尋ねた。
『洗濯屋と魔王様』
姉のオストレアと妹のスカロプ。それがヴフトの衣裳に魔法の粉を振りかけた二枚貝の双子だ。魔王のマントを留めるのが仕事だという変わった姉妹は魔国に住んでいるが、常に遊び歩いているらしい。ドロシーによると、彼女たちのお気に入りの遊び場は森の水辺や洞窟の地底湖で、どちらも探しに行くには少し骨が折れる場所だった。
二人ともヴフトと召喚の契約を結んでいて、その魔法を使えば一瞬で呼び出すことができるのだがヴフト以外には不可能である。運が良ければ、と部屋にいるテディーから外のテディーへと連絡を取り、彼女たちの家に確認したが帰ってはいなかった。そうなると、魔法の粉を施すには気ままに遊び歩く二人を手分けして捜すしかない。
シュピッツが森へ、ドロシーが市街地へ、そしてテディーたちが洞窟へ行くことになった。自由に外を出歩けないカールだけは留守番である。
「ええか? 絶っ対に出たらあかんで? あんさん地理も分からん上に、ここは魔国やねんで? 出た先で魔物に襲われても文句は言えへんねんからな?」
外まで付いてきそうなカールを椅子に座らせ、シュピッツが声を大にして念を押す。
「ドゥンケルタールのみんなは優しいけど、いきなり獲物と出くわしたらびっくりするから! 爪のある奴に叩かれでもしたら大怪我よ!」
ドロシーも不満げなカールの顔を覗いて大袈裟に注意をした。
「双子はぼくたちが捜します!」
「がんばります!」
「待っていてくださいね!」
最後にはテディーたちもそれぞれに言葉を送り、カールに待っていてくれと頼み込む。張り切るみんなの顔を見てやっとカールも観念して見送ることにした。
「分かったよ、テディー。よろしくね」
全員、双子とは面識があるようでそれぞれ思い当たる場所を手分けして捜すらしい。待っている間暇だろうから、とシュピッツが何冊か本を貸してくれた。
そして出て行く前にもう一度釘を刺される。
「大人しく待っとるんやで?」
「俺一人じゃ捜せませんよ」
両手を挙げて降伏の意を示し、カールは部屋に留まることを承諾する。三組のうちどこかに混ぜてもらえれば一緒に捜索することもできるが、一人ではどうにもならない。迷った挙げ句、戻れなくなるのが目に見えていた。カールも魔国でそんな事態には陥りたくないので大人しく部屋に留まる。
すぐに離れていく足音を見送ってカールは机に突っ伏した。
「はあ……早く出られるようにならないかな」
広い作業部屋にぴかぴかの衣裳と二人きり。衣裳は見れば見るほど惚れ惚れする仕上がりだが、洗い終わった洗濯物にはもう手を加える余地がない。しばらくはじっと衣裳を眺めていたカールだが、それに飽きるとシュピッツが置いていった本に手を伸ばした。
『ドゥンケルタールの歴史・上下』『心と体の鍛練』『旅の仕方』、護衛兵の彼らしい書籍が並ぶ。国史を置いていったのはカールにこの国のことを知ってもらうためだろうか。半世紀以上前に魔物の支配下から独立した獲物だが、文字や言葉は魔物が使っていた物をそのまま使用していた。本をめくるとカールが知らない、おそらく魔法に関する専門用語が多少混ざっていたが、読むには問題ない。歴史書を見るとドゥンケルタールはかなり歴史が長い国だということや、ヴフトが六代目の魔王であることなどが分かった。歴代魔王の中には獲物の間でも崇められている魔物もいた。
「ポイニクス族がいたこともあるんだ! すごいな、幸福の象徴が王様だったなんて。不死鳥って本当にいるんだ。赤い髪に、眼の中に瞳が二つ……? うちの本だと鶏っぽいって書いてあった気がするけど実際は違うみたいだなあ」
ぱらり、ぺらりとページをめくり、気になる部分だけを掻い摘んで読み進める。カールは大量の文字を読むのが苦手だったので、端から読まずにそうやって飛び飛びに見ていった。ときには魔法に関する記述が多すぎて意味が分からず、数十ページも省いた。逆に絵や図がついているところはそれを眺めて前後の説明文もよく読んだ。
V字で表された渓谷に月を背負った城の形、その上の夜空に星が三つきらめく模様がこの国の国章であるらしい。
歴史書の上巻を見終わったところで疲れたカールは、しばらく机に伏せて目を閉じた。しかしいくらもしないうちにもぞもぞと動いてまた本に手を伸ばす。今度は内容が一番気軽そうな、旅の本を手に取った。
