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待ち人は……

 ピンポーン。

 その音に、ベビーたちの神経は研ぎ澄まされる。

「ポーターです」

『何だ、冷やかしか』

『紛らわしいわね、こんな時間に』

『アチョー!』

『ボクのママじゃないなんて詐欺だ!』

 ベビーたちは口々に文句を言っているが、ポーターさんは冷やかしではない。


 ピンポーン。

 再びなったその音にベビーたちの『声』は止み、彼らはその音に集中する。

「物品の補充に来ました」

『また冷やかしか!』

『アチョー!』

『ママ連れてきてよね!』

『なんで、この時間にくるんだコノヤロウ!』

 ベビーたちはやはり文句を言っているが、物品が補充されていないと、一番困るのはたぶん文句を言っているベビーたちだ。


『今日はママ、来るかなぁ?』

 面会の親が続々と着始めたころ、ハナちゃんがポツリとつぶやいた。

 ハナちゃんが生まれて一週間近くが経つが、まだ一度も母親は面会にやってこない。

「赤羽です」

 インターホンの向こうから男性の声がした。

『あ、パパだ!ママもいるかな?』

 ところが、しばらくしてもハナちゃんの母親どころかハナちゃんの父親すら、NICUには現れなかった。

『パパ、どうしたのかな?』

 心配そうなハナちゃんの『声』をかき消すようにインターホンが鳴り響いた。

「穂積です!」

 そこへやってきたのは、元輝の父親だった。

 元輝の父親と一緒に入ってきた黒川がハナちゃんのベッドまでやってきた。

「ハナちゃん、お父さんが母乳持ってきてくれたよ!」

『わーい!ママのおっぱいだ!』

「ハナちゃんのお父さん、面会は?」

 思わず俺が尋ねると、黒川が残念そうに首を横に振った。

 後から聞いた話では、ハナちゃんのママがまだ精神的に不安定で、なるべくそちらに付き添いたいと早々と帰ってしまったそうだ。

『いいなー、ハナはママのおっぱいもらえるのか!』

 元輝がうらやましそうに言った。

『僕のママ、ガクガクりょーほーとかなんかで、おっぱいダメって言われてるんだってさ』

 本当は、化学療法云々以前に、母親がこの世にいないことには、まだ元輝は気付いていない。

『でもさ、元輝はパパがいっぱい来てくれるじゃん!私のパパ、今日も会いに来なかったよ!』

 ハナちゃんが勢いよく言った。

『そうだ!きっと、ソラ君のところにいるんだ!ソラ君ばっかママもパパも一緒にいるなんて、ずるい!』

 ソラ君は、この世にいないから、ハナちゃんの予想は当たってはいない。

 それでも、その予想は、あながち外れてもいないんじゃないかと俺は思った。

 なぜなら、ハナちゃんの両親の心は、亡くなってしまったソラ君に囚われたままなのだから。

 結局ハナちゃんの両親が面会に来ることはなく、面会時間が終了した。


 仕事を終えた俺が産科病棟に寄ると、すでに翠先生は帰宅したといわれた。

 仕方なく一人で帰ると、まだ家の明かりはついていなかった。

 翠先生の方が先に帰っていたはずなのに、しかも、俺は買い物もしていたから、絶対に翠先生より帰りが遅いと思っていたのに。

 翠先生が帰宅したのは晩御飯の準備ができてからしばらくした頃だった。

「ごめんね、ロッカーの整理して、家に持って帰ろうと思ってたんだけど、せっかくだから、新しい家に置いちゃえって思って……」

 さらに、近所を歩いていたら、素敵な雑貨屋さんを見つけて閉店間際まで見ていた挙句に買い物までして、それも新居においてきたのだと翠先生は続けた。

「それならそうと、連絡してくれれば……」

「ごめんごめん、なんか夢中になっちゃって!次はちゃんと連絡するから!」

「そうやって言って、この前だって……」

『ね、ねえ、パパ!』

 俺と翠先生の険悪な空気に危機感を抱いたらしい灯里が俺に話しかけてきた。

『……あ、内緒だった!なんでもない!気にしないで!』

 な、内緒って、何だ?

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