表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
洗濯屋と魔王様 第一章  作者: ろんじん
4/12

第四節*洗濯屋とシュランク

 いつもは一日の予定を聞いて終わるだけの短い朝会が、今日は大いに揉めて長引いた。原因は昨日、ヴフトが連れてきたヒト族カール・ベーアだ。彼はカールを正式な職人として雇う手はずを持ちかけたのだが、前代未聞だと臣下に怒鳴られてしまった。確かに前例のないことだったので反対意見が出ることは予想していた。だがそれはヴフトの思っていた以上に強く、ヒトの国から報復を受けたらどうするのか、ということにまで飛躍してしまった。魔国でありつつも獲物の国に出入りする頻度が高い我が国ならば、いずれヒトとも交流が取れるのではないか。あちらにも美しいものが数多くあることを知っていたヴフトは、密かにそういう時がくることを願っていた。だが、残念ながらまだその時には早かったようである。

 ヒトに魔物を受け入れてもらう以前に、魔物がヒトを受け入れていなかったのだ。

「ゾンネの奴め、あんなに怒ることはないだろう? もう少しジェフを見習ったらどうなんだ」

「しかしゾンネ様の指摘はもっともでございます。ジェフ様も困っておられましたよ」

「それは分かるが……カールのあの技術、みすみす手放すわけにはいかん。あれは私の闇を一層輝かせる。彼は何としてでも私の手元に置きたい」

「では左右の丞相を納得させるしかありませんな」

「まったくだ。何か切っ掛けができれば良いのだが……」

 昨日の衣裳部屋といい、今朝の定例会といい、何一つ思うように事が運ばないヴフトはやや機嫌が悪かった。魔王といえども国を治めるということはそう容易ではない。

 ドゥンケルタールには二院八省の議会が設けられており、更にその下には国民が自由に加盟できる組合がある。国民が国に何かを望むとき、組合が二院八省を通して魔王に許可を得る。その逆、魔王が国民に何かを望むとき、魔王は二院八省を通して国民に賛否を問わなければならない。

 たとえ魔王がカールを雇いたいと言っても、まずは二院を司る左丞相と右丞相が「諾」と言わねば話は進まないのである。

「そういえば、カールが言っていた道具は揃ったのか?」

「手配は済ませましたので、昼過ぎには作業場へ届くかと思います」

「ありがとう。私の頼みを素直に聞いてくれるのはお前ぐらいだよ、爺」

「丞相様たちとは立場が違うだけのことですよ」

 カツカツと廊下に足音を響かせながらヴフトはカールの部屋の方へ歩いていった。城内ぐらいは好きにさせるつもりだったが、議会が難色を示したのでそれも難しくなった。しばらくは部屋に籠もっていてもらわなければならない。だがカールの純粋な脳天気さと、洗濯のことになると周りが見えなくなるあの性格が、どうにもヴフトは心配だった。加えて昨晩の徘徊もある。

「部屋で大人しくしていてくれるといいのだが……ん?」

 あれやこれやと気を揉みながら歩いていると、視界の端に妙なものが映った気がしてヴフトは足を止めた。数歩戻って横道の廊下を覗いてみると、普段は誰も立ち入らないはずの衣裳部屋の前にたくさんのテディーたちが集まっていた。そしてその中心にいたのは、まさに悩みのど真ん中、カールである。どうやら彼は作業着に着替えたらしく、長袖と長ズボンに頭巾を被っていた。更には別の布でマスクをし、今から大掃除でも始めそうな格好である。よく見れば周りにも(はし)()(ほうき)、雑巾などが用意されていて、テディーたちも掃除支度をしていた。

 ヴフトは思わずぎゅっと眉目を歪めた。どう声をかければ良いのか? 言いたいことは山ほどある。だが目の前の状況が理解できず何も口から出てこない。結局、言葉が見つからずただ足早に近づくと、ヴフトは梯子を登り始めたカールの腕を掴んだ。

「カッ、カール! お前、朝からっ。ゾンネに見つかったらどうする気だっ」

 声を潜めつつもかなり強い口調だった。朝会でヒトを連れ込んだことを睨まれたばかりでヴフトは少し焦っていた。丞相に見つかりでもしたら、あっという間に王国へ送り返されてしまうだろう。一度そうなってしまうと再び攫うのは骨が折れる。できれば早急に彼を閉じ込め隠してしまいたいところだった。だが当の本人はそんなことなど露知らず、梯子の上からのんきな返事をした。