旅の本に書かれていた移動手段は魔法で飛んだり瞬間的に移動したりと、ヒトには真似できないものが多く紹介されていた。けれども野宿の仕方や森で気を付けること、食べられる野草の見つけ方など、魔法が使えなくても役に立つ情報も載っていた。ついでに世界中の美しい景色や変わった食べ物なども紹介されていて、カールが読んでもなかなかに楽しかった。世界には雪と氷で覆われた土地や、砂ばかりの灼熱の土地があるという。山と海の間の、緑豊かな地域で育ったカールには想像もつかない景色だった。
と、読み進めていくうちに一際気になる章にぶつかった。洞窟の旅、という章である。洞窟の中は迷路のように複雑で、魔物であっても迷うことが多いらしい。通った場所には印を残して万が一には戻れるように、とか、足元がよく見えないところでは棒などで先を確認しながら進むように、など注意点がいくつも書かれている。洞窟の中は一年中ひんやりとしていて、そこにしかいない生き物もいるようだった。比較的浅い洞窟には暗闇を好む種族の村もあるようだ。
ドゥンケルタールは渓谷にある国だが、日差しが届かないという点では洞窟と同じだな、とカールは思った。
「早く出られないかなあ……」
何かにつけて青空を思い出し、太陽に対する恋しさは募るばかりである。
時計の針はみんなが出て行ってから一時ほど経っていたが、まだ誰も帰ってくる気配がない。
洞窟内の風景として枝分かれしている道や狭い横穴、突然の空洞などが描かれていた。その中に水辺の挿絵もあり、浅く青緑色で描かれた湖があった。ドロシーが言っていた地底湖というのは、こういう場所なのだろうか。
「ううん…」
カールは本を見ているうちに段々むず痒くなってきた。人を捜すのなら手は多い方がいいし、独り待っているというのもつまらない。それに洗濯を任されたのは他でもない自分であって、魔法の粉を振りかけることはできないけれど、最後まで責任を持ちたい。
つまり、彼も貝の双子を捜しに行きたかった。
「灯りさえあれば周りが見えて何とかなるかな?」
カールはそう呟くと、とうとう部屋の中を捜索し始めた。使われていなかったとは言え作業部屋として貸し出されたこの部屋は本来、厨房である。火を点ける道具の一つぐらいないものかとカールはあちこちの扉を開けた。
流しの下、天袋、壁際の戸棚に作業台についている引き出し。けれどもあったのはテディーが火を点けるときに使った魔法石のみで、マッチや火打ち石などは見つからなかった。落胆したカールは椅子に座って待つのも嫌になり、少し横になろうと居間の方へ移っていった。
部屋に入って数歩。視界の端にお茶の道具が目に入った。急須に茶碗に茶筒。それに小さな竈に乗った薬缶だ。カールはそれを見て「あっ」と思い出した。
「マッチ! 俺がお湯を沸かすとき用の! マッチ!」
それは魔法石が多用されるお城の中で、カールが竈の火をつけるために渡された物だった。記憶を辿って竈の脇を覗くとそこに小さなマッチ箱があった。何回かお茶を飲むために使用したが、まだマッチは数本残っている。
カールの心に火が灯った。
「ずっと壁に手を当てて歩いていけば、帰るときは逆を向けばいいんだ……」
見つけたマッチを強く握りしめ、カールは自分に言い聞かせるように呟いた。作業部屋へ戻ると、先ほどの探索で見つけたロウソクとフライパンを取り出す。
さっそくマッチを一擦りして火を点けると、蝋を少しだけフライパンに垂らしてそこにロウソクを固定した。後は足早に外階段を駆け下りて、裏庭へ行く途中で見かけた洞窟まで一直線だ。
カールは左手を洞窟の壁に添えて、ゆっくりと中へ入っていった。
***
お城の周りも太陽の下に比べれば薄暗かったが、洞窟の中はそれとは比べものにならないぐらいに暗かった。入り口から数十歩も入れば真っ暗闇で、後ろを振り向くとぽつんと明るい入り口が見える。フライパンに立つロウソクは太く長い物だったが、カールの手元と前をほんの少し明るくするだけで心許ない。カールは足元が見えるようにと、できるだけ低く灯りを構えて歩いた。
入った洞窟は意外と大きくしっかりしていて、暗いということを除けば歩くのに不自由はなかった。壁を伝う左手は、岩に染みた湿気でやや濡れてひんやりとする。たまに分かれ道に行き当たっても、カールはずっと左手に沿って歩いた。暗闇は視界だけでなく音までも遮るのか、あたりはしんと静まりかえっている。カールがたまに小石を蹴飛ばすと、それがコツーンと跳ねていく音が長く響いた。
行き止まりに突き当たることもなく、カールはどんどん奥へと入っていく。中へ入ってからどれぐらい経ったのか分からなかったが、いつの間にかロウソクの長さは半分以下になっていた。何度目かの分かれ道で、やはりカールは左手を壁に添えながら曲がろうとする。ゆらゆらと揺れるロウソクの火が更なる暗闇を照らしていた。
だがそのとき、反対側の道の先からぴちょーん、という水の音が聞こえたのだ。今まで何も聞こえてこなかった洞窟の中から、初めて手がかりになる音がした。カールはハッとして思わずそちらを振り向いた。もちろん先は真っ暗闇で、視界に水辺は映らない。けれどもよくよく五感を働かせてみると僅かに水の匂いもした。
双子は水辺で遊んでいる。
カールはとにかく調べてみようと思った。
今いる道は歩いてきた道と、進もうとした道と、水の音がした道の三つに分かれている。来た道が分かるように、カールは短くなったロウソクをフライパンから取り外し、帰り道の上に固定した。フライパンには予備で持ってきたもう一本のロウソクを取り付ける。新しい火が力強くあたりを照らした。
「こっちだな……」
カールはどきどきしながら水音のした方へと進んでいった。歩みを進めるごとに空気がひやりとし、水辺が近いことを肌で感じる。いくらも行かないうちに逆側の壁が消え、開けた空間に出たようだった。カールは立ち止まってあたりを懸命に照らすが闇が強すぎて十分に見えない。壁がなくなった方向にも地面は続いているようだったが、その先がどうなっているのかは分からなかった。横道があるのか、ただ空間が広いだけなのか、ひょっとすると水辺なのか。壁から離れればそちらを探索することもできたが、一度壁から離れてしまうと同じ場所に戻ってこられるかが分からない。カールは緊張でごくりと生唾を飲み込んだ。
水辺を探して壁伝いに進んでいく。
湿った空気が足元を滑りやすくさせていた。
「うわっ!」
バシャーンッ。
慎重に出したはずの一歩が、地面の上を滑りバランスを崩した。思わず放り投げてしまったフライパンの入水する音が響く。
「うわっ、わっ、わっ!」
カールは尻餅をついた状態でゆるい斜面を滑り落ちていく。止まろうと足掻いたがつるりとした岩肌がそれを阻む。ずるずると滑っていく。いくらか滑り落ちてから、何とか亀裂に指を食い込ませ崖にへばりつくようにして止まることができた。
間一髪、そこは崖が途切れる寸前のところで、体の半分がぷらりと宙に浮いていた。カールが滑ったせいで飛び散った砂利がぱらぱらと音を立てて下に落ちていく。暗い洞窟の中で、カールは独り窮地に陥ってしまった。助けを呼ぼうにも呼ぶ相手がいない。一人で黙って出てきてしまったのだ。
『どうしよう……! 下で水の音がしたけれど、どのぐらい高いのか分からないし。下りたら上がってこれるかも分からない! 灯りは消えちゃったし、この状況も……ここから上まで登れるかな…? 何とかして帰らないと』
岩を掴む手が震える。けれども一人で来てしまった以上、一人で打開するしかない。真っ暗な中でカールは何とか呼吸を整え、腹をくくって崖をよじ登ることにした。そっと足を崖の方へ伸ばし、足場がないかを確認する。幸いにも崖は凸凹していて足をかけられる所が多かった。
滑りやすい岩肌を慎重に登る。右の脚で体を押し上げ、同時に左の腕で体を引き上げる。その間に空いている右手で崖を探って新しい掴みどころを探す。
一回、二回と挑戦してカールは少しずつ上がっていった。垂直の壁ではなくゆるい斜面だったので、濡れるのも構わずに全身で崖に張り付いていった。滑り落ちた距離はさほどないような気がしたが、いかんせん先が見えないのでどこが終わりか分からない。とにかく上だと思う方向へ這っていくしかなかった。
頂上が見えないと言うことはカールに大きな不安を与えた。真っ直ぐ登っているつもりだが、本当に元の位置へ向かっているのだろうか? 後どのぐらい登れば上まで辿りつけるのだろうか? どこが安全で、どこが危ない場所なのだろうか?