「あ、ヴフトさん。おはようございます。これからシュランクさんの扉をきれいにするんで、離れていた方が良いですよ。シュランクさん、すごい埃ですから」

「はっ?」

 イライラが募っていたヴフトの声は鉛玉を落とした音のように低かった。カールの言っている意味が分からず、ヴフトはそのまま上を見上げていた。

 もさり。

 箒が一振りされ、黒い塊が床に落ちた。




『洗濯屋と魔王様』




「おいシュピッツ! これは一体どういうことだ?」

「ひっ、陛下っ、そう睨まんでください! わいはカールさんが掃除するっちゅうからお手伝いしているだけで、何も危ないことはさせてまへんから!」

「掃除?」

 ヴフトは大きな埃が落ちてくる扉付近を避け、シュピッツを廊下の端に引っ張り寄せた。衣裳部屋の前ではカールがせっせと綿埃を払い落とし、テディーたちがそれを拾っている。作業に入ったカールはまったくヴフトの言葉に反応せず、仕方がないので側にいたシュピッツを問いただしたのだ。引き寄せられたシュピッツは少し縮こまりながら事の経緯を説明した。

「カールさんがですね、衣裳部屋の柱が汚れとるって言い出して。中のもん洗濯する前に部屋をきれいにせなあかんって言うんで。それで道具集めてこんな感じに……」

「シュランクを掃除? 鍵には触ってないだろうな?」

「鍵は持ち出してへんから大丈夫ですっ」

 明らかに怒っているヴフトの声は聞いているだけで肌がピリピリした。きれいだが、突き刺すような鋭い視線がシュピッツを睨みつけた。彼は予想外のとばっちりに思わず手にしていた箒を顔の前に構えて距離をとる。いくら自国の気さくな王といえど、一兵士が魔王に凄まれると背筋が凍った。ヴフトは遠目にシュランクの錠前がついたままなのを確認すると、彼の言葉を信じて解放した。

 シュピッツが言ったとおり、カールは衣裳部屋の大きな扉を掃除しているようだった。扉が傷つかないように梯子の先端をタオルで巻き、箒で大きな埃をさくさく払い落としている。毛先の柔らかなそれは黒い埃玉をいくつも作っては下に落とした。床の上ではテディーたちがそれを集めて、せっせとゴミ袋へ入れている。あたりは細かな塵が宙に浮いて、少し離れたヴフトの位置からも埃っぽいのが見てとれた。

 せっせと箒を動かすカールを眺めながらヴフトは口に手を当ててしばらく考えた。集中してしまった彼は区切りがつかないと返事をしないだろう。幸い衣裳部屋付近は、普段立ち入り禁止の場所なので誰かに見つかる確率は低い。掃除をするぐらいの物音であれば騒ぎになる心配はなかった。

「テディー、おいで。……うん、いい子だ。扉の掃除が終わったら、必ずフリーレンに報告するように。それと、ここは普段、立ち入り禁止の場所だから静かにな。分かったか?」

「はい、ヴフトさま!」

 近くにいた一体にそう伝えると、命令を受けたテディーはびしっと敬礼のポーズをとった。彼らは近くの仲間に自分の情報を伝播させることができるので、一体に伝えておけば、ほぼその場全員に伝わるのだ。小さなテディーはヴフトの手を離れてゴミ拾いに戻っていった。

 カールはまだまだ箒を左右に振るって大きな埃を払っている。掃かれた扉は少しずつではあるが、色が変わってきているようであった。

「爺、この近くに誰も近寄らないよう気を付けていてくれ。あと、テディーから報告があったら私を呼ぶように」

「かしこまりました。まさか最初の仕事がこんな大がかりなものになるとは。カール様はおもしろいお方ですね」

「私も直感で連れてきたからあんな性格だとは思わなかった。洗濯のことになるとああも周りが見えなくなるなんて。議会の説得を急いだ方が良さそうだな」

「丞相様たちは無理ですが、八卿には私の方からも掛け合ってみましょう」

「ありがとう、助かるよ」

 掃除に集中してこちらの方など見向きもしないカールに呆れつつ、ヴフトは今日の勤めに向かった。実は昨日までマントを持って方々出歩いていたせいで、執務や接見の予約が溜まっている。カールのことは気になるが、これ以上丞相に怒られないためにも、仕事を片付ける必要があった。