暗闇の中でまったく視界が利かないカールは不安と戦うしかなかった。
ずり、ずり、とヤモリが這うように全身を使って亀の歩みで進んでいく。もう一踏ん張り、きっともう一踏ん張りだと自分を励ます。どれだけぼろぼろになったって、戻れさえすれば後はきっと何とかなる。カールはそう信じた。
けれども崖の途中に大きな一枚岩でもあるのか、しばらく登っていくと途中で手をかける場所が見つからなくなってしまった。どこを探ってもツルツルしていて指がかからない。あちこち触ってみる度に体のバランスが崩れてひやりとした。しびれる手を持ち替えて、どこか亀裂や突起がないかと探し回る。段々と手を替える動作も辛くなり、焦りが浮かんできた。
『あと少し……きっとあと少しなんだ。絶対に上まで戻るんだっ』
闇と心細さと疲れがカールの体から力を奪っていく。それでも左右に移動すれば或いは、と希望を持って横に移動してみることにした。少ない溝に指をかけ、小さな出っ張りに足を乗せる。
もう体力が限界に近かった。これで突破口が見つからなければ、この暗闇の中に落ちるのかとカールは背筋が凍る思いだった。
恐怖が心にまで染み渡る。
『誰かっ……』
カールは僅かに心が挫けて助けを願った。見えない視界が涙で滲む。とうとう崖に張り付いたまま身動きが取れなくなり、もう駄目かと思った。
だが、震える指が滑り落ちそうになったそのとき、彼の腕を何かが掴んだのだ。
「えっ?」
もふり、とした突然の感覚に落ちるのとはまた違った恐怖を感じて全身が粟立つ。抵抗のしようもなく、力強い何かがカールの体を一気に上へと引き上げた。
「わ、わあ! わっ、わっ、なにっ?」
カールは暗闇の中で何が起こっているのか分からない。だがどさりと下ろされたところはどうやら平らな地面のようで、カールは驚きながらもほっとした。
『助かっ、た?』
崖の上に戻れたことを安堵した一方でもふり、に腕を掴まれたままだった。灯りがないせいで相手が誰なのか分からない。ただ最も考えられるのは、相手が魔物だということだった。
暗い中、カールは助かった喜びと目の前にいるのであろう魔物との遭遇に言葉が出ない。もし相手がシュピッツやテディーたちであれば、きっと既に声をかけてくれているはずだ。けれども相手からは何の反応もなかった。おそらく初対面である。見えないが上からじろじろと観察されているような気配がして、カールは顔を上げられなかった。だが沈黙はより一層、空気を重くして息が詰まりそうになる。カールは自分の心臓が飛び跳ねているのを感じながら震える声を絞り出して言った。
「あ……あのっ、助けてくださって、ありがとう、ございました…」
「……」
「えっと、その……、手、手を、離してもらえ、ます、か?」
「……」
カールは下を向いたまま礼を述べ、掴まれている右手をそれとなく自分の方へ引き寄せた。けれどもふわふわしているわりに力強いもふり、は腕を離してくれない。何度か引っ張ってみたが結果は同じだった。
手を離してもらえないことにカールは焦った。
「あ、あの、俺、俺美味しくないです! つ、連れて帰っても、馬の世話とか農耕とか下手で役に立ちません! お、お願いですから離してください! 食べないで! 連れてかないで!」
「洗濯屋の君」
「うわっ! わっ! 助けっ……へ?」
ふわり、と腕を掴むのとは別のもので顔を掴まれ、カールは終わりだと思った。だが噛みついてくる牙はなく、意外な言葉が聞こえた。無理矢理向かされたその先に、煌々と光る二つの目玉があった。赤と黄色の丸い玉のような眼がカールをじろりと見ていた。
「ひっ」
「怪我をしているところは?」
少々手荒だが優しい口調が問いかけてくる。
「誰、ですか? 俺のこと、知ってるんですか?」
「聞いてるのは私です。怪我は?」
「あ、ありませんっ!」
カールが違うことを言うと相手は顎を握る力をぎゅっと強めた。それに慌てたカールは聞かれたことを素早く答える。一応体を気遣ってくれているようだが、言葉と行動がちぐはぐでカールは安心して良いのか分からなかった。
光る双眼は小さく「良かった」と呟いた。
もふりがカールを手放すと、そのときの触感でカールはぞぞぞっと悪寒が走る。地面にへたり込んだままで光るところを見上げていると、今度はばさりという大きな音がして視界がまた暗くなった。体全体にぼふりぼふりとした何かが当たる。当たるというよりは、なにかぼふりぼふりとした大きな物に包まれたようだった。