 仕事熱心な洗濯屋を残し、ヴフトは執務室の方に消えていった。


 一方で、そんな廊下の端でのやりとりなどまったく目に入っていないカールは、ひたすら箒を振るって埃を落としていた。テディーたちも小さいのと大きいのとが肩車をして高さを作り、カールに加勢する。やっと粗方の埃が落ちると、今度は箒をハタキに持ち替えて再び上の方から掃き直した。箒の筋が残っていた石柱をぱたぱたと叩くと、一層細かい埃が宙を舞う。黒っぽく汚れていた石柱は徐々に地の色を取り戻し灰色になっていった。巨大な扉の大掃除に誰もがじわりと汗ばんでいた。

 そうしてやっと掃き掃除を終え、カールは梯子を下りて満足そうに扉を見上げた。

「ふう、一通り埃は落ちたかな。これで雑巾がかけられる」

「タライと石けん! 用意してあります!」

「ぬるま湯も作っといたで」

 そう言われてカールが振り向くと、廊下には大きなタライが用意されていた。テディーたちは皆雑巾を持ち次の指示を待っている。カールは《石けん》と書かれた紙袋を開け、粉末状のそれを二匙ほどお湯に溶かした。手で少しかき混ぜてみると、それはぷつぷつと泡立ってほのかに油の香りがした。

「これが魔国で一般的な石けんですか? 綿実油(めんじつゆ)を使っているみたいですね」

「この石けんは城で使こうとるもんやから、家庭用より上等やで。何で出来とるかは知らんけど、匂いで分かるもんなんか?」

「匂いで分かる物とそうでない物がありますが、これは綿実の香りがします。料理なんかで使う綿油ですよ」

「綿油ならうちの国でもぎょうさん作っとるけど……。石けんもになっとったんか」

「あわあわ、いっぱーい!」

「これで雑巾を絞って扉を拭きましょう。水が垂れないようにね」

「はーい」

 タライの側にいたテディーたちが一斉に雑巾を突っ込み、じゃぶじゃぶと絞って扉付近の個体に手渡した。彼らはまた肩車をしたり、手を伸ばしたりして扉のあちこちを拭いていく。カールも再び梯子に登って上の方から順に扉を拭いていった。

 まだ少し黒っぽく色がくすんで見えていた扉は、ここにきてやっと本来の美しい色を取り戻した。石けん水で絞った雑巾は石に付着した汚れをよく落とし、見違えるほどにツヤが出た。隙間の方まで丁寧に拭き終えると、今度はただのぬるま湯で雑巾を絞り、扉に石けんが残らないよう二度拭きをした。


     ***


 結局どのぐらい時間がかかったのかは分からない。だが全員で力を合わせ、巨大な扉の掃除はついに終わった。最後の乾拭きではもう腕を上げることも辛く感じたが、磨き終えた扉は誇らしいほどに輝いていた。

 衣裳部屋の扉は黒く汚れた色から幾百年かぶりに元の色を取り戻した。

「黒い扉じゃなくて、本当は灰色だったんですね。ツヤツヤしていて、とてもきれい」

「お掃除できたよー! わーい!」

「なんか神聖な感じがしてくるな」

「ええ、やっとシュランクさんに会えたような気がします」

 汗でびっしょりになった頭巾を取り、カールは嬉しそうにそう言った。今度はその石柱に触れても、もう手が黒く汚れたりはしない。少し暖かみを感じる柱に触れながら、カールはまた衣裳部屋に話しかけた。

「改めまして、こんにちは。シュランクさん。洗濯係のカール・ベーアです。本当はこんなにきれいな石の扉だったんですね。あなたの本当の色が見えて良かった。もし良かったら、私にシュランクさんの中の物も洗わせてください。お願いします」

 今朝と変わらず衣裳部屋の瞳は静かなままだった。けれども触れた柱の内側がほんのり温かく感じ、カールは手を離さずにそのまま待ってみた。手のひらを通してシュランクの脈が伝わってくるようだった。

「カール、掃除が終わったようだな」

「ヴフトさん」

 そっと石柱をさすっていると、廊下の先から声がしてテディーを連れたヴフトがやって来た。元来の姿を取り戻した衣裳部屋にヴフトも驚き、その美しさに感嘆した。

 銀食器を思わせる品のある灰色は、暗い廊下の中でもふわりと輝きをまとって見えた。石特有のツヤと、薄い筋のような模様。洗われる前の陰鬱とした雰囲気は消え、そこには魔王の衣裳を守る厳かな部屋の扉があった。

「こんな姿のシュランクは初めて見た。長いこと魔王以外、立ち入り禁止の場所だったせいで掃除されていなかったんだな」

 そう言って仕上がりに感心したヴフトも思わず柱に手を伸ばした。

 すると、扉にかかっていた錠前がパキンと音を立て、鍵もなしにその結びを解いた。扉の前でそれを見たヴフトとカールは驚き、離れて見えていなかったシュピッツやテディーたちは何事かと思った。しかし、誰かが口を開くよりも先に、正面にいた二人は中へと吸い込まれ、周りは衝撃波のようなものを受け扉から遠ざけられた。

「うわ! え、えっ?」

「陛下っ! カールさんっ!」

「カールッ!」

 互いの位置を確認するも一瞬のできごとで、部屋はヴフトとカールを吸い込むとすぐに扉を閉じてしまった。シュピッツが慌てて体当たりをするが扉はぴくりとも動かない。最早それは扉の意志で閉じられているとしか思えなかった。


 衣裳部屋に吸い込まれる瞬間、先に中へと落ちていったカールの腕をヴフトは何とか掴み取っていた。あたりは暗闇でどうなっているのか全く分からず、ヴフトはカールを抱き寄せたまま落ちていく。しばらくそうしていると、ふっと淡い光が灯り二人の足元に床が現れ着地した。そこは正方形でこぢんまりとした小部屋だった。部屋全体がもこもこと毛羽立っているような、或いはうぞうぞと蠢いているような感じがした。

 ヴフトはともかく、カールは自分の足元が沈まないことに安堵した。

 部屋は四方にも天井にも扉のような物がない。

「シュランクの中だ……」

 部屋の中を一通り見渡してからヴフトは確信を持ってそう言った。そこは数百年前の引継ぎで一度見たきりの、本当の衣裳部屋の内部だった。点々と並べられたトルソーが着ているのは初代から当代までの魔王の衣である。それはきらきらと輝く服であったり、細かな刺繍の施された服であったりした。

 ヴフトが平気でトルソーの間に入っていくのとは逆に、カールは衣裳が放つ気高さに圧倒されて一歩も動けなかった。それぞれの魔王が身に纏っていたと言うそれは、とても気安く触れられる物ではかった。まるでそこに魔王自身が立っているような、そんな気さえした。

 近づくことさえ憚られてカールが視線を泳がせていると、ふいに隣の空気が色付いて凝り固まるのに気が付いた。ぎょっとして見ているうちにそれは山のように裾を広げ、ちょうどカールの顔の高さにすっと切れ目が入った。見開くように線が上下に分かれて現れたのは朱色のぎょろりとした目玉である。思わずカールは後ずさったが、その目がゆっくりと瞬きをすると何故だか敵意はないと分かった。

 山の中からすうっと一本の出っ張りが現れ、握手を求めるようにカールの方へ差し出される。カールは何も言わずにそっとその手を握り返した。

 触れたところだけが具現化するのか、カールは確かに霧を握った。

『カール・ベーア、ようこそ、渓谷の魔国、へ。あなたの、心、確かに、受け取った。お前、が…我、の中に、入ること。許す』

「え? えっと、我の中……? もしかして、あなたがシュランクさんですか?」

 握手をしたその手からぴりぴりとした刺激を伴って、カールの頭に言葉が流れ込んできた。朱色の目玉がぐにゃりと微笑むように歪む。振動は手のひらから頭や背中、足の裏にまで伝わり全身を振るわせた。カールは巨大な瞳から目が離せなかった。