『なに? なにっ? 俺食べられたのっ?』
カールは驚きのあまり硬直して身動きが取れない。もしや一飲みにされたのかと思ったが、どこも痛くないし胃の腑に落ちた感じでもなかった。むしろ温かくて居心地の良い感じがする。
『よく分かんないけど、いい魔物、なのかな?』
ふかふかの布団に包まれた気分で思わず相手に身を任せる。崖にへばりついて濡れていた体が、すうっと乾いていく感じがした。
「洗濯屋の君」
夢心地で目を閉じていたカールにまた声がかかる。さっきも呼ばれた、カールを知っているようで知らない妙な呼び方だった。
「俺、カールです。あなたは俺のことを知っているんですか?」
「ええ、まあ。洗濯を生業にするヒトがいると聞いていて、君がその洗濯屋でしょう?」
「たぶん俺のことだと思います…」
心地よい戒めが解かれて、カールは再び光る双眼と対座する。落ち着いて見てみると、丸い眼は意外と優しい色をしていた。
ふわりとしたものがまた下りてきてカールの眼を覆う。カールが驚いて騒ぐよりも先に、何か聞き慣れない呪文のようなものが聞こえてすぐにふわりが退かされた。
すると目の前にヒトのような顔と鳥のような体をもった魔物が現れたのだ。
「わあっ!」
暗闇の中で感じていたよりもずっと至近距離に相手がいてカールは思わず後ずさる。
相手はすっと立ち上がってカールに羽根を差し伸べた。
「君はよく驚きますね。立てますか? 私はハル・フォーゲルと言います」
「ハルさん……?」
出された翼をそっと借りてカールも漸く立ち上がる。それはついさっき、崖から自分を引き上げてくれたのと同じ力強さだった。
並んでみるとハルはカールと同じぐらいの身長だった。闇の中で丸く光っていた眼は向かって右側が黄色で、左側が赤い。鼻の頭には一筋の模様が入っていた。また頭巾を被っていて、その飾り紐が顔の両側に長く垂れている。きりりとした好青年に見えた。首から下は羽毛で覆われ、ヒトで言う腕の部分は大きな翼になっている。足先は膝のあたりで羽がなくなり、その先に太い枝のような鳥足が伸びていた。足の先には逞しい爪もついている。
衣服はほとんど身につけておらず、腰に巻いた布が唯一のようだった。ふわふわだが雄々しい体格が彼を大きく見せていた。
「まったく、危ないところでしたよ。何だってこんな所にいるんですか? 洞窟から蝋の溶けた臭いがするからおかしいと思って来てみれば、カールさんは一体何をしていたんですか? ロウソクだけで洞窟に入るなんて無謀にもほどがある! 私が聞いていた話では、君は部屋に軟禁中のはずなのに。それがどうして外に出てるんですか? しかもこんな所で崖から滑り落ちて! もし君がいなくなったり、怪我をしたりしたら大問題なんですよっ?」
「ひえっ、わっ、あ、そのっ……ごめんなさい! すみません!」
カールがぼんやりとハルの姿を観察していると、彼はいきなり説教を始めた。厳しい口調でもっともなことを指摘され、カールは言い訳もできずにただ小さく縮こまる。勝手に外へ出てきたことは紛れもなく自分に非があった。ハルが助けてくれなければあのまま落ちていたかもしれない。きっと怪我だってしただろう。ハルの説教は正しかった。
あれほどシュピッツたちに待っているようにと言われたのに、自分勝手に出てきてしまったことをカールは後悔していた。
「本当に、すみませんでした……」
深く頭を下げてやってしまったことを心から謝る。ハルは大きく息をついた。
「私よりも、もっと謝るべき相手がいるでしょう。早くここを出ますよ」
彼はそう言うとふわりとした翼を差し出した。カールはしょぼくれたまま素直にその手を取ったが、歩きだしたところで「あっ」と声を上げる。
崖から落ちそうになって失念していたが、言いつけを破ってまでここへ来た理由を思い出したのだ。
先ほどハルに何かをされてから、灯りがなくても周囲が見えるようになっていた。ほとんどが白と黒で光る彼の眼以外の色は分からないが、洞窟の様子は十分見てとれる。さっとあたりへ視線をやると、急な斜面とその下に広がる水辺が見えた。
カールはすぐにハルを引き留めた。
「あの! 俺っ、俺、人を……あ、いや、シェル族の双子を捜しに来たんです。ここの崖下に水辺がありますよね? そこに双子がいないか見てきてもいいですか?」