『王の衣、大切な、大切な、…もの。大切に、大切に、…洗って、欲しい』

「はい。シュランクさんが守ってきた、魔王様たちの衣裳。必ず大切に、洗い上げます」

『カール、入るとき、鍵、いらない。我に触れ、我を呼べ』

「はい」

 カールに話しかけながら霧の中に浮かぶ目玉がくりくりと動く。びりりと握り返された手のひらに、カールは温かみを感じた。

 長い握手を終えるとすぐ横でヴフトが衣裳を片手に立っていた。夕暮れの空に似た、赤みがかった紫色の衣裳である。彼はシュランクに向かって話しかけた。

「久しいな、シュランク。いい洗濯屋だろう? 先日見つけたばかりなんだ。お前が中に入れてくれて良かったよ。私の衣裳を持ち出すが、いいかな?」

『ヴフト様、偶には、…我も、掃除を』

「ああ、すまなかった。立ち入り禁止を解こうか?」

『誰かが、近づく。良くない。月が、死ぬ夜、だけに』

「分かったよ」

 二人はそう約束を交わし霧の突起で握手をした。それから靄のようなシュランクがずるずると壁際まで移動すると、そこに小さな扉の形が浮かび上がった。手前に開いた扉の奥は真っ暗だったが、足元に床があることだけは見てとれた。

 ヴフトはシュランクに礼を言いながら迷わず向こう側へ歩き出す。闇の上に足をつきながら、なかなか足の進まないカールの手を引いた。

「今度は落ちたりしないから来い」

「ええっ……手、離さないでくださいよ…?」

 カールはヴフトの手を強く握りしめ、意を決して闇の中に飛び込んだ。


     ***


「あー! ヴフトさまとカールさんだ!」

「ヴフトさまー!」

「カールさーん!」

 暗闇の廊下を数歩進んだ後、カールの目の前がぱっと弾け、いつの間にか廊下の突き当たりに立っていた。ヴフトとカールを見つけたテディーたちが衣裳部屋の前から一斉に駆け寄ってくる。

「え? 帰ってきたんですか? これ」

「心配したんですよ! カールさん!」

「ヴフトさまに連れてきてもらったんですね! 良かった!」

「え? あっ」

 状況が飲み込めずに呆けていたカールはヴフトの手を強く握ったままだった。テディーたちにそれを指摘され、慌ててその手を離す。

「す、すいません! ありがとうございました…」

「一人で入ったときは、ちゃんと自分で出てくるんだぞ?」

「はい……」

 からかうようにヴフトに手を振られ、カールは少し気恥ずかしくなった。だがそれもテディーたちの歓迎にすっと消えて無くなる。腰ほどの背丈がある中ぐらいのテディーと手を繋ぎ、カールは衣裳部屋の前まで歩いていった。扉の前にはシュピッツの他にフリーレンもいて、カールの姿を見てほっとしたようだった。

「カール様、ご無事で何よりです。扉のお掃除、お疲れ様でした。お申し付けの品が作業部屋の方に調いましたので、昼食の後にご確認ください」

「私の服も取ってこれたことだし、よろしく頼んだぞ」

「はい。いろいろ試さないといけないので、すぐには仕上がりませんが…」

「次の祭事まで三月はある。好きなようにしろ」

 ヴフトがそう言って衣裳を差し出し、カールはそれを両手で受け取った。光沢のある衣はその重みをしっかりとカールに伝えた。ヴフトはその様子を見て、やっと事が進んだと満足そうな顔をした。

「ああ、それとお前の正式な紹介がまだ出来そうにないから、あまり城の中をうろちょろしないように。必要なときはテディーに頼め」

「作業部屋から離れないように、ってことですか?」

「まあ、そういうことだ。鳥に見つかると恐い目に遭うぞ」

「はあ……」

 ヴフトにそう忠告されてもカールは今ひとつ意味が分からなかった。反対に側にいたシュピッツは思い当たる人物がいるのか、「ああ」という顔をしている。大勢のテディーたちも少しざわついていた。


 事を終えるとヴフトは早々に去ってしまった。残ったカールたちも道具をまとめて撤収にかかる。昼食は掃除を手伝ってくれたテディーたちと一緒にすることにした。

 帰り際、カールがもう一度シュランクを見上げると、石の切れ目が少しだけ開いて朱色の目玉が見送ってくれた。

「魔王様の衣裳、大切に洗います!」

 カールは瞳にそう答え、足取り軽く作業部屋の方へ歩いていった。




第四節 了

2017/8/26 校正版

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