ついさっき崖から滑り落ちて窮地に陥った人の言葉とは思えなかった。危険な目に遭ったというのに、帰るよりも先にやることがあると言うのだ。ハルは丸い目をさらに丸くした。今叱ったばかりだとというのに何を言っているのだろう、という顔だった。
絶句しているハルを相手にカールは負けじと理由を連ねる。
「俺、ヴフトさんの衣裳を洗ったんですけど、その仕上げに彼女たちの魔法の粉をかけてもらいたいんです。以前はその粉がかかっていて、とてもき(・)ら(・)き(・)ら(・)してきれいだったと聞いて。でも洗濯をしたらその粉が全部落ちてしまったみたいで……。だから彼女たちにもう一度かけてもらおうと思って、それで捜しにきたんです!」
「シェル族の双子って、オストレアとスカロプのことですか? 彼女たちを探してここまで? 陛下の衣裳を仕上げるために?」
カールの言葉にハルはぐぐっと眉間に皺を寄せた。よく見ると眉がないようで、額の筋肉だけが盛り上がり整った顔立ちが凄味をきかせて睨んでくる。
それに対してカールは一瞬怖じ気づいたが真剣な表情で言葉を返した。
「お願いします。ヴフトさんの衣裳を、一番きれいな状態に仕上げたいんです」
「……」
暗い洞窟の中でしばし二人は睨み合った。だが先に折れたのはハルの方で、カールの手を離しその翼を大きく広げた。彼が小声で何かを唱えると、広げた翼が分離して五指の腕が生えた。
「王国の民とは関わったことがないのですが、みな君のように無茶なんですか? 一途と言うかなんと言うか、もう少し力をつけてから行動しないと危ないですよ」
「うっ」
「しかし陛下のためなら力を貸しましょう。双子を呼べば良いんですね」
「え? 呼べるんですかっ?」
「彼女たちが水辺で遊んでいれば、連絡がつくかもしれません」
「ありがとうございますっ! お願いします!」
思わぬ助けにカールは喜びの声を上げた。二人がいれば衣裳が仕上がるのだ。それさえ叶えば恐い思いも報われる。
だがどうやって呼ぶのかと思い立っていると、腕を生やしたハルに抱え上げられカールはもう何度目になるか分からない驚きで頭がいっぱいになった。
ばさり、という大きな羽音がして体が宙に浮き上がる。
「わあああっ!」
カールの大声も羽根の音には敵わない。ハルは何の前触れもなく飛び立つとばっさ、ばっさと崖を下りた。抱えられたカールは得も言われぬ浮遊感で、羽毛にぎゅっとしがみつく。ほんの僅かな時間だったが、湖畔に降ろされたカールは腰が抜けてその場に座り込んでしまった。
「と、飛ぶなら飛ぶって言ってくださいよ……」
「鳥の魔物が飛ぶのは当たり前じゃないですか」
ハルはけろりとした顔でそう言うと、腕と翼を元に戻す。それから座ったままのカールを置いて徐に水の中へと入っていった。
「彼女たち、いますか?」
我に返ったカールも四つん這いになりながら水に近づく。ハルは振り返ってそれを止めさせた。
「今探しますから、水面を揺らさないで。少し大人しくしていてください」
「探すって、水の中を見るんじゃないんですか?」
「そんな探し方じゃあ何日かかっても見つかりませんよ。水を媒介に魔法を遠くまで飛ばして、彼女たちに来てもらいます」
「来てもらう……?」
ハルの言っている意味が分からずカールは首を傾げた。とにかく水には入らない方が良さそうだ。下手に手伝わず、畔からじっとハルの様子を見守ることにした。ここの地底湖は浅いようで、彼が中心へ歩いていっても膝ぐらいまでしか水位がなかった。
また不思議な言葉が聞こえてくる。
言葉が終わるとハルを中心に波紋が広がり、一度しんと静まりかえってから、今度はハルに向かって水面が揺れた。集中しているのかハルは玉のような瞳を閉じている。しばらくの間、ひっきりなしに水面が揺れた。カールはその光景を双子が見つかるように祈りながら見ていた。
***
しばらくすると湖水の揺れはぴたりと止んだ。ハルがすっと眼を開け、それからじゃぶじゃぶと音を立てて陸へ上がってきた。結果が気になるカールは足早に駆け寄った。
「ハルさん! 双子さんたち見つかりましたかっ?」
「ええ、連絡はつきました。城まで来てくれるよう伝えましたから、私たちも帰りますよ。君を連れて歩くのは面倒そうだから魔法で移動しますね」
「良かった! これでヴフトさんの衣裳が……」
ぼふり。
「ぎゃっ!」
「動かないで」
ハルの返事に色めき立ったカールだが、再び唐突に翼で覆われ叫び声を上げる。双子に会えることで頭がいっぱいになり後半部分を聞いていなかったのだ。ハルはハルで、承諾を聞かないまま呪文を唱えていた。カールはぼふぼふした羽毛に埋もれながらまたしがみつくしかなかった。
ふっ、と足が地面を離れる感じがしてそのすぐ後にコツン、という足音が響く。翼が退くとカールは恐る恐る顔を上げ、見慣れた扉に目を瞬かせた。
「あれ? 作業部屋?」
ハルの背中側にここ数日で見慣れた扉が見えたのだ。カールがきょとんとしていると、扉が勢いよく開けられた。顔を出したのはシュピッツである。
「カールさんっ! 今までどこにっ……ハル・フォーゲル卿!」
「シュピッツ、少ししくじったようだね。私も中に入るよ」
「申し訳ありません……どうぞ」
シュピッツはカールに気付いて飛び出してきたようだったが、ハルの姿を見てぐっと険しい顔になり静かに道をあけた。ハルに背中を押されてカールが中へ入るとドロシーもテディーたちもみな既に戻っていた。そして彼らもまた、後に入ってきたハルの姿を見て表情が強張る。
カールを間に部屋の奥にシュピッツたちが、扉の近くにハルが立った。衣裳はカールの側でトルソーに飾られたままだ。いつもなら賑やかに駆け寄ってくるテディーたちがドロシーの足元で隠れるようにして押し黙っていた。
カールは約束を破ってしまったことを思い出し、シュピッツたちに向き直って頭を深く深く下げた。
「シュピッツさん、ドロシー、テディー。勝手に外に出て本当に済みませんでした!」
「洗濯屋を外に出してしまい申し訳ありません! 連れ帰っていただき本当に感謝いたします、ハル・フォーゲル卿!」
カールの謝罪に被るタイミングで、シュピッツも膝を折り深々と謝罪と感謝を述べた。その相手はハルである。カールはなぜシュピッツが謝っているのか意味が分からず、「え?」と気の抜けた声を上げた。シュピッツは慌ててそれを引き寄せ、カールの頭を押して彼にも謝罪をさせた。
「どアホ! わいらへ謝るよりも先にハル様に謝らんかい! あんさんこのお方をどなたやと思っとるんや! ドゥンケルタール国の軍事を司る国防の卿やぞ!」
「え? えっ?」
「だいたいあれだけ出るなっちゅーたのに何で出とんねんっ! アホ!」
「わっ、わー! 痛い、痛い! だからごめんなさいって! 本当にごめんなさい!」
額が床につくほど押し込まれ、カールはシュピッツに許しを求めた。小太りで温厚なシュピッツだがこうして力を入れられるとカールは一溜まりもない。
シュピッツはカールを押さえつけたまま、もう一度ハルに向かって謝罪した。
「国防の卿! この度は、この度は本当に申し訳ありませんでした! 洗濯屋を連れ帰っていただき本当にありがとうございます。あの、それで、この件のことなんですが…」
「もう顔を上げていいよ、シュピッツ。彼とは少し話しただけだが、どうも洗濯のことになると他が全部スッ飛ぶみたいだ。今回は相手が悪かったね。次からは魔法で動けなくするとか、閉じ込めるとか、もっと直接的な手段を使うと良い。じゃないと彼は大人しくしていないよ」
何度も詫びるシュピッツにハルは苦笑しながら助言した。シュピッツはそれに同感し、噛みしめるように頷きながら「はい」と答えた。
「彼がどういう立場なのかは知ってるから、余所へ言うつもりはないよ。ただ、陛下には報告します」
「はい…」
ハルの宣告にシュピッツが再び項垂れる。彼が沈んだ表情のまま立ち上がると、その腕力から解放されたカールもまた立ち上がった。
そのすぐ後で不意に扉の外で声がした。可愛らしい高い声色だ。ハルが中へ入るよう促すと、廊下から桜色の二枚貝が入ってきた。ふわりとした黒のワンピースを身に纏いトウシューズを履いている。
カールだけでなくシュピッツたちもあっと声を上げた。
「こんばんわ、ハル様。ご機嫌いかがです?」
「こんばんわ。ハル様が私たちに用事だなんて、珍しいじゃないですか」
「やあ二人とも、こんばんわ。来てくれてありがとう。用があるのは私じゃなくて、この洗濯屋の君なんだ」
「初めまして……こんばんわ」
ふわふわくるくると踊るような足取りで双子はハルに挨拶をした。そのハルに紹介され、カールもどきどきしながら挨拶をする。貝の姉妹はとても小さくカールの腰ほどしか身長がなかった。
大きな貝殻の奥に真珠のようにつややかな、潤んだ単眼が覗く。シェル族は貝殻の頭部にヒトのような体をしていた。ただ手の先は五指でなく、茶色い水管になっている。あまじょっぱい磯の香りが漂う明るく上品な二人だった。
スカロプとオストレアは初対面のカールを不思議そうに見つめた。
「獲物だわ」
「どうして獲物が魔国にいらっしゃるの?」
「洗濯屋って何かしら?」
「獲物の洗濯屋さんが私たちに何の用ですか?」
双子は一言ずつ喋り、交互に質問をぶつけてくる。カールはどこから話せば良いのかちょっと迷った。魔国に来てまだ半月もしないが、簡潔に話せるほど平坦な経緯でもない。あれこれと悩んだが結局上手い説明が浮かばず本題だけを告げた。
「あの、俺はヴフトさんに頼まれてこの衣裳を洗ったんですけど、最後に魔法の粉を振りかけて欲しいんです。二人が以前、やったように」
カールに指をさされて姉妹が振り向くと、トルソーに着せられたヴフトの衣裳がそこにあった。洗われた衣裳はきらきらこそしていないが、汚れが落とされぴかぴかしている。二人はその側へ近づいてまあ、まあ、と感嘆した。
「陛下の衣裳がきれいになっているわ!」
「前にお召しになられたときより、きれいになっているわ」
「これを洗濯屋さんが洗ったんですか?」
「何てすてきな技術」
「魔法の粉なら任せてください」
「このきれいになった衣裳が、また陛下をお守りしますように」
「私たちの粉が、陛下の魔力を一層高めますように」
「「この衣に母なる海のご加護を」」
するすると歌うように喋りあった末に、二人は水管の手を高く上げてそこから目映い魔法の粉を吹き出した。粉は真珠のように白く輝き、砂金のように細かく舞った。それがヴフトの衣裳を取り巻いて生地を守るように付着する。あたりに魔法の粉がなくなっても衣裳はきらきらと美しく輝いていた。
あっという間の出来事だったが、その神秘的な光景にカールは言葉を忘れて見入っていた。ずっと静かにしていたテディーたちが待ち望んでいたきらきらを目にして堪えきれずにはしゃぎ出す。重苦しかった空気がいつもの明るい雰囲気に戻った。
「やったあ! カールさん、ヴフト様のお服が《きらきら》になりました!」
「ぴかぴかで、《きらきら》です!」
「ヴフト様も喜びます!」
テディーたちはカールの足元で全身を使って喜びを表した。くるくると喜びに舞う彼らを見てカールも嬉しそうに破顔する。ずっと緊張しながら傍観していたドロシーもほっとしたような顔つきになる。これで漸く今回の洗濯がすべて終わったのだ。
黒く深く輝くヴフトの衣裳はずっと眺めていたいほど美しかった。
パンッパンッ、と二度音がして、振り向くとハルが翼の中からヒト型の手を出し打ち鳴らしていた。喜びを分かち合っていたテディーと姉妹が足を止める。
「さ、一先ず今夜はここまでにしてそろそろ寝てください。本当ならもう、湯浴みも済ませて寝ている時間なんですよ? オストレアとスカロプは遅くに悪かったね」
「いいえ、ハル様」
「これぐらいお安いご用ですわ」
双子はスカートの裾に手を添えてふわりとお辞儀をした。
カールが壁の時計へ目をやると短い枝がてっぺんよりもやや右側にきている。自分では気が付かなかったが、かなり長い時間洞窟にいたようだ。みなが血相を変えて待っていたのはそういうわけだった。
「ハルさん、本当にありがとうございました。オストレアさんとスカロプさんも、素敵な魔法をありがとうございました」
たくさんの感謝を込めてカールは方々にお礼を言う。ハルも双子もただ優しく頷いた。
それからカールはシュピッツたちの方を向いて体を小さくして謝った。
「約束を破ってごめんなさい。心配をかけて、本当に……。いろいろと手伝ってくれてありがとうございました」
「カールさん、もう嘘はなしですよ!」
「次はないですからね!」
「ヴフト様のお服、きれいになって良かったですね!」
小さなお叱りと褒め言葉が飛んでくる。シュピッともドロシーも眉間に皺を寄せながら一言ずつ小言を言って許してくれた。カールはみんなの優しさに感謝して、いつものように小さいテディーを顔の前に抱き上げた。ふわふわの拳で「めっ」と怒られ、少し間を置いてふふふ、と笑いあう。
いつまでもじゃれ合っていそうなカールたちを追い立てて、ハルは全員を部屋へ帰した。衣裳は明日、ヴフトに見せてからシュランクへ返すことにした。
灯りを落とした部屋の中でも魔法の輝きがきらきらとその存在を示す。
洞窟の中の真っ暗な黒は恐ろしかったけれど、あの衣裳のような、優しくきらきらと輝く黒はきれいだとカールはそう思って扉を閉めた。
第八節 了
2017/8/26 校正版